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顕彰

第56回毎日芸術賞(14年度)の受賞者

第56回毎日芸術賞(14年度)の受賞者

 第55回(2014年度)の毎日芸術賞(特別協賛・信越化学工業株式会社)と千田是也賞の受賞者が決まりました。
 毎日芸術賞はあらゆる芸術分野を対象に、特に優れた成果を上げた個人・団体に贈ります。千田是也賞は演出家を対象にした賞です。目覚ましい活躍をした気鋭の演出家を表彰します。受賞者の業績を紹介します。


◆音楽1部門(クラシック・洋舞)
 舞台神聖祝祭劇「パルジファル」(新国立劇場)の成果 飯守泰次郎さん

 ◇深く熱い作品理解

 指揮者・飯守泰次郎はリヒャルト・ワーグナーのオペラの精通者であり、その難解にして演奏困難な舞台作品の普及に、長年にわたり貢献してきた。2014年10月、飯守は自らが率いる新国立劇場で、ワーグナー最後の作品「パルジファル」の新プロダクションを監督・指揮したが、これはわが国のワーグナー上演史に輝く、じつにすばらしい公演であった。それは、演出家ハリー・クプファーとの共同作業により作品のメッセージが深い理解をもって、また熱い愛を込めて探究され、世界から参集したより抜きのワーグナー歌手たちが、そこにみごとな肉付けを与えていたからである。

 世界的にワーグナー上演の混迷が伝えられる現在、仏教僧を登場させるなどの新趣向を織り込みながらも本質的にはきわめて正統的な取り組みの成功は、特筆に値する。また、「共に苦しむ」行為に宗教の普遍性を求めるという作品のメッセージが会場に大きな感動を与えたことも、時代と世相への貴重な貢献とみなしうる。(礒山雅)


◆文学2部門(詩・短歌・俳句)
 句集「濤無限(なみむげん)」(角川学芸出版) 鍵和田秞子さん

 ◇透明な生命感へ

 中村草田男の作風をつぐ俳人で、著者の第九句集。鮮度のある素材を、わかりやすくこなしてきた実力者。
・鶴啼くやわが身のこゑと思ふまで
 一九九〇年刊「武蔵野」の一句。鶴の鋭い濁声(だみごえ)から、わが身の痛ましい肉声をつかむ感受性が忘れられない。
 この受賞句集における震災詠は、罹災(りさい)の当事者ではないが、惨事をとらえた時代感覚が説得力をもつ。
・励ますも励まさるるも桜待つ
・テレビには原子炉が泛(う)く花の闇
 咲く桜にも癒やされない、いかんともしがたい無力感が疼(うず)く。
・地震(なゐ)過ぎし一湾の輝(て)り蝶生(うま)る
・みどり透く神の色なる子かまきり
 もの憂い視野のなかで、みずみずしい小動物のいのちに目を洗われる。きらめく蝶、さみどりの蟷螂(とうろう)など、透明なものを活写するほかにすべがない、現代人の虚脱感を抉(えぐ)る。
 草田男の苦しい哲学が、平明な抒情(じょじょう)となって、新しい無常観が具象化された。(篠弘)


◆美術1部門(絵画・彫刻・工芸・グラフィック)
 「隠崎隆一 事に仕えて」展(東京・菊池寛実記念智美術館) 隠崎隆一さん


 ◇濃密な造形思考

 鈍い輝きを帯びた茶褐色の土の焼肌が放つ、圧倒的な生の躍動感。神話世界を彷彿(ほうふつ)させる抽象立体ばかりか器物にも通底するこの感覚こそ、隠崎隆一の造形思考の濃密度に他ならない。

 備前長船(おさふね)に築窯独立して約30年。素材(陶土)の物質性を創作衝動の始点に据える彼は、壮美な詩的イメージで立ち上げたかたちを備前焼伝統の窯技で焼き締め、自己を表現してきた。

 備前焼の近代は、田土や山土とよぶ桃山以来の精良な素材を選好し、その土味や窯変で魅せる焼き締め陶特有の美質に個性を重ねることで伝統性を確立した。

 隠崎は、閉じた回路に組み込まれるという意味で原理主義的なこの伝統性を、従来表現対象となりえなかったクズ土の混淆(こんこう)土など、産地在来の素材を見直し再生することで超克したのである。素材とイメージの純粋を希求する自己との間に深い緊張を保ちながら為(な)されてきた彼の実践は、一千年の備前作陶史に傑出した創造の地平を拓(ひら)いている。(石崎泰之 山口県立萩美術館・浦上記念館学芸専門監)


◆美術3部門(書道)
 「沁(し)みいる故郷(ふるさと) 船本芳雲書展」(横浜・そごう美術館) 船本芳雲さん

 ◇奥能登の海に原点

 書は本来、<文字のかたち>と<ことばの意味>を同時に伝える芸術である。歴史的に見ても、王羲之の「蘭亭序」、空海の「風信帖」等、みな双方の役割を担っている。現代の書が、ともすれば社会性を喪失しているのは、造形性に片寄り、ことばの発信力が弱体化しているからである。

 船本芳雲は、見付拓のペンネームで「八方䑺(はっぽうばせ)」の詩集のある書人でもある。今回の横浜・そごう美術館の広大な会場を一人で埋め尽くす個展は、すべて自作の詩によっている。

 船本芳雲は、数奇の遍歴をもつ書人である。一家は終戦まぢかに銃声のひびくなか小舟で樺太を脱出する。幸運にも北海道の網元に救出され、やがて奥能登に落ち着く。その"珠洲の海"こそ、船本の感性の原点となったものである。長じて国鉄に就職して上京するが、そこでヨコハマの文人書家、青木香流と出会う。そして数奇の生涯が、現代の詩書へと昇華する契機となった。(美術評論家・田宮文平)


