大阪が生んだ無頼派作家、織田作之助(1913~47)にちなんだ第28回織田作之助青春賞(大阪市、大阪文学振興会、関西大学、毎日新聞社主催)の受賞作が決定した。昨年末に公表された織田作之助賞とともに、選考委員の選評と、青春賞受賞者の喜びの声を紹介する。【渡辺亮一、手塚さや香】
■織田作之助青春賞
◆「コンシャス・デイズ」
柊さん(24) 岡山県倉敷市在住、会社員
◇若い感覚と衝動
「他人の方に作品を理解してもらえたことがうれしく、ありがたかったです。そもそも小説として成り立っているのかすら、自分では分かりませんでした。応募するのが恥ずかしかった」と振り返る。
生まれて初めて挑んだ小説だった。「社会人になると、会社の秩序やルールを大切にしないといけない。もっと自然な感覚や衝動と向き合っている人たちの話を書きたくなった」と執筆の動機を語る。昨夏、本賞を知り、休日を利用して10日ほどで仕上げた。
受賞作は、大学生・里美の日常を淡々とした筆致で描く。大学の先輩、中年の男性の2人と肉体関係があるという設定。恋愛小説の要素に加え、親友、裕子のキャラクターが魅力的で、女性同士の友情小説としても読める。「恋愛も友情も近いのではないでしょうか」。そんな作者の思いが投影されている。
登場人物に具体的なモデルがいるわけではなく「今まで接してきた人たちの集合体」と言う。作中、人物たちに交じり、不思議な存在感を漂わすのが、主人公が通う大学近くの美術館に飾られている外国の油絵。クリ色の髪の主人公が描かれている。こちらは、作者自身が大好きなアマン=ジャン作「髪」(大原美術館蔵)を念頭に置いた。 「賞をいただいて小説に興味を持つようになりました。日々出会う人たちにとても興味があって、それが(作品の素材として)どんどんたまっていく感じです。これからも書き続けたい」と誓った。
◆佳作「フリーク」
中野沙羅さん(20) 千葉県市川市在住、大学生
◇「自分とは」問い織り込む
小学生のころから創作が趣味。ノートに物語を書き、絵を添えて自家製の「本」をつくった。好きな作家はカフカ、安部公房。日本大芸術学部文芸学科に入学後、織田作之助青春賞に応募し始めた。
「最高賞には届かないと思っていましたが、出来栄えには自分なりに納得しています」。佳作に意外感はなく、結果を冷静に受け止めている。
受賞作はアゲハチョウの幼虫「E」が主人公。だが、黒いサナギになり、チョウへと変身した姿は一般的なアゲハチョウのそれではなく、極彩色の羽が生えていた。「人生において目的を達成し、答えを見つけて死ぬってことがあり得るのか疑問」だった。「自分とは何者なのか」。そんな問いを作品に織り込んだ。自宅の庭のユズの木の葉にチョウが卵を産むのを見て、イメージが膨らんだという。
プロの作家を目指している。大学卒業後は企業で働きながら、小説執筆を続けるつもり。「人間の存在についてもっと掘り下げたい。新しい試みにも挑戦し、人を元気にさせる作品を手がけたいです」
■選評
◇安定したうまい作品--作家・堂垣園江さん
「コンシャス・デイズ」は受賞にふさわしい作品だった。安定しており、チェックなしで読み終えたのも初めてだろう。読みながら自分の日常を重ねているのに気づいた時、うまい、と思った。ただ意見が分かれたものの、私は表題にもう少しひねりが欲しい。最近はやたらとカタカナが多い。パンと心に届く詩のような美しくて短い日本語は、実はとても難しいのだ。私も、いつも、すごく、悩む。作品の「目」になるから。
佳作はスーパーリアリズムになりきらなかったのが残念でならない。一滴の「毒」で読み手をひきつける術(すべ)を知っている。何が必要で、不要なのか、見極める力が課題。
◇絶妙の心理描写--関西大教授・増田周子さん
受賞作は、妻子ある男性に惹(ひ)かれる里美とそれを心配する裕子、大学で寮生活を送り、共通感覚を深め合いながらも、それぞれに異なる2人の繊細な心情が描かれている。2人で見た絵画の女性の視線の先の<愛(いと)しい人>、その涙を落としそうな表情に、微妙な恋愛の行方が見事に暗示されていた。大人の世界へと足を踏みいれつつ成長していく青春時代の微妙な心理が、自然描写と共に巧みに表現されていた。些細(ささい)な日常ではあるが、人間心理の描き方は絶妙である。佳作は、自分探しがテーマとなっていた。発想の奇抜さや、予想しがたい展開が興味深く、ありきたりの作品ではなかった。
