大阪生まれの無頼派作家、織田作之助(1913~47年)にちなんだ第29回織田作之助青春賞(大阪市、大阪文学振興会、関西大学、毎日新聞社主催)の受賞作が決まった。応募数は219編。昨年12月に発表された織田作之助賞とともに、選考委員の選評と、青春賞受賞者の喜びの声を紹介する。【渡辺亮一】
■織田作之助青春賞
◆「ふたりだけの記憶」
滝口浩平さん(22)=東京都府中市在住、大学生
◇清新な感性、言葉に
「受賞は光栄です。自作が認められ、いろいろな方に読んでいただけるのがうれしい」と語る。
小さいころから文章を書くのが好きだった。ファンタジーめいた創作を初めてノートにつづったのは小学3年の時。東京外国語大学入学後は、趣味で長編・中編小説を書いてきた。「公募の賞に出すことには関心がなかった」が、最終学年を迎えて心境が変わった。「大学生活の一区切りにしたい」。そんな思いから初めて挑んだ賞だった。
受賞作は、大学生の「僕」が主人公。冬間近のある日、中学の同級生だった「あいつ」のことを思い出し、物語が動き出す。2人は親友だったが、中2の時に口論し、仲がこじれてしまった。バスと電車を乗り継ぐ時間の中で「あいつ」のことを考え、携帯電話のアドレス変更を連絡しようかどうか悩む「僕」。回想シーンを織り交ぜ、揺れ動く青年の心理を淡々とした筆致で描いた。
「中学時代にケンカした友達から久しぶりにメールが来て、もう一回(2人が)つながった気がした経験を下敷きにした」と振り返る。主人公の思いや2人の関係性を象徴する小道具として用いたのが天候の変化。冒頭、空は見渡す限り黒い雲に覆われていたが、ラストシーンでは雨が降り出す。「インドでは雨をプラスにとらえる。僕自身、雨が好き。ハッピーエンドで雨を使いたかった」 と話す。「僕も楽しんで書いた。作品を通して人に何かを伝えたいというよりも、読んで楽しいと思ってもらえればいい」
日本語教師を目指しているが、小説は書き続けるつもりだ。「大学生活で印象に残っていることを作品にしてみたい。ステップアップし、他の賞にも挑戦したい」と意欲をにじませる。
◆佳作「アイランド2012」
未来谷今芥さん(22)=福岡市東区在住、大学生
◇島舞台、少年の夏描く
16歳から本格的に創作を始め、数々の賞に応募。第24回織田作之助青春賞の最終候補作に挙がるなど、あと一歩まで迫るも賞に届かなかった。背水の陣で臨んだ今回は佳作。「うれしいが、力が足りなかった」。結果を冷静に受け止めつつ「取り上げてもらい、頑張って書き続ける起爆剤になった」。
受賞作は、釣り人や、海目当ての観光客しか訪ねてこない島が舞台。夏祭りの当番に選ばれた中学3年の「おれ」の視点でストーリーが展開する。挫折を経験し、大人への階段を上る青春小説。釣りや家族旅行で九州の島に足を延ばし、現地の人たちと触れ合うことで感じた「都市部とは違う島の人の温かさ、自由な気風」も浮かび上がらせている。
事故で両足を失った「イカ釣り師匠」、主人公のライバル「三太」......。個性的な脇役が登場する群像劇としても読めるが、中でも島に1軒だけある飲食店を営む「ヤシオばばあ」が重要な役割を担い、作品の魅力を高めている。
「海の水がきれいに見えたり、濁って見えたりするように、女性は付き合う相手によって、男性以上に違う面を持っていると思う。そんな女性の二面性を極端な形で表した」と言う。
作家になるのが夢。「弱い人間の立場で作品を書いていきたい。光の当たらない人たちの物語を一人でも多くの人に読んでほしい と思っています」
■選評
◇意識の起伏描く--作家・吉村萬壱さん 受賞作「ふたりだけの記憶」は、短い時間における意識の起伏を、携帯電話という小道具を生かして鋭く描き切った点、強く推すに値すると思った。「アイランド2012」は既視感はあるものの、最も小説らしい小説だった。「ゾウリムシ」は掌編としては面白いが、短編小説としては物足りない。「制服」はよくまとまっていたが、ありきたりさで損をした。「拍手喝采」は女性の心の動きがよく出ていたが、もう一歩深めてほしかった。「雪原」の独特の言い回しは好みが分かれるところ。「父の本棚」はせっかくの豊かなイメージが巧(うま)く組み上がらず残念。
