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顕彰

第53回毎日芸術賞(11年度)受賞者決まる

毎日芸術賞の贈呈式後記念撮影に納まる(前列左から)石飛博光さん、菊畑茂久馬さん、津島佑子さん、豊竹咲大夫さん、坂茂さん、由紀さおりさん、(後列左から)岸井成格・毎日新聞主筆、千田是也氏の長女の中川モモコさん、朝比奈豊・毎日新聞社長、中津留章仁さん

 第53回毎日芸術賞(11年度)の受賞者が決まりました。

 毎日芸術賞はあらゆる芸術分野を対象に、特に優れた成果を上げた個人・団体に贈る賞です。同賞演劇部門の寄託賞である千田是也賞は、目覚ましい活躍をした気鋭の演出家を表彰します。

 石飛博光(書家) 「石飛博光書展 2011」
 菊畑茂久馬(画家) 「菊畑茂久馬回顧展 戦後/絵画」
 津島佑子(作家) 「黄金の夢の歌」(講談社)
 豊竹咲大夫(文楽大夫) 「ひらかな盛衰記・逆櫓」および「絵本太功記・尼ケ崎」の語り
 坂茂(建築家) 紙による新しい建築の探究と東日本大震災被災地での活用

 ◇特別賞
 由紀さおり(歌手) アルバム「1969」(EMI)など

 ◇第14回千田是也賞
 中津留章仁(劇作家・演出家) 「背水の孤島」

 受賞者それぞれの業績を紹介します。


●書家・石飛博光さん=「石飛博光書展 2011」

◇通俗と高尚を両立

 現代の書が大きく変貌したのは、美術館という大会場に適応した制作を迫られたことと、詩文   書という分野の、誰でも親しめるという大衆運動であった。大衆化は通俗性という危うさを含んでおり、純粋な芸術運動とは相反する立場にある。だが、その大衆化の中に通俗と高尚の二律背反を両立させようとしたのが詩文書の大衆化であった。

 石飛博光さんは、書の各体に精通しているが、詩文書をライフワークの中心に据えてきた。それは、懸案の通俗と高尚を両立させ作品化することにあった。その思いが、今回の「石飛博光書展 2011」では見事に昇華されており、「富士山」(草野心平詩)に代表されるように如実に示されている。

 書は、「声なき詩」といわれる。作者の思念が、線の表情となり詩的に表現されるからである。石飛博光さんの詩文書には、まさしく雅趣がある。(書評論家・麻生泰久)

●画家・菊畑茂久馬さん=「菊畑茂久馬回顧展 戦後/絵画」(福岡市美術館、長崎県美術館)

◇無類の新境地示す

 芸術家は、しばしば思いもよらない変貌によって世人を驚かす。「青の時代」のピカソに魅せられた人々が、後の「キュービスムの時代」の型破りな表現に言葉を失ったように。菊畑茂久馬が回顧展でお披露目した新作の「春風(しゅんぷう)」も、まさにそうだった。

 左右対称のフラットな色面形態と、風にそよぐ色帯の群れが織り成す幻影的な世界。それは隆々と盛り上がった旧作群の絵肌を記憶する目の予断を、見事に裏切ってみせたのである。だが、物々しい絵肌の昇華と沈潜に心を砕いてきた画家にしてみれば、これほど必然に即した転回もなかったろう。

 菊畑がかくも絵肌の扱いにこだわったのは、物体と癒着した表現に明け暮れた前衛期の総括を経て、絵画の再発見に至った軌跡と無関係ではない。比類ない純度を秘めた「春風」の新境地も、"絵画とは何か"という絶えざる自問から導かれたというべきである。(美術ジャーナリスト・三田晴夫)

●作家・津島佑子さん=「黄金の夢の歌」(講談社)

◇強くて優しい歩み

 アイヌに伝承される英雄叙事詩ユカラへの接近から始まった作者の探索は、台湾の山岳民族を扱った長篇(ちょうへん)小説「あまりに野蛮な」(2008年)を経て「黄金の夢の歌」に至り、一つの峰への登頂を実現した。

 いわゆるストーリーのある小説ではないために、この作品は中央アジアのキルギスと中国東北地方の内モンゴル自治区を歩いた旅行記、紀行文と思われるかもしれない。しかしキルギスの英雄マナスを歌った叙事詩を、読むのではなく歌として耳で聴くことを求めて出発した旅は、ただ地上の移動にとどまらず、大きな自然と長い歴史を辿(たど)って人間の根源に近づこうとする懸命の営為であるのだ、と気づかされる。

 人間の内部に向けての強く優しい歩みがそこにあるからこそ、これは小説なのである。英雄マナスを語る「歌」を求めて旅する人間の、魂の叙事詩とでもいったものがここにある。(黒井千次)

