受賞記念講演会

<左>アジア視覚障害者教育協会会長、青木陽子さん <右>「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN」代表、松島彰雄さん
 市民レベルの国際交流・協力活動を顕彰する「第16回毎日国際交流賞」(毎日新聞社主催、外務省後援、株式会社クボタ協力)の受賞記念講演会が9月17日、大阪市北区の毎日新聞大阪本社オーバルホールであった。団体受賞のNPO法人「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN」(FWABJ、松島彰雄代表)=東京都=の「国境を超えた友情がつなぐ生命(いのち)の輝き」、個人受賞のアジア視覚障害者教育協会会長、青木陽子さん(42)=中国・天津市在住=の「海を越えた福祉の心―中国視覚障害者と共に」と題した講演があり、約350人の聴衆は熱心に耳を傾けた。

 FWABJの松島代表は、乳幼児の死亡率が高いカンボジアで、現地の医療従事者とともに小児病院を運営する大切さをスライドを交えて訴えた。また、自身も幼いころに失明した青木さんは、障害者の地位が低い中国で視覚障害者のための日本語学校を開いた困難さと意義を話した。 【佐藤岳幸、写真は貝塚太一】


 ◆「自立へ 命の支援」 団体受賞 フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN 松島彰雄代表

 一介のサラリーマンの私が、ここでごあいさつさせていただくことになるとは、思いもしませんでした。このような機会を持つきっかけを作ってくれたのは、大学時代からの友人である井津建郎氏です。

 井津氏はニューヨークに住み、世界の石造遺跡の撮影をライフワークにしています。11年前、彼がアンコール遺跡の撮影をしていた時のこと。集まってきた子どもの中に地雷の被害に遭い、手や足のない子がいて驚いたそうです。病院が不足しているために亡くなる子どもが日本の30倍もいることも知りました。

 「自分はカンボジアで撮影させてもらいながら、この国には何もしていないのではないか」。井津氏は帰国する飛行機の中で、かなり悩んだそうです。写真を撮ることを「テイク・ア・ピクチャー」と言います。長年、テイク(撮影)しながらギブ(与える)することはなかったのでは、と思ったのです。

 そこで、彼は自分の写真を販売し、その売り上げでカンボジアの子どもたちのために、病院を作ろうと考えたのです。8年前の日本での写真展の時、井津氏から、カンボジアでの病院建設構想のこと、さらに日本の協力者を探していると聞きました。その時は日本事務所の住所を貸すという形で協力を始めたのですが、病院建設が実際に出来るかどうかは正直疑問で、「出来ても10年ぐらいは掛かるだろう」と思っていました。今思うと恥ずかしい限りですが。

 その後、広く建設費を募るため基金を創設。現在約6000人の会員がおり、支援を続けてもらっています。「アンコール小児病院」は99年に完成。これまで約20万人の子どもを診察しました。1日400人もの患者が訪れることがあります。

 この病院は医療従事者を教育する場でもあります。外国から来たスタッフの出来ることには限界があります。カンボジア人の医療従事者を教育・養成し、増やして、根付かせることが大切です。カンボジアのスタッフは毎日、忙しい日々の中で時間を割いて、勉強しています。

 FWABJが展開している事業として「地域医療支援・保健教育プロジェクト」があります。カンボジアの衛生教育の不備は想像以上です。農村地帯の雑貨店では、効能の分からない薬が売られ、まじないや民間療法も広く行われています。

 井津氏はよくこんな例え話をします。川の上流に「無知」という名の怪物がいて、病気の子どもたちを投げ捨てている。下流では病院が受けて止めているが、その数は増えるばかり。上流の怪物は、衛生知識の無い農村地帯というわけです。患者を待っているだけでなく、予防を考えることも重要なのです。

 井津氏はこうも言います。「アンコール小児病院にはヒーローは要らない」と。特定の人間、国がヒーローになるのではなく、裏方に徹してカンボジアの人々の自立を支援したいのです。「国境を超えた友人たち」の気持ちが、国際交流・支援につながるのではないでしょうか。