◇心の共鳴できず--作家・堂垣園江さん
受賞作にはバツをつけた。構成に難があるわけでも、文章がまずいわけでもない。できばえ的には受賞レベルに達している。しかし共感できなかった。小説とは何か。その原点を考えた時、小説に限らず芸術に類するものは「感動」が根底にある。つまり心の共鳴。まとまりがよくても、読み手に何も伝わらなければ駄作である。本作を再度読み返し、もう一言あれば、とも思った。他の候補作においても同じことがいえる。そこそこ出来がよく、満遍なく悪い。突出しているものはない。短編という小さい世界に大きな手応えを期待するのは酷なのだろうか。
◇心理描写は圧巻--関西大教授・増田周子さん
青春賞は「ふたりだけの記憶」だと思って選考会に臨んだ。だが、そうすんなりとはいかない。熱い議論を尽くし、ようやく本作に決定して安堵(あんど)した。喧嘩(けんか)別れをしたまま、連絡していなかった友人を思い出し、携帯の送信ボタンを押すまでの主人公の、ほんの短時間の心理描写は、圧巻だった。作品中、何度も出てくる雨の効果もあった。友人に送ったメールが着信できた瞬間、雨が降ってきたという最後の描写には、伏線が見事に生かされていた。読者を引き込む力は抜群で、文章も切れがあった。佳作「アイランド2012」は、テーマ設定や場面展開が面白くドラマチックな作品だが、文章表現が課題。無駄を省けば、さらによくなると思う。
◇青春賞最終候補作◇
「制服」風本公子
「ふたりだけの記憶」滝口浩平
「父の本棚」狸(たぬき)
「ゾウリムシ」仲田穂子(ほこ)
「拍手喝采」中野沙羅
「雪原」弥田愚鳩(みたぐきゅう)
「アイランド2012」未来谷今芥
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■織田作之助賞
◆「ある一日」
いしいしんじさん
織田作之助賞は新鋭・気鋭の作家による小説を対象にした。2011年11月から1年間に発行された単行本の中から推薦を受けた5作品に絞り、2012年12月に毎日新聞大阪本社で選考会を開催した。その結果、いしいしんじさん(46)の「ある一日」(新潮社)が選ばれた。
■選評
◇土地の霊宿る--前関西大学長・河田悌一さん
前回の受賞作は結婚しない男女の話。そして今回は、高齢の妻、園子の出産に立ち会う作者とおぼしき夫、慎二の緊張感ある物語。
大阪に生まれ、京都大学文学部を卒業して京都に住む作者は、その京都の街を舞台に小説を展開する。8月24日の地蔵盆、二条大橋あたりの鴨川に棲(す)むという「うなぎ」、丹波の「まつたけ」、錦市場で買った「はも」の鍋などを巧みに利用して。
文学作品には時として土地の霊が宿るが、いしいしんじ「ある一日」は、京都という時空によって、新たな境地を切り拓(ひら)いた作品だ。京都に生まれ育った私は、作者が京都の歴史と文化の霊を吸収し大きく飛躍してほしい、と希望する。
◇言霊の世界顕現--作家・辻原登さん
今回は、いしいしんじの「ある一日」一本が真に受賞に値すると考えて選考会に臨んだ。
京都に移り住んだ夫婦に子供が生まれる、その一日を濃密に描くのだが、その描き方が尋常一様ではない。いつのまにか我々は神話的時空の中に誘い込まれて、京都が母の胎内と通底する「うみ」であること、生と死が混然一体となって、ひとつの生命を、そしてひとつの強靱(きょうじん)な思想を育む時空であることを、これほど鮮やかに物語として展開した小説は稀(まれ)である。作者が選択した手法は巧緻を極めている。声に出して読むと、そのことがより一層あきらかになる。コトバ=言霊の世界が顕現するの だ。
◇作品の力実感--文芸評論家・田中和生さん
田中慎弥の「夜蜘蛛」は、作者の資質と作品の主題が有機的に噛(か)みあった快作だと思ったが、ほかの選考委員の十分な支持を得られなかった。残念。
