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| <上>■市場や有機農業についてタイの農民と意見交換する松尾康範・AFEC事務局長(中央)=コーンケーン県で <左下>■カヨターさん <右下>■クンブットさん |
赤土の道には夕暮れが迫っていた。飼い主に追われながら牛が道端の草をはみ、木に結わえたハンモックが寝そべった少年の重みに揺れている。8月上旬に訪れたタイ東北部(通称イサーン)の農村には、どこか懐かしい光景があった。
◆村の宴
カーラシン県の農村「クットタクライ村」。赤土の道のわきに建つイサーン伝統の高床式の家屋に、村人が集まり始めた。約半年ぶりに訪れたAFECの松尾康範事務局長(36)と同行した私たちを歓迎する宴(うたげ)が始まった。高い床下にある板張りの縁台上に促されると、おばさんが手にご飯とゆで卵を握らせた。その手首をとって、伸ばした白いひもを2度3度と行き来させ、結わえる。幸運の生霊を呼び寄せる「バイシー」というおまじないだ。入れ替わり村人たちが巻いてくれたひもは30本を超えた。
地元のドブロクを蒸留した焼酎に、地元でとれたコメや鶏。名物の魚の塩辛「プラーデック」の独特のにおいも漂う。村の宴は延々と続いた。日本から消えつつある村の共同体が、そこには息づいていた。
◆借金漬け
だが、地元の作物を地元で食べる暮らしは、タイの農村でももはや一般的ではない。60年代以降、輸出戦略から米やサトウキビといった商品作物の大規模栽培が促され、かつての自給自足と"おすそ分け"の社会は急速に崩れた。しかも商品作物は、価格の暴落などによって多くの農民に多額の借金を負わせた。出稼ぎも増えている。
政府系の「農民開発復興基金」は99年、借金に苦しむ農民の訴えに押され設立された。基金によると、支援を求めている農民30万人のうち52%が、政府系金融機関から平均年収を超す10万~7万バーツ(日本円で30万~21万円)の借金を抱えている。また、市中銀行から借金している5%の農民は、平均70万バーツもの大金を借り入れている。共同体の内情は火の車なのだ。
◆レインボープラン
カーラシン県の小都市ブアカーオ市は02年から、生ゴミの堆肥化を核にした地域循環システム「レインボープラン」に取り組む。町の生ゴミを回収して堆肥化、農民に提供して有機・無農薬栽培に役立て、消費者はその安全な食物を購入している。
もともとAFECの菅野芳秀・共同代表を中心に山形県長井市で展開する活動。タイ農民運動の指導者でAFEC世話人でもあるバムルン・カヨターさん(55)が80年代半ばにフィリピンの国際会議で出会った菅野さんと意気投合して交流を深め、ブ市に提唱した。カヨターさんは「菅野さん1人の活動でなく、さまざまな人と人が交流しつながっていた」と感銘する。
飲食店や市場、学校など25カ所でポストに生ゴミを集め、市職員が回収して約30戸ある農家に運ぶ。オガクズなどを混ぜると約3カ月で堆肥となる。生産者のリーダー、ピアさん(59)は「単にゴミ問題の解決を図っているのではない」と強調する。ゴミを有機肥料に変えたら、生産者はその使い道を考え有機農業の工夫をする。出来た野菜を市場で売れば、買う人は有機作物とは何かを考える――。カヨターさんは言う。「レインボープランとは、ゴミを媒介にした地域づくりなのだ」
◆むらとまちを結ぶ市場
もう一つの地域づくりの媒介が、地元産品を売買する市場だ。
ブアカーオ市の南西に位置するコーンケーン県ポン郡。郡役所が敷地を提供し、月・金曜日の早朝に周辺の15村余りの農民100人以上が、ゴザの上に野菜などを並べる。
市場のマネジャー役の女性、ケーサダポン・チャンパバンさん(34)は「村人が野菜を売ることで、町の人にも健康や安全への意識が高まっている」と話す。消費者を生産現場に招く催しも毎年開いている。
初めて市場に野菜を並べた農民もいた。近くの村で有機農業を営み、市場のリーダーを務めるウトン・ナーチャイクーンさん(53)は「地区同士が出合う場でもある。どんどん広げたい」と話す。
市場開設は、96年にAFECの招きで日本を訪れた農民グループが「農民と消費者が、作物を直接売買することでつながる市場」に感銘を受けたことがきっかけになった。
◆「複合農業」
「倉とつぼの中に米とプラーデックさえあれば、それでいい。でも、それが空になってはいけないんだ」。現在は農民開発復興基金の幹部で、地域の市場づくりなどにも深くかかわってきたイサーン出身の市民運動家、サネー・ウィチャイウォンさん(49)は話す。
世界規模の農産物市場で勝ち抜こうと、日本を含めた多くの国が進める「大規模で、国際競争力がある」農業に対し、AFECは"対案"を提唱している。それは、地域の産物を地域で食べる「地産地消」で、家族経営を基本とした小規模な「程よい経済」だ。
カヨターさんらは、商品作物の単作でない「複合農業」を実践している。乾期に備え掘ったため池に魚を養殖し、養豚・養鶏もするし米も野菜もつくる。地域での自給自足を基本に、余った作物を地元の市場で売って消費者ともつながり、小さな輪をかたちづくる。個々の小さな輪が、タイ国内各地、日本ともつながって大きな輪に。さらに他国にも広がっている。
ブアカーオ市でレインボープランのマネジャー役を務める男性、スティチャイ・クンブットさん(27)は、AFECの仲介でフィリピンに赴き現地の農民と交流を深め、「フィリピンで学んだことを自分たちの活動に生かしたい」と意気込んでいる。
◆プロフィル
◇AFEC 90年、日本の農民グループがタイの農村を訪れて農民運動のリーダーらと交流。参加者の1人で農民作家の山下惣一さんがその体験を「タマネギ畑で涙して」にまとめ出版、その印税を基に91年に設立された。
輸出用商品作物の生産を強いられ、厳しい国際競争と市場価格の変動にほんろうされてきた農業の本質的な転換を目指す。タイや韓国、フィリピンなどの農民らと、地域循環型のまちづくりや有機・無農薬農業などの技術やノウハウについて、情報交換と人脈づくりを進めている。事務局は神奈川県横須賀市グリーンハイツ1の7の102。メールアドレスafec_matsuo@ybb.ne.jp
◆受賞理由
技術支援にとどまらない「知恵の交流」とも言えるユニークな活動が高い評価を得た。会員76人・年間予算360万円と一見、小規模だが、山形県長井市で展開されるレインボープランの提唱者の菅野芳秀、佐賀県唐津市から農民作家として情報を発信する山下惣一の両共同代表をはじめ、北海道や新潟、京都など各地でユニークな農業に取り組む地域グループのリーダーが参加。日本各地とアジアのグループがさらに交流の輪を織り成す重層的な活動は、大きなすそ野の上に成り立っている。農業だけでなく、農民と消費者、日本とアジアをつなぐことを視野に入れた深みのある活動は今後も期待できる。
2006年8月22日毎日新聞朝刊掲載





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