 ◆「盲人力は勇気の光」 個人受賞 アジア視覚障害者教育協会会長 青木陽子さん

 「小さな私学の大きなプロジェクト」。これは私が中国で行っている視覚障害者支援活動のキャッチフレーズです。この小さな、という部分で大変苦労しました。

 私は非常に小柄(身長142センチ)です。中国では小柄だと、若く見られます。ありがたいことですが、「こんな子どもみたいな人に人材の育成が出来るんだろうか」と疑問を持つそうです。また、60坪のマンション内の日本語学校で円卓を囲んで和気あいあいとやっていますが、「校舎は建てないのですか」とよく言われます。一方、日本の人には「法人格を取らないの」と言われることがあります。

 国際貢献のためには、大きな校舎を建てなければならないのでしょうか。法人格を取らないと信用してもらえないのでしょうか。そんな私の疑問に明快な答えを出してくれたのは毎日新聞でした。そうしたものにとらわれることなく、私の活動を評価してくれました。

 皆さんは、目に障害を持った小さな私がどうしてこのような事業を出来たかというところに興味を持たれたのではないでしょうか。私は人から「障害があるのに、なぜこれだけ頑張るのか」と言われます。障害があるのにではなく、障害があるからこそ一生懸命、努力するのです。健常者は普通に生きていけばいいのですが、私は障害がある分を補わなければならないのです。

 私は生徒によく「盲人力を着けなさい」と言います。視覚以外のこと、例えば記憶力とかきゅう覚、聴力は訓練次第で身に着きます。また、学問などは、目に見えなくても本当に大切なものなのです。

 私は「神様に選ばれてこのように生まれたのだ」と考えることにしています。私に実力があって、その役をこなせると神様が思ったからだと。それなら、視覚障害者に対する偏見、差別と戦って、社会参加と平等を勝ち取ろうと思うようになりました。怒り、憤りといったものを私はすべて力に変えています。「視覚障害者には無理だ」と言われた教育実習も留学も実現させました。そして留学中に中国の現状を知り、今のプロジェクトを行っているのです。

 中国にはおよそ877万人の視覚障害者がいると言われます。勉強熱心ですが、偏見のため、障害があるだけで社会的地位が低く、能力を発揮できないでいるのです。健常者と一緒に学ぶ機会もほとんどありません。だから、中国の障害者には夢がないのです。

 私は夢は実現するものだと思っています。中国には機会さえ与えてくれたら、勉強したいという障害者はたくさんいるのです。私は、彼らの考え方を変えることが私の仕事だと思っています。最近、いろいろな変化が見えてきました。「留学したい」「先生になりたい」という夢を語れるようになったのです。「一定のレベルになれば目が見えないなんて関係ないんですね」とも言われました。夢のために一生懸命、努力する。その手助けをこれからもしていきたいと思います。


 ◆選考経過 佐々木高明選考委員長

 第16回毎日国際交流賞には、団体88件、個人33件の合計121件の推薦がありました。過去最高の応募件数でした。

 事務局による第1次選考で団体9件、個人5件に絞られ、選考委員会で慎重に審議しました。いずれも甲乙つけがたい素晴らしい活動でしたが、団体はFWABJに、個人では青木陽子さんに賞を受けていただくことになりました。

 FWABJはカンボジアのシエムレアプで「アンコール小児病院」の設立・運営に参画しています。同病院ではこれまでに約20万人以上の子どもたちを診察し、また郊外の集落を巡回する訪問看護も行って、幼い命を救っています。このほか、病院の運営もカンボジア人スタッフに移行させており、地域医療に携わる職員の教育支援もしていることなども高く評価しました。

 青木さんは6歳の時に失明されましたが、努力を重ね、93年に中国初の全盲留学生として天津外国語学院に入学されました。将来に希望を持てなかった中国の視覚障害者のために、私財を投じてマンションの一室に日本語訓練学校を設立。これまでに約200人の視覚障害者が日本語を習得し、8人が日本に留学しました。中国での信頼を得た青木さんの努力は高い評価に値します。

 最近、テロなど心が痛むニュースが流されています。その背景には、政治的、経済的に恵まれない劣悪な環境で生活している人が多数いるという事実があります。それを考えると、テロは、ただ力でねじ伏せても無くならないと思います。

 この賞は現地の人と心の交流を築き、相手の主体性を尊重して、草の根の交流をしている人を評価しています。ささやかな賞ですが、この精神は、力によらず地道な交流でテロを無くする道につながると確信しています。(国立民族学博物館名誉教授)

2004年10月3日毎日新聞大阪朝刊