◇秀逸な言語感覚--作家・吉村萬壱さん
佳作「フリーク」は自分の生態に疑問を抱く芋虫を通して「自分とは何か」という存在論的問いに肉薄したかに見えたが、人間に採集されるというラストで惜しくも凡庸化。虫の世界だけで描き切ってほしかった。「蛍の毛皮」は意欲は買うものの、さまざまな象徴物が立体的に組み上がらなかった。「家のおとこたち」はうまいが既視感があって損をした。「逃亡者たち」は肝心の「小説を書くとは何か」の追究が今一歩核心に届かなかった。受賞作「コンシャス・デイズ」は回想を現在と混同させる箇所はあったものの、簡潔な語りだけでここまで読ませる言語感覚は秀逸。
◇青春賞最終候補作◇
荒牧有加「逃亡者たち」
磐田裕樹「蛍の毛皮」
薛(せつ)沙耶伽「家のおとこたち」
中野沙羅「フリーク」
柊「コンシャス・デイズ」
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■織田作之助賞
◆「ワーカーズ・ダイジェスト」
津村記久子さん
織田作之助賞は前回からリニューアルし、新鋭・気鋭の作家による小説を対象にした。10年11月から1年間に刊行された単行本の中から推薦を受けた5作品に絞り、昨年12月に毎日新聞大阪本社で選考会を開催した。その結果、津村記久子さん(33)の「ワーカーズ・ダイジェスト」(集英社)が選ばれた。
■選評
◇丁寧なディテール光る--作家・稲葉真弓さん
津村記久子「ワーカーズ・ダイジェスト」と藤谷治「我が異邦」の2作を支持するつもりで選考会に出席した。結果、津村さんに受賞が決まりとてもうれしい。30代の会社員男女の生活を描く津村作品は、なによりも丁寧に積み重ねられたディテールが光っていた。カレーや「スパカツ」などの庶民的な食べ物、自分を励ますために聴く音楽や語学講座。さして幸福ではないが、なんとか凹(へこ)まずに前に進もうとする2人の姿に共感を覚えた。日常描写の中に現代日本の社会相(パワハラや結婚問題etc.)が浮かび上がる点にも行き届いた目線を感じた。
◇作りごとでない日常--前関西大学長・河田悌一さん
かつてのゼミ生の年賀状をみていると、結婚していないものが大勢いる。最近の調査では、恋人がなく「異性との交際を望まない」男女が半数近い。なぜなのか。
そうした男女の実態を巧みな筆致で描くのが、腕達者な津村記久子「ワーカーズ・ダイジェスト」である。
未婚の男女が多いのは、労働条件は苛烈(かれつ)、職場の人間関係は複雑、さらに結婚に夢を抱けない。そんな状況が普遍的だからだ。そんなしんどい現実を、実際に会社勤めしながら作家生活を続ける著者は、鮮やかに解き明かす。30代の女性、彼女と同い年、同じ誕生日の男性の登場人物によって説得的に。
感動したのは、「トンカツのせスパゲティ」などという食べ物の描写だ。大阪生まれの著者の面目躍如である。
◇現代人の生態と苦悩--作家・玄月さん
「WANTED!!かい人21面相」は3編収録されている。表題作は、文章の間合いが独特で、登場人物の個性も際だっている。候補作の中でもっともおもしろく読めたが、他の2編はやや重苦しい。最後まで残った「我が異邦」と「ワーカーズ・ダイジェスト」は、見事に票が割れた。前者の表題作の主人公の孤独に共感できるところは少ないが、少しこっけいで嫌なやつぶりを発揮するところが所々あり、いい意味でも悪い意味でもアクになっている。受賞作は30代勤め人の生態を男女交互に描いていて、現代人の苦悩がうかがえる。湯川という電話でしか登場しない脇役が鈍く光っていた。
◇希望見いだす強さ--文芸評論家・田中和生さん
