第32回 織田作之助賞 紙面特集


異質な世界、軽快に

大阪生まれの無頼派作家、織田作之助(1913~47年)にちなんだ第32回織田作之助賞(大阪市・大阪文学振興会・関西大学・パソナグループ・毎日新聞社主催、一心寺・ルーブル書店協賛、三田文学会特別協力)に、堂垣園江さんの「浪華古本屋騒動記」(講談社)と三浦しをんさんの「あの家に暮らす四人の女」(中央公論新社)が選ばれた。また、24歳以下対象の青春賞は応募数202編の中から犬浦香魚子(あゆこ)さんに、主に中・高校生対象のUー18賞は45編から烏月(うつき)にひるさんに決定。2人の喜びの声とともに、本賞を含めた選評を紹介する。【清水有香】

青春賞

「はきだめ」犬浦香魚子さん(21)=京都市北区、大学生

◇もがく日常、希望の芽

大学の文芸サークルで本格的に小説を書き始めた。最終学年を迎え、初めて挑んだ青春賞での受賞。「これからも小説を書き続けていいんだって、背中を押してもらった感じです」と声を弾ませる。  受賞作は契約社員の「あたし」が主人公。年上のフリーターとの同居生活に息苦しさを覚え、町を出たいと思うが引っ越し代さえない。男友達との浮気を繰り返し、どうしようもない日常をやり過ごすが……。もがき苦しみながら、「あたし」の心に芽生えたかすかな希望をつづった。

「閉塞(へいそく)感や劣等感にさいなまれ、落ち込むこともある。掃きだめのような世界で、それでも前を向いて生きていく普通の人の姿を描きたかった」。無料通信アプリ「LINE(ライン)」のやりとりや街中のデモなど同時代的な要素も加えた。「サークルで私の小説は主観的過ぎると言われていたので、社会の出来事にも意識的に目を向けました」

小説だけではなく、種田山頭火の俳句や萩原朔太郎の詩も好んで読む。「近代の作家が描いた人間の孤独や鬱屈した感情は現代にも通じる。私も人から共感を得られる作品が書けるよう、働きながらいろんなことを吸収したい」。社会人としての新生活を前に、決意を新たにした。

Uー18賞

「パチンコ玉はUFO、ブルーのビー玉は地球」烏月にひるさん(16)=埼玉県飯能市、高校生

◇一人語り、独特の世界観

7年前、9歳だった「僕」がパチンコ玉のように小さなUFOを田んぼで拾ったことから始まる不思議な物語。ある時、「僕」の夢に転校生の女の子「Q」が現れ、彼女が宇宙人であることを知る。UFOに乗って地球を飛び出した「僕」と「Q」。一人語りの生き生きとした文体で独特の世界観を紡いだ。

「Q」は夢の中で、月の裏側にいる100羽のウサギの話をする。「月を眺めている時、ふと頭に浮かびました」。最近は身近なネタをスマートフォンでメモするようにしている。尊敬する作家はカフカやサルトル、安部公房だと話す。「現実ではありえないような話が面白い。小説ならではの世界を僕も表現したい」

中学2年生の時、初めて小説を書いた。原稿用紙5枚の短編を友達に見せたが、「つまらないって言われて書くのをやめました」。再び筆を執ったのは高校1年の夏休み明け。勉強する理由が見いだせず不登校になり、約1年間を読書や執筆に費やした。「小説を書いたことで心が整理できた気がします」

受賞作はその時に生まれた。「勉強も運動も苦手だけど、誇れるものができました」と語る。「読んでくれた人の心にいつまでも残るような作品を書くのが目標です」

選評

◇「本当の事」感じさせる力 作家・吉村萬壱さん

どちらの賞もレベルが安定し、今年も将来性のある作品が集まった。「はきだめ」には「本当の事」が書かれていると感じた。他の作品もそれぞれ力があったが、この一点において受賞作に一歩及ばなかったと思う。Uー18賞受賞作「パチンコ玉はUFО、ブルーのビー玉は地球」は、語りだけで読ませる力を買った。見えないものを描こうとした「夜の十景」を私は推したが、やや言葉に溺(おぼ)れる気味があったか。「あの日電車で」は悪くないが小説としての面白さにやや欠けた。「佐々野駅にて」には○、「亡失、描いた夏空」は△をつけた。全員、書き続けてほしい。

◇自己満足離れ読み手意識 作家・堂垣園江さん

文学賞にはおのずと傾向が生まれる。青春賞も回を重ねるごとに独自の色を濃くし、主人公たちが曖昧な絶望の中でもがいている。今回もグレーゾーンを描いた作品の競りあいだった。どの作品にも光るものがあり、それでいて生かすことができずに持て余していた。「メチルエフェドリン」は構成力や勢いに引っ張られたが、設定の凝りすぎが仇(あだ)となった。「はきだめ」が当選作となったのは、自己満足から離れ、読み手を意識していたからである。一方、Uー18賞はさまざまな作品が出てくる。ファンタジー仕立ての「当選作」に、羽ばたく創造力を感じずにはいられない。