受賞作となったいしいしんじの「ある一日」は、最初は作者自身を思わせる「慎二」の経験について語られた、変わった語り口の私小説的な作品だなあと思った。感動はしたが、それが「出産」という素材によるのか、作品の力かよくわからなかった。だが今回読み直して、また選考会の議論を通じて、作品がもつ圧倒的な力が実感できてきた。なので推した。
◇たゆたう日本語--作家・稲葉真弓さん
青山七恵か、いしいしんじの作品のどちらかと思い選考会に出たが、青山作品に関して、力量からするともっと書けたのでは?という意見が出た。弱さの持つ「純粋さ」と「醜さ(依存)」を描いたこの作品、別の形で読者に届くことを願う。いしいの「ある一日」は、羊水のようにたゆたう日本語が満ち満ちている。妻の出産を見届ける夫の脳裏に行き交う、自分も未分化のものになったかのような比喩とイメージに、辻原委員の言う「神話的世界」が広がる。感服である。
◇危うさ原動力に--作家・玄月さん
あることを書こうと決めると、つぎは、どのように書くか決めなければならない。出産をテーマにするにあたり、いしいしんじはさまざまな方法を考えただろう。あるいは、ただ一度の閃(ひらめ)きを採用したのかもしれない。「ある一日」はイメージが錯綜(さくそう)しすぎて少々危ういところがあるが、それが読み進めさせる原動力にもなっていた。
「犬とハモニカ」の表題作は、たくさんの人物がスケッチ風に登場する傑作だ。このようにも書いていいのだという、私自身の発見があった。他の短編にも独特のあざとさがあって、それは江國香織の強みだと思った。
◇織田作之助賞最終候補作◇
青山七恵「すみれ」(文芸春秋)
いしいしんじ「ある一日」(新潮社)
江國香織「犬とハモニカ」(新潮社)
窪美澄「晴天の迷いクジラ」(新潮社)
田中慎弥「夜蜘蛛(ぐも)」(文芸春秋)
(2012年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)
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■織田作之助青春賞
◆「ふたりだけの記憶」
滝口浩平さん(22)=東京都府中市在住、大学生
◇清新な感性、言葉に
「受賞は光栄です。自作が認められ、いろいろな方に読んでいただけるのがうれしい」と語る。
小さいころから文章を書くのが好きだった。ファンタジーめいた創作を初めてノートにつづったのは小学3年の時。東京外国語大学入学後は、趣味で長編・中編小説を書いてきた。「公募の賞に出すことには関心がなかった」が、最終学年を迎えて心境が変わった。「大学生活の一区切りにしたい」。そんな思いから初めて挑んだ賞だった。
受賞作は、大学生の「僕」が主人公。冬間近のある日、中学の同級生だった「あいつ」のことを思い出し、物語が動き出す。2人は親友だったが、中2の時に口論し、仲がこじれてしまった。バスと電車を乗り継ぐ時間の中で「あいつ」のことを考え、携帯電話のアドレス変更を連絡しようかどうか悩む「僕」。回想シーンを織り交ぜ、揺れ動く青年の心理を淡々とした筆致で描いた。
「中学時代にケンカした友達から久しぶりにメールが来て、もう一回(2人が)つながった気がした経験を下敷きにした」と振り返る。主人公の思いや2人の関係性を象徴する小道具として用いたのが天候の変化。冒頭、空は見渡す限り黒い雲に覆われていたが、ラストシーンでは雨が降り出す。「インドでは雨をプラスにとらえる。僕自身、雨が好き。ハッピーエンドで雨を使いたかった」 と話す。「僕も楽しんで書いた。作品を通して人に何かを伝えたいというよりも、読んで楽しいと思ってもらえればいい」
日本語教師を目指しているが、小説は書き続けるつもりだ。「大学生活で印象に残っていることを作品にしてみたい。ステップアップし、他の賞にも挑戦したい」と意欲をにじませる。
◆佳作「アイランド2012」