藤谷治の「我が異邦」と津村記久子の「ワーカーズ・ダイジェスト」は、いずれも現代性のあるすばらしい作品集だ。まず「我が異邦」は表題作が、おそらく私小説的な現実を下敷きに2000年代以降のまったく新しい「アメリカ」像を描いている。一方「ワーカーズ・ダイジェスト」の表題作は現代日本の若者が働く、過酷な職場環境を中心に男性と女性の主人公を交互に描く。恋愛関係でも友人でもなく、すれ違いつつ支えあう主人公たちの姿に、その理不尽な世界に希望を見いだす作者の強さを感じた。結局その希望を信じ、津村作品を受賞作に推した。
◇リアルさに軍配--作家・辻原登さん
前もって次のように順位をつけて、選考会に臨んだ。
(1)「我が異邦」(2)「木暮荘物語」(3)「WANTED!!かい人21面相」「ワーカーズ・ダイジェスト」(4)「すべて真夜中の恋人たち」。先(ま)ず、「我が異邦」について。作者のストーリー・テリングと批評の力は高い水準にあり、ふたつが融合して、独自の安定した文体を生み出している。ウェルメイドな才を駆使した「木暮荘物語」には捨てがたい魅力があった。多くの読者を獲得しているのは宜(むべ)なるかな。赤染作品と津村作品は、ノスタルジーとリアルのどちらをとるかで、リアルの津村作品に。
最後まで競り合った藤谷作品と津村作品の評価を分けたのは、どちらがよりリアルか。僅差で津村作品に軍配が上がった。
◇織田作之助賞最終候補作◇
赤染晶子「WANTED!!かい人21面相」(文芸春秋)
川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」(講談社)
津村記久子「ワーカーズ・ダイジェスト」(集英社)
藤谷治「我が異邦」(新潮社)
三浦しをん「木暮荘物語」(祥伝社)
(2012年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)
◎紙面特集を読む
◎青春賞「コンシャス・デイズ」を読む
◎青春賞佳作「フリーク」を読む
◎選考結果詳細を読む
柊(ひいらぎ)さん |
◆「コンシャス・デイズ」
柊さん(24) 岡山県倉敷市在住、会社員
◇若い感覚と衝動
「他人の方に作品を理解してもらえたことがうれしく、ありがたかったです。そもそも小説として成り立っているのかすら、自分では分かりませんでした。応募するのが恥ずかしかった」と振り返る。
生まれて初めて挑んだ小説だった。「社会人になると、会社の秩序やルールを大切にしないといけない。もっと自然な感覚や衝動と向き合っている人たちの話を書きたくなった」と執筆の動機を語る。昨夏、本賞を知り、休日を利用して10日ほどで仕上げた。
受賞作は、大学生・里美の日常を淡々とした筆致で描く。大学の先輩、中年の男性の2人と肉体関係があるという設定。恋愛小説の要素に加え、親友、裕子のキャラクターが魅力的で、女性同士の友情小説としても読める。「恋愛も友情も近いのではないでしょうか」。そんな作者の思いが投影されている。
登場人物に具体的なモデルがいるわけではなく「今まで接してきた人たちの集合体」と言う。作中、人物たちに交じり、不思議な存在感を漂わすのが、主人公が通う大学近くの美術館に飾られている外国の油絵。クリ色の髪の主人公が描かれている。こちらは、作者自身が大好きなアマン=ジャン作「髪」(大原美術館蔵)を念頭に置いた。 「賞をいただいて小説に興味を持つようになりました。日々出会う人たちにとても興味があって、それが(作品の素材として)どんどんたまっていく感じです。これからも書き続けたい」と誓った。
中野沙羅さん |
中野沙羅さん(20) 千葉県市川市在住、大学生
◇「自分とは」問い織り込む
小学生のころから創作が趣味。ノートに物語を書き、絵を添えて自家製の「本」をつくった。好きな作家はカフカ、安部公房。日本大芸術学部文芸学科に入学後、織田作之助青春賞に応募し始めた。
「最高賞には届かないと思っていましたが、出来栄えには自分なりに納得しています」。佳作に意外感はなく、結果を冷静に受け止めている。
