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| <左>カトリック吉祥寺教会神父、後藤文雄さん<右>栃工高国際ボランティアネットワークの栃木県立栃木工業高校3年の高田明さん(17)=写真・左、関口和秀さん(17)=同・中央、三宅健太さん(18)=同・右 |
◇途上国の車椅子修理――栃工高国際ボランティアネットワーク・高田明さん、関口和秀さん、三宅健太さん
◆喜ぶ笑顔見たい
栃木県立栃木工業高校には「和顔愛語(わがんあいご)」という校訓があります。柔和な顔と思いやりの言葉を持って人と接しなさい、という意味です。本校の福祉教育活動の基本的な考えです。この考えに基づいて、私たちは車椅子修理を中心としたボランティア活動をしています。
まず、毎年1回、タイの施設を訪問し、車椅子を修理しながらタイの人々と交流する「国際交流タイボランティア活動」です。昨年で17回を数えました。91年に始まり、01年までにタイ全土をほぼ1周しました。
昨年はカンチャナブリという街を訪れ、障害児支援施設や病院などでボロボロの車椅子を修理しました。中には、かつて私たちの先輩が修理したものもあり、後輩の私たちが新たに息を吹き込むことができました。修理活動の後には、歌ったりして現地の人と交流を深めました。
私たちは普通の高校生です。プロの修理屋さんのようにうまくないかもしれませんが、精いっぱい、心をこめて、一台一台を大切に修理します。タイの人たちにはこんな気持ちで接します。「車椅子で具合の悪いところはありませんか。私たちに修理をさせてください。そして、タイのことをいろいろ教えてください。日本の話もいろいろ聞いてもらえますか。あなたの喜ぶ笑顔が見たいのです」
もうひとつ、本校の福祉機器製作部の活動として、日本の中古の車椅子を修理し、東南アジアを中心とした世界の人々に届ける「空飛ぶ車いす活動」があります。
日本の病院や施設から寄贈された中古の車椅子を、私たちが修理し、海外の利用者に届けるのです。全国から本校に届く中古の車椅子は年間100台程度で、このうち約50~100台の車椅子を修理し、毎年、海外に届けています。
車椅子の修理の際は、安全で使いやすい車椅子にすること、そして、清潔できれいに仕上げることが大切です。程度の良いもので1日、ひどいものは1週間かけて直します。
車椅子を修理しても、それが海外の人々に届かないと意味がありません。車椅子を海外まで届けてくださる多くの輸送ボランティアの方々に担っていただいています。
海外旅行の時、手荷物と一緒に飛行機に積み込んだり、現地のボランティアの方に引き渡したり、あるいは利用者に直接届けてくださる方もいます。会社の研修旅行、中高の修学旅行でも協力してもらっています。たくさんの人々や団体の方々に支えられているのです。
車椅子を受け取った人からお礼の手紙を頂くこともあります。ペルーのエスピノーザさんの手紙を紹介します。「私はとても感動しています。こんな贈り物を頂くのは初めてです。こんな大切なものを、遠い栃木から届けてもらうなんて。一生懸命に修理してくれたみなさんに感謝しています」
私たちが修理し、海を渡った車椅子は今年3月末で21カ国、1700台を超えました。この活動は、私たちだけでなく、たくさんの人々の熱い思いと協力で支えられています。
車椅子の修理を通じて、1人でも多くの人々に笑顔を与えることができる。世界中のたくさんの人々と仲良くなれる。丈夫で壊れることのない平和の橋をぼくたちの力で架けることができる。そんな素晴らしい経験をさせてもらっているのです。
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◇カンボジアで学校作り――カトリック吉祥寺教会神父・後藤文雄さん
◆教育こそ国の礎
カンボジアでは95年から学校を作り始めました。カンボジアは美しい国です。こんな美しい国に何であんなことが起きたのか。75年から79年までポル・ポト派が支配していた時代のことです。この国を訪れると、戦争がもたらした悪夢はまだ消えておらず、学校に残る弾痕を見ました。子供たちは、こんな学校で、土間に腰を下ろし勉強をしていました。これを見て、私はぞっとしました。教育の場ではありませんでした。
カンボジアでは、屋根をかけたけどすぐにだめになって、雨の日は学校が休みになるところもありました。地雷危険地帯と書いた杭(くい)があちこちに打ってあるところもありました。「こんなの早く直せばいいじゃないか」と思うかもしれません。でも現金収入のない農村で、そう簡単に修繕することはできないのです。