未来谷今芥さん(22)=福岡市東区在住、大学生
◇島舞台、少年の夏描く
16歳から本格的に創作を始め、数々の賞に応募。第24回織田作之助青春賞の最終候補作に挙がるなど、あと一歩まで迫るも賞に届かなかった。背水の陣で臨んだ今回は佳作。「うれしいが、力が足りなかった」。結果を冷静に受け止めつつ「取り上げてもらい、頑張って書き続ける起爆剤になった」。
受賞作は、釣り人や、海目当ての観光客しか訪ねてこない島が舞台。夏祭りの当番に選ばれた中学3年の「おれ」の視点でストーリーが展開する。挫折を経験し、大人への階段を上る青春小説。釣りや家族旅行で九州の島に足を延ばし、現地の人たちと触れ合うことで感じた「都市部とは違う島の人の温かさ、自由な気風」も浮かび上がらせている。
事故で両足を失った「イカ釣り師匠」、主人公のライバル「三太」......。個性的な脇役が登場する群像劇としても読めるが、中でも島に1軒だけある飲食店を営む「ヤシオばばあ」が重要な役割を担い、作品の魅力を高めている。
「海の水がきれいに見えたり、濁って見えたりするように、女性は付き合う相手によって、男性以上に違う面を持っていると思う。そんな女性の二面性を極端な形で表した」と言う。
作家になるのが夢。「弱い人間の立場で作品を書いていきたい。光の当たらない人たちの物語を一人でも多くの人に読んでほしい と思っています」
■選評
◇意識の起伏描く--作家・吉村萬壱さん 受賞作「ふたりだけの記憶」は、短い時間における意識の起伏を、携帯電話という小道具を生かして鋭く描き切った点、強く推すに値すると思った。「アイランド2012」は既視感はあるものの、最も小説らしい小説だった。「ゾウリムシ」は掌編としては面白いが、短編小説としては物足りない。「制服」はよくまとまっていたが、ありきたりさで損をした。「拍手喝采」は女性の心の動きがよく出ていたが、もう一歩深めてほしかった。「雪原」の独特の言い回しは好みが分かれるところ。「父の本棚」はせっかくの豊かなイメージが巧(うま)く組み上がらず残念。
◇心の共鳴できず--作家・堂垣園江さん
受賞作にはバツをつけた。構成に難があるわけでも、文章がまずいわけでもない。できばえ的には受賞レベルに達している。しかし共感できなかった。小説とは何か。その原点を考えた時、小説に限らず芸術に類するものは「感動」が根底にある。つまり心の共鳴。まとまりがよくても、読み手に何も伝わらなければ駄作である。本作を再度読み返し、もう一言あれば、とも思った。他の候補作においても同じことがいえる。そこそこ出来がよく、満遍なく悪い。突出しているものはない。短編という小さい世界に大きな手応えを期待するのは酷なのだろうか。
◇心理描写は圧巻--関西大教授・増田周子さん
青春賞は「ふたりだけの記憶」だと思って選考会に臨んだ。だが、そうすんなりとはいかない。熱い議論を尽くし、ようやく本作に決定して安堵(あんど)した。喧嘩(けんか)別れをしたまま、連絡していなかった友人を思い出し、携帯の送信ボタンを押すまでの主人公の、ほんの短時間の心理描写は、圧巻だった。作品中、何度も出てくる雨の効果もあった。友人に送ったメールが着信できた瞬間、雨が降ってきたという最後の描写には、伏線が見事に生かされていた。読者を引き込む力は抜群で、文章も切れがあった。佳作「アイランド2012」は、テーマ設定や場面展開が面白くドラマチックな作品だが、文章表現が課題。無駄を省けば、さらによくなると思う。
◇青春賞最終候補作◇
「制服」風本公子
「ふたりだけの記憶」滝口浩平
「父の本棚」狸(たぬき)
「ゾウリムシ」仲田穂子(ほこ)
「拍手喝采」中野沙羅
「雪原」弥田愚鳩(みたぐきゅう)
「アイランド2012」未来谷今芥
............................................................................................................