受賞作はアゲハチョウの幼虫「E」が主人公。だが、黒いサナギになり、チョウへと変身した姿は一般的なアゲハチョウのそれではなく、極彩色の羽が生えていた。「人生において目的を達成し、答えを見つけて死ぬってことがあり得るのか疑問」だった。「自分とは何者なのか」。そんな問いを作品に織り込んだ。自宅の庭のユズの木の葉にチョウが卵を産むのを見て、イメージが膨らんだという。
プロの作家を目指している。大学卒業後は企業で働きながら、小説執筆を続けるつもり。「人間の存在についてもっと掘り下げたい。新しい試みにも挑戦し、人を元気にさせる作品を手がけたいです」
■選評
◇安定したうまい作品--作家・堂垣園江さん
「コンシャス・デイズ」は受賞にふさわしい作品だった。安定しており、チェックなしで読み終えたのも初めてだろう。読みながら自分の日常を重ねているのに気づいた時、うまい、と思った。ただ意見が分かれたものの、私は表題にもう少しひねりが欲しい。最近はやたらとカタカナが多い。パンと心に届く詩のような美しくて短い日本語は、実はとても難しいのだ。私も、いつも、すごく、悩む。作品の「目」になるから。
佳作はスーパーリアリズムになりきらなかったのが残念でならない。一滴の「毒」で読み手をひきつける術(すべ)を知っている。何が必要で、不要なのか、見極める力が課題。
◇絶妙の心理描写--関西大教授・増田周子さん
受賞作は、妻子ある男性に惹(ひ)かれる里美とそれを心配する裕子、大学で寮生活を送り、共通感覚を深め合いながらも、それぞれに異なる2人の繊細な心情が描かれている。2人で見た絵画の女性の視線の先の<愛(いと)しい人>、その涙を落としそうな表情に、微妙な恋愛の行方が見事に暗示されていた。大人の世界へと足を踏みいれつつ成長していく青春時代の微妙な心理が、自然描写と共に巧みに表現されていた。些細(ささい)な日常ではあるが、人間心理の描き方は絶妙である。佳作は、自分探しがテーマとなっていた。発想の奇抜さや、予想しがたい展開が興味深く、ありきたりの作品ではなかった。
◇秀逸な言語感覚--作家・吉村萬壱さん
佳作「フリーク」は自分の生態に疑問を抱く芋虫を通して「自分とは何か」という存在論的問いに肉薄したかに見えたが、人間に採集されるというラストで惜しくも凡庸化。虫の世界だけで描き切ってほしかった。「蛍の毛皮」は意欲は買うものの、さまざまな象徴物が立体的に組み上がらなかった。「家のおとこたち」はうまいが既視感があって損をした。「逃亡者たち」は肝心の「小説を書くとは何か」の追究が今一歩核心に届かなかった。受賞作「コンシャス・デイズ」は回想を現在と混同させる箇所はあったものの、簡潔な語りだけでここまで読ませる言語感覚は秀逸。
◇青春賞最終候補作◇
荒牧有加「逃亡者たち」
磐田裕樹「蛍の毛皮」
薛(せつ)沙耶伽「家のおとこたち」
中野沙羅「フリーク」
柊「コンシャス・デイズ」
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織田作之助賞を受賞した津村記久子さん=大阪市北区で2011年12月20日、竹内紀臣撮影◇津村記久子(つむら・きくこ) 大阪市出身。05年「マンイーター」で太宰治賞を受賞しデビュー。08年「ミュージック・ブレス・ユー!!」で野間文芸新人賞、09年「ポトスライムの舟」で芥川賞を受賞した。近著に「まともな家の子供はいない」など。 |
◆「ワーカーズ・ダイジェスト」
津村記久子さん
織田作之助賞は前回からリニューアルし、新鋭・気鋭の作家による小説を対象にした。10年11月から1年間に刊行された単行本の中から推薦を受けた5作品に絞り、昨年12月に毎日新聞大阪本社で選考会を開催した。その結果、津村記久子さん(33)の「ワーカーズ・ダイジェスト」(集英社)が選ばれた。
■選評
◇丁寧なディテール光る--作家・稲葉真弓さん
津村記久子「ワーカーズ・ダイジェスト」と藤谷治「我が異邦」の2作を支持するつもりで選考会に出席した。結果、津村さんに受賞が決まりとてもうれしい。30代の会社員男女の生活を描く津村作品は、なによりも丁寧に積み重ねられたディテールが光っていた。カレーや「スパカツ」などの庶民的な食べ物、自分を励ますために聴く音楽や語学講座。さして幸福ではないが、なんとか凹(へこ)まずに前に進もうとする2人の姿に共感を覚えた。日常描写の中に現代日本の社会相(パワハラや結婚問題etc.)が浮かび上がる点にも行き届いた目線を感じた。