最初に学校を作ったのは、プノンペン近郊カンダル州のお寺です。そこのお寺の住職が「私は村人に希望をあたえることができない。日本の皆さん。私の村に学校を作ってください」と熱望したのです。元々、このお寺の境内には学校があったそうです。それが、ポル・ポトの時代に全部焼かれました。でも、学校を建て直す力がない。このお坊さんの願いが、私たちが学校を作り始めるきっかけになったのです。
私はカンボジア難民の子供たち14人を引き取って育てましたが、その中の一人のメアス・ブン・ラーという男性が、このお坊さんの手紙を託されて持ってきたのです。私たちは元々、学校を作るなんて考えはありませんでした。ところが、「村人に希望を与えたい。だから学校を」というお坊さんの願いを知り、「教育こそが希望だ」「教育こそが国を作り上げていく基本原理だ」ということに気付きました。そして学校を作る決心をしたのです。
もちろん、私たちには学校を作った経験はまったくありません。そして、これまでに、日本人の善意ある人たちが学校を作ろうとして、だまされたというケースもいくつもありました。ひょっとしたら、私たちもだまされるかもしれない。でも「学校を作るからお金をください」と頂いておいて、「だまされました、作れません」じゃ、言い訳になりません。だから、まず(寄付などを求めずに)私の持つ余剰金で何とかやってみようと。それで、もし成功したら続けようと考えて、始めました。
私は学校を作る前、必ず村民集会を少なくとも2回以上開いてもらって、「労力奉仕は無償でしてください」とお願いします。お金は日本の皆さんが出すけども、皆さんも、それに応えて労力奉仕をお願いしますというお願いです。現地で私たちの仕事の要となるのが、ラーです。六つの教室と職員室があるしっかりとした学校もありますし、柱が全部鉄筋の学校もありますが、「少しでも長持ちを」というラーの配慮で実現したものです。
でも、学校を作って初めて気付いたこともありました。学校に行ける子と行けない子がはっきりと区別されることです。貧しくて、学校なんかに行かせてやれない。あるいは、学校に着ていく服がない。いろんな事情で、学校に行けない子もいるのです。
竣工(しゅんこう)式では、近隣の学校が全部お休みになって、生徒がみんな集まってきます。「奉納の舞」という古典舞踊をやってくれて、これがかわいいんです。子供たちの目はぱっちりと澄んでいます。天真らんまんです。美しい国カンボジア。今後も、この国のために尽力したいと思います。
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◆選考経過の報告――佐々木高明・委員長
◇草の根の立場で格差に挑んだ
第19回毎日国際交流賞には団体78件、個人39件の計117件のご推薦がありました。事務局の1次選考で団体6件、個人3件に絞り、選考委員会で慎重に審議した結果、受賞者を決定しました。
栃工高国際ボランティアネットワークは、栃木県立栃木工業高校の生徒が地域の団体などと連携してボランティア活動を行っている団体です。日本で使われなくなった車椅子を修理してアジアやアフリカの途上国に贈るという活動をしており、これまでに1700台が21カ国の障害者の手に渡りました。また91年から、生徒が毎年タイを訪問し、これまでに延べ220人が現地で車椅子の修理などをしてきました。
後藤文雄さんは、政府や団体の援助が届きにくいカンボジア・辺境地の貧しい農村で、学校建設を行っています。95年に活動を始め、これまで13校が完成、現在、14校目を建設中です。後藤さんは来日したものの行く先のないカンボジア難民の少年少女14人の里親となり、寝食を共にしながら育てられましたが、そのうちの一人のラーさんという男性が現地で、政府との交渉や資材の調達などに走り回っています。
最近、「格差」ということばをよく耳にします。しかし、格差というのはわが国だけにあるのではなく、むしろ経済が立ち遅れている途上国の弱い立場の人たちの間に最も厳しい形で表れているのです。後藤さんが手を差し伸べているカンボジアの辺地なども格差のひどい地域の一つですし、栃木工業高校の皆さんが援助された途上国の障害を持つ方々も格差社会の中で大変弱い立場の人です。こうした弱い立場の人々への援助は、顔と顔が見える草の根の立場から着実に行わないと、なかなか届かないものです。毎日国際交流賞は格差社会の底辺で助けを待つ人々に対する草の根の援助活動に対し応援をさせていただいています。今後も、この国際交流賞の事業に、ご理解とご協力を賜ることをお願いします。(国立民族学博物館名誉教授)





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