◆演劇・邦舞・演芸部門
 江戸の古典落語を体現した一連の高座 柳家小三治さん


◇50年間ぶれぬ芸

 最近は年に一度か二度になってしまったが、もう五〇年以上柳家小三治の高座にふれてきたことに気がついて、感慨のないわけがない。その五〇年間、私たちを取り巻く環境、風俗、様式、習慣などのもろもろが、地球的規模で変容を迫られてきたというのに、小三治の落語ばかしは、しっかりとその居どころを定め、びくともしない。

 演者ひとり、客ひとりいれば成立する落語は、言ってみればパーソナルにつきる藝(げい)なので、持てる才能、感覚、技術をみがきあげてきた年輪が、ひととしての個有の格と柄をつくりあげ、そのまま高座に露呈する。つまり五〇年小三治を聴きつづけてきたことは、五〇年にわたる成長の道のりに対峙(たいじ)しつづけてきたことでもある。

 柳家小三治の存在そのものが落語と化している、そんな世界に逍遥(しょうよう)できる至福のときを、もうあと五年は持ちたいというのが、ことし傘寿をむかえる私の願いだ。(芸能評論家・矢野誠一)


◆特別賞
 評論「明治の表象空間」(新潮社) 松浦寿輝さん


◇歴史の立体像に

 江戸時代から明治へとかかる日本の近代とはいかなるものであったか。それを個々の分野の歴史を通してではなく、表象という表現のあり方に注目して探究しようとした野心的な評論が「明治の表象空間」である。時代の中に放たれた言葉を手がかりに、戸籍から法律の条文、学問のありようから勅語の文体、文学作品の主題、言文一致の問題などが次々と論ぜられ、そこに空間が開け、立体的な時代の容貌が浮かび上がってくる。

 したがって、この長篇(ちょうへん)評論は、その全体を一つの歴史の立体像として受け止めることが可能であると同時に、部分的に多様な問題を取り出してそこに新しい視点による追求の場、これまでとは違った探索の領域を切り開くこともまた可能であるに違いない。

 個々の問題をより高く広い視点から眺望しようとする規模壮大なこの長篇評論が、松浦寿輝氏のライフワークの第一歩を示すかの如(ごと)く出現したことを喜びたい。(黒井千次)


◆千田是也賞
 舞台「アルトナの幽閉者」「信じる機械」「炎 アンサンディ」の演出 上村聡史さん

◇さらなる手腕に期待

 上村聡史という演出家の仕事をはっきり印象づけられたのは、2011年の日本劇団協議会制作「ポルノグラフィ」(サイモン・スティーブンス作、広田敦郎訳)だった。1年にわたる英国での在外研修から帰国した後に手掛けた作品。以来、注目し続けてきた。

 今回、授賞対象になったのは新国立劇場小劇場での「アルトナの幽閉者」(J・P・サルトル作、岩切正一郎訳)、所属する文学座のアトリエ公演「信じる機械」(アレクシ・ケイ・キャンベル作、広田敦郎訳)、そして、世田谷パブリックシアター制作「炎 アンサンディ」(ワジディ・ムワワド作、藤井慎太郎訳)の3本である。それぞれ、制作主体も劇場空間も異なるが、この3本に共通するのは、戦争や宗教といった問題を背景に、人間の大きな物語が形成されていることで、その作り手としての手腕に並々ならぬものがあった。上昇気流に乗っている。おめでとうと申し上げると同時に、今後を期待したい。(大笹吉雄)



◆選考委員(敬称略)

◇毎日芸術賞
礒山雅(音楽評論家)▽小田島雄志(演劇評論家)▽黒井千次(作家)▽篠弘(歌人)▽高階秀爾(美術評論家)▽平岩弓枝(作家)▽伊藤芳明(毎日新聞社主筆)
◇千田是也賞
大笹吉雄(演劇評論家)▽水落潔(同)


■受賞者の略歴

 ◇いいもり・たいじろう
 旧満州生まれ。桐朋学園で斎藤秀雄に師事。カラヤン国際指揮者コンクール入賞後、独バイロイト音楽祭など内外で活躍。昨秋、新国立劇場オペラ芸術監督に就任した。74歳。

 ◇かぎわだ・ゆうこ
 神奈川県生まれ。お茶の水女子大で俳文学を専攻し、句作を始める。俳誌「未来図」主宰。2006年に「胡蝶」で俳人協会賞。「大磯鴫立庵」庵主。俳人協会副会長。82歳。

 ◇かくれざき・りゅういち
 長崎県生まれ。大阪芸術大卒。デザイン会社勤務を経て岡山県備前市で伊勢崎淳氏らに師事した後、瀬戸内市で独立。1996年日本陶磁協会賞。国内外の展覧会に参加多数。64歳。

 ◇ふなもと・ほううん
 本名・洋治。樺太生まれ。石川・珠洲に引き揚げる。青木香流に師事。2004年毎日書道顕彰、13年毎日書道展文部科学大臣賞を受賞。毎日書道会理事。72歳。

 ◇やなぎや・こさんじ
 東京都生まれ。1959年五代目柳家小さんに入門。69年真打ち昇進し、十代目小三治を襲名。東京やなぎ句会同人。著書に「落語家論」など。2014年人間国宝。75歳。

 ◇まつうら・ひさき
 東京都生まれ。1988年に詩集「冬の本」で高見順賞、95年に評論「エッフェル塔試論」で吉田秀和賞、2000年に小説「花腐(くた)し」で芥川賞など、幅広く活躍している。60歳。

 ◇かみむら・さとし
 東京都生まれ。2001年、文学座付属研究所入所。05年「焼けた花園」で初演出。06年座員昇格。主な演出作品に「AWAKE AND SING!」「連結の子」など。35歳。