◇作りごとでない日常--前関西大学長・河田悌一さん
かつてのゼミ生の年賀状をみていると、結婚していないものが大勢いる。最近の調査では、恋人がなく「異性との交際を望まない」男女が半数近い。なぜなのか。
そうした男女の実態を巧みな筆致で描くのが、腕達者な津村記久子「ワーカーズ・ダイジェスト」である。
未婚の男女が多いのは、労働条件は苛烈(かれつ)、職場の人間関係は複雑、さらに結婚に夢を抱けない。そんな状況が普遍的だからだ。そんなしんどい現実を、実際に会社勤めしながら作家生活を続ける著者は、鮮やかに解き明かす。30代の女性、彼女と同い年、同じ誕生日の男性の登場人物によって説得的に。
感動したのは、「トンカツのせスパゲティ」などという食べ物の描写だ。大阪生まれの著者の面目躍如である。
◇現代人の生態と苦悩--作家・玄月さん
「WANTED!!かい人21面相」は3編収録されている。表題作は、文章の間合いが独特で、登場人物の個性も際だっている。候補作の中でもっともおもしろく読めたが、他の2編はやや重苦しい。最後まで残った「我が異邦」と「ワーカーズ・ダイジェスト」は、見事に票が割れた。前者の表題作の主人公の孤独に共感できるところは少ないが、少しこっけいで嫌なやつぶりを発揮するところが所々あり、いい意味でも悪い意味でもアクになっている。受賞作は30代勤め人の生態を男女交互に描いていて、現代人の苦悩がうかがえる。湯川という電話でしか登場しない脇役が鈍く光っていた。
◇希望見いだす強さ--文芸評論家・田中和生さん
藤谷治の「我が異邦」と津村記久子の「ワーカーズ・ダイジェスト」は、いずれも現代性のあるすばらしい作品集だ。まず「我が異邦」は表題作が、おそらく私小説的な現実を下敷きに2000年代以降のまったく新しい「アメリカ」像を描いている。一方「ワーカーズ・ダイジェスト」の表題作は現代日本の若者が働く、過酷な職場環境を中心に男性と女性の主人公を交互に描く。恋愛関係でも友人でもなく、すれ違いつつ支えあう主人公たちの姿に、その理不尽な世界に希望を見いだす作者の強さを感じた。結局その希望を信じ、津村作品を受賞作に推した。
◇リアルさに軍配--作家・辻原登さん
前もって次のように順位をつけて、選考会に臨んだ。
(1)「我が異邦」(2)「木暮荘物語」(3)「WANTED!!かい人21面相」「ワーカーズ・ダイジェスト」(4)「すべて真夜中の恋人たち」。先(ま)ず、「我が異邦」について。作者のストーリー・テリングと批評の力は高い水準にあり、ふたつが融合して、独自の安定した文体を生み出している。ウェルメイドな才を駆使した「木暮荘物語」には捨てがたい魅力があった。多くの読者を獲得しているのは宜(むべ)なるかな。赤染作品と津村作品は、ノスタルジーとリアルのどちらをとるかで、リアルの津村作品に。
最後まで競り合った藤谷作品と津村作品の評価を分けたのは、どちらがよりリアルか。僅差で津村作品に軍配が上がった。
◇織田作之助賞最終候補作◇
赤染晶子「WANTED!!かい人21面相」(文芸春秋)
川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」(講談社)
津村記久子「ワーカーズ・ダイジェスト」(集英社)
藤谷治「我が異邦」(新潮社)
三浦しをん「木暮荘物語」(祥伝社)
(2012年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)
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柊(ひいらぎ)さん
中野沙羅さん
織田作之助賞を受賞した津村記久子さん=大阪市北区で2011年12月20日、竹内紀臣撮影
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