■織田作之助賞
◆「ある一日」
いしいしんじさん
織田作之助賞は新鋭・気鋭の作家による小説を対象にした。2011年11月から1年間に発行された単行本の中から推薦を受けた5作品に絞り、2012年12月に毎日新聞大阪本社で選考会を開催した。その結果、いしいしんじさん(46)の「ある一日」(新潮社)が選ばれた。
■選評
◇土地の霊宿る--前関西大学長・河田悌一さん
前回の受賞作は結婚しない男女の話。そして今回は、高齢の妻、園子の出産に立ち会う作者とおぼしき夫、慎二の緊張感ある物語。
大阪に生まれ、京都大学文学部を卒業して京都に住む作者は、その京都の街を舞台に小説を展開する。8月24日の地蔵盆、二条大橋あたりの鴨川に棲(す)むという「うなぎ」、丹波の「まつたけ」、錦市場で買った「はも」の鍋などを巧みに利用して。
文学作品には時として土地の霊が宿るが、いしいしんじ「ある一日」は、京都という時空によって、新たな境地を切り拓(ひら)いた作品だ。京都に生まれ育った私は、作者が京都の歴史と文化の霊を吸収し大きく飛躍してほしい、と希望する。
◇言霊の世界顕現--作家・辻原登さん
今回は、いしいしんじの「ある一日」一本が真に受賞に値すると考えて選考会に臨んだ。
京都に移り住んだ夫婦に子供が生まれる、その一日を濃密に描くのだが、その描き方が尋常一様ではない。いつのまにか我々は神話的時空の中に誘い込まれて、京都が母の胎内と通底する「うみ」であること、生と死が混然一体となって、ひとつの生命を、そしてひとつの強靱(きょうじん)な思想を育む時空であることを、これほど鮮やかに物語として展開した小説は稀(まれ)である。作者が選択した手法は巧緻を極めている。声に出して読むと、そのことがより一層あきらかになる。コトバ=言霊の世界が顕現するの だ。
◇作品の力実感--文芸評論家・田中和生さん
田中慎弥の「夜蜘蛛」は、作者の資質と作品の主題が有機的に噛(か)みあった快作だと思ったが、ほかの選考委員の十分な支持を得られなかった。残念。
受賞作となったいしいしんじの「ある一日」は、最初は作者自身を思わせる「慎二」の経験について語られた、変わった語り口の私小説的な作品だなあと思った。感動はしたが、それが「出産」という素材によるのか、作品の力かよくわからなかった。だが今回読み直して、また選考会の議論を通じて、作品がもつ圧倒的な力が実感できてきた。なので推した。
◇たゆたう日本語--作家・稲葉真弓さん
青山七恵か、いしいしんじの作品のどちらかと思い選考会に出たが、青山作品に関して、力量からするともっと書けたのでは?という意見が出た。弱さの持つ「純粋さ」と「醜さ(依存)」を描いたこの作品、別の形で読者に届くことを願う。いしいの「ある一日」は、羊水のようにたゆたう日本語が満ち満ちている。妻の出産を見届ける夫の脳裏に行き交う、自分も未分化のものになったかのような比喩とイメージに、辻原委員の言う「神話的世界」が広がる。感服である。
◇危うさ原動力に--作家・玄月さん
あることを書こうと決めると、つぎは、どのように書くか決めなければならない。出産をテーマにするにあたり、いしいしんじはさまざまな方法を考えただろう。あるいは、ただ一度の閃(ひらめ)きを採用したのかもしれない。「ある一日」はイメージが錯綜(さくそう)しすぎて少々危ういところがあるが、それが読み進めさせる原動力にもなっていた。
「犬とハモニカ」の表題作は、たくさんの人物がスケッチ風に登場する傑作だ。このようにも書いていいのだという、私自身の発見があった。他の短編にも独特のあざとさがあって、それは江國香織の強みだと思った。
◇織田作之助賞最終候補作◇
青山七恵「すみれ」(文芸春秋)
いしいしんじ「ある一日」(新潮社)
江國香織「犬とハモニカ」(新潮社)
窪美澄「晴天の迷いクジラ」(新潮社)
田中慎弥「夜蜘蛛(ぐも)」(文芸春秋)
(2012年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)
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