◇確かなリアリティー 関西大教授・柏木治さん

他を圧倒するような応募作品のない中、文章にはなお粗さが見え隠れするものの、受賞作がもっとも無理なく読者を引き込む小説的枠組みと確かなリアリティーを感じさせた。現実との折り合いに微(かす)かな救いを醸す書き方も自然だ。「メチルエフェドリン」も、描かれる現実が的確な言葉の配列に支えられていて、捨てがたい魅力がある。ただ、物語の背景をどう読むかで意見が分かれた。Uー18賞では、受賞作が独創や衒(てら)いの誘惑に足をすくわれることなく、書き慣れた端正な文章の力で物語をまとめあげていた。全体の水準は確実に上がっている。今後に期待したい。

◇青春賞最終候補作◇

  • 「はきだめ」犬浦香魚子
    「メチルエフェドリン」荊冠(けんかん)きざき
    「やさしいふたり」秋佐見洋(あきさみよう)
    「挟まれた」金杜昊(とほ)
    「指折り数えて一、二、三」福田幸之助

◇Uー18賞最終候補作◇

  • 「あの日電車で」月島麟
    「夜の十景」芳仲宏暢(ひろのぶ)
    「亡失、描いた夏空」千野聖広
    「パチンコ玉はUFO、ブルーのビー玉は地球」烏月にひる
    「佐々野駅にて」篠原美里

織田作之助賞

  • 「あの家に暮らす四人の女」 三浦しをんさん(39)
    「浪華古本屋騒動記」 堂垣園江さん(55)

選評

◇さりげない小説時空 文芸評論家・田中和生さん

前回につづいて、2作受賞となったが、最終選考には読みごたえのある小説ばかり並んだ。その結果である。星野作品は、ベテランの領域に入りつつある書き手の、問題意識と小説的空間の異様さがうまく重なった力作と思って推したが、十分な支持が得られなかった。谷川作品も、詩の言葉の切実さを小説的に語ることに成功し、推すべき快作と思って臨んだが、小説と詩の言葉の関係について本質的な議論となり、受賞とはならなかった。議論のなかで、さりげない書きぶりの堂垣作品が、実に読みごたえのある小説的な時空を実現していると感じ、強く推した。三浦作品を強く推す選考委員も複数おり、同時受賞となった。

◇人間を描くことから 作家・高村薫さん

小説の面白さはあくまで結果である。星野智幸氏の「呪文」は、不気味なカタストロフを見せてやろうという意図より先に、人間を描くことから始めなければ小説にならない。谷川直子氏の「四月は少しつめたくて」は、主婦たちの身体感覚をよく描きだしている一方、小説に挿入された詩の据わりが、いかにも悪い。堂垣園江氏の「浪華古本屋騒動記」は、人間や古書より大阪弁が主人公の、文字通りの「騒動記」。三浦しをん氏の「あの家に暮らす四人の女」は、カラスや幽霊の父の扱い方が周到に計算されているとは言えず、小説がざわついているのが惜しい。

◇ユーモアとリズム感 文芸評論家・湯川豊さん

三浦しをんさんの作品は、4人の女性の描き分けがみごとである。古い洋館に母娘と、娘の友人である独身女性2人が住んでゆるやかな共同生活をいとなむというのは、家族を超える生き方を示唆しているのかもしれない。文章に自然なユーモアがにじみ出ているのもいいと思った。堂垣園江さんの作品は、大阪の古本屋の若者たちが集まって、宝探しをやるという発想が楽しい。宝探しが人間関係を結んだりほどいたりして、とんでもない騒動になるところ、リズムがあって、引きこまれて読んだ。この作品にもユーモアがある。軽快に確かな小説世界をつくりあげている2作の受賞に、私は賛成した。

◇一気に読ませる魅力 前関西大学長・河田悌一さん

今回は、全く異質な風土と日常を舞台とする、二つの小説が選ばれた。大阪に生まれた堂垣園江氏は、大阪弁を巧みに駆使して男と男、男と人、女と女の奇妙な関係と人間像を、実に見事に描写する。古本屋、遊郭、宝探しを三題噺(ばなし)的に利用しながら。東京生まれの三浦しをん氏は、杉並の旧(ふる)い洋館で共同生活を送る4人の個性的な女性たちを描くメルヘンだ。谷崎潤一郎の名作「細雪(ささめゆき)」を下敷きにして。終盤に突如、死んだ父親の魂が”助っ人”として登場してくる。その箇所に違和感を抱く選考委員もあった。2作品とも最後まで一気呵成(かせい)に読ませる不思議な魅力をもっていた。

◇懐深く、飽きさせず 作家・辻原登さん

「あの家に暮らす四人の女」。同居する女性のそれぞれが魅力的で、4人の関係の緊張と緩和が巧みに描かれるだけでなく、番人小屋に住む山田老人の愚直さがさらにその関係に興を添える。しかも全体の語りは、失踪ののち死んだヒロインの父親という設定で、物語を一層懐の深いものにしている。「浪華古本屋騒動記」は騒動記にふさわしく、奇妙奇天烈(きてれつ)な大阪人たちの宝探しのてんやわんやを巧みなストーリーテリングで描いて飽きさせない。特に香雨(こう)という少女の造形と、冒頭とラストの奇妙に歪(ゆが)んだ照応が、この作者の並々ならぬ手腕を示している。対照的な二つの作品の受賞を慶(よろこ)びたい。

◇織田作之助賞最終候補作◇

  • 谷川直子「四月は少しつめたくて」(河出書房新社)
    堂垣園江「浪華古本屋騒動記」(講談社)
    星野智幸「呪文」(河出書房新社)
    三浦しをん「あの家に暮らす四人の女」(中央公論新社)

(2016年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)

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