●文楽大夫・豊竹咲大夫さん=「ひらかな盛衰記・逆櫓」および「絵本太功記・尼ケ崎」の語り

◇技巧に富んだ語り

 豊竹咲大夫は現在の文楽を代表する大夫で、最近とくに芸が充実してきた。時代物から世話物まで幅広い芸域を持ち、浄瑠璃を読み込んだ精緻で技巧に富んだ語りは芸術的に極めて優れたものである。昨年の「絵本太功記・尼ケ崎」(5月、東京・国立小劇場、7月、国立文楽劇場)では、不気味さを湛(たた)えた光秀の雄渾(ゆうこん)な武将像と、親と息子を死なせた苦悩の両面を語り出した。

 「ひらかな盛衰記・逆櫓(さかろ)」(9月、東京・国立小劇場)では、2時間近い長丁場を独りで語り、世話から時代に移る曲の展開、多彩な人物と情景の語り分け、本性を顕(あらわ)す樋口次郎の豪快さと、「物語」の妙味をスケールの大きな語りで表現、とくに気骨ある老船頭権四郎の驚きと悲しみ、それを乗り越えた庶民の情愛を、通常カットする「舟歌」を復活して表現し感銘を与えた。(水落潔)

●建築家・坂茂さん=紙による新しい建築の探究と東日本大震災被災地での活用

◇大胆な発想で挑戦

 新しい素材を活用して機能性、造形性にも優れた建築を追究してきた坂茂氏は、南仏の「紙の橋」や、集成材を網目状に編んだうねるような大屋根を持つフランス・メス市のポンピドー・センター分館などによって、国際的にも高い評価を得ている。特にロール状の紙管を用いた安価で組み立て容易な紙の建築は、阪神・淡路大震災時の「紙のログハウス」をはじめ、世界各地の災害復興で大きな実績をあげた。

 昨年3月の東日本大震災に際しても、避難所でのプライバシーを確保するため、紙管と布による間仕切りを実現し、また既存コンテナを用いた多層仮設住宅を提案して、189戸の仮設住宅とコミュニティー施設を完成させるなど、復興事業に積極的に取り組んだ。大胆な発想と緻密な計算によって建築の社会的使命に果敢に挑戦し、多くの優れた成果を示したその功績はきわめて大きい。(高階秀爾)

●歌手・由紀さおりさん=アルバム「1969」(EMI)とそれに伴う国際的活躍

◇母国語美しく歌う

 少女時代の童謡での音楽活動を経て、由紀さおりという芸名でデビューしたのが69年。以来、由紀は日本の音楽界に新鮮な風を吹き込んできた。彼女の歌で驚嘆するのは、日本語の響きの美しさである。ことばが丁寧に、くっきりとした輪郭をもって聴衆に届けられる。彼女自身が歌詞を深く味わい、研鑽(けんさん)を積んでから歌うので、歌を「自身の物語」として届けることができるのだ。もちろん、ことばをメロディーにのせる巧みさ、鼻濁音の正しい使い方と、非常に繊細な技巧の持ち主でもある。しかし、それ以上に聴く者の心に残るのは、その清明な歌声と物語を共有する喜びなのだ。母国語を美しく歌い、歌謡曲を継承・発展させたその功績は、歌謡曲自体の魅力が忘れられがちな近年にあって貴重である。また、そうした実績を知らぬ海外の聴衆をも魅了したことは、由紀の実力の証左だといえる。(音楽評論家・中川ヨウ)

●第14回千田是也賞 劇作家・演出家、中津留章仁さん=「背水の孤島」

◇震災リアルに表現

 これまでは演出プロパーの中堅・若手を対象にしてきた。ところが近年、演出専業者が激減し、劇団を主宰している若手の劇作家はたいがい演出をも兼ねている。そこで授賞の対象を広げることが一つの課題になっていたが、今回それが実現した。トラッシュマスターズという劇団を主宰し、劇作家でもある中津留章仁の受賞だ。対象は中津留作・演出の「背水の孤島」。

 昨年は東北の大震災と原発事故で大きな節目になったが、本作はこれを真正面から凝視した問題作だ。その直後のテレビ局のスタジオと宮城県石巻市のとある納屋、そして数年後の東京のオフィスを舞台に展開する3時間超の一幕もの。環境も時空も激変する3場を一瞬にしてリアルに再現する装置の見事な処理に加え、3場のうちに社会的地位を変えていく人間を同一俳優が演じて説得力をもたせた演出力が評価された。まさに期待の新人。(大笹吉雄)

◆選考委員(敬称略)

◇毎日芸術賞

 礒山雅(音楽評論家)、小田島雄志(演劇評論家)、黒井千次(作家)、篠弘(歌人)、高階秀爾(美術評論家)、平岩弓枝(作家)、岸井成格(毎日新聞社主筆)

◇千田是也賞

 大笹吉雄(演劇評論家)、水落潔(同)