2016年 織田作之助賞 紙面特集

存在問う旅 鮮烈

 大阪生まれの無頼派作家、織田作之助(1913~47年)にちなんだ第33回織田作之助賞(大阪市・大阪文学振興会・関西大学・パソナグループ・毎日新聞社主催、一心寺・ルーブル書店協賛、三田文学会特別協力)に、崔 実(チェ シル)さんの「ジニのパズル」(講談社)が選ばれた。また、24歳以下対象の青春賞は応募数223編の中から中野美月(みづき)さんに、主に中学・高校生対象のU-18賞は31編から浅田紗希(さき)さんに決定。2人の喜びの声とともに、本賞を含めた選評を紹介する。【清水有香】

 ■青春賞
◆「海をわたる」
 中野美月(みづき)さん(24)=広島市中区、会社員

◇モネの絵から着想

 小説の舞台はアイルランドのダブリン近郊の町。失恋の痛手を抱えた「彼女」は心の傷を癒やしに海へと向かう。遠く離れた故郷に戻った「男」との思い出を織り交ぜながら、喪失感をクールな筆致で描いた。「嘔吐(おうと)」という生理的な苦痛との呼応や色彩豊かな情景描写が物語に深みを与えている。初めての文学賞応募での受賞に「ほっとしました」と語る。
 大学で文芸思想を専攻し、小説を書き始めた。卒業制作で初めて完成させたが、指導教官で芥川賞作家の小野正嗣さんから酷評されたという。「『小説は自分ではなく他者を描くもの』と言われ、はっとした。あの言葉がなかったら創作をあきらめていたと思います」
 受賞作のヒントになったのは、大学4年の時に美術館で見たモネの風景画。「きれいな色だけどグロテスクにも思えた」といい、物語のイメージが断片的に生まれた。その後、9カ月間のダブリン留学を経て再び執筆を始めた。「登場人物を理解しないと良い小説は書けない。今回、人物造形には時間をかけました」
 尊敬する作家はアイルランド出身の短編の名手、ウィリアム・トレバー。「物語が勝手に動き出すような、生命力にあふれた短編。私もいつか書けたら」。すでに次作の構想を固め、休日は創作に励んでいる。


 ■U―18賞
 ◆「思い出屋と私」
 浅田紗希(さき)さん(14)=神戸市中央区、中学生

◇乗り越える心表現

 「今まで書いた中で一番の出来という手応えがありました。自分の小説が認められたのがうれしい」と頬を緩める。
 読書好きの両親のもとに生まれ、物心ついたときから本は身近だった。「別の世界へ連れて行ってくれるところが好き。物語にのめりこみすぎて、主人公の口癖が移ることもあります」
 小学2年ごろから見よう見まねで小説を書き始めた。「ふと頭に浮かんでくる場面を文字にするのが楽しくて」。少しずつ書きためたノートは50冊以上に及ぶ。「恥ずかしくて誰にも見せられません」
 受賞作は小学生の「私」が人の心を読む「思い出屋」の主人と出会い、苦い記憶を乗り越えていくファンタジー。巧みな構成とテンポの良い文章で、一歩前に踏み出そうとする「私」の姿を描いた。「つらい思い出も時間がたてば変化する。そんなことを表現できればと思いました」。思いつくまま筆を走らせ、1カ月ほどかけて何度も展開を練り直した。
 近くの図書館によく足を運び、最近は米澤穂信(ほのぶ)さんの推理小説を愛読する。「伏線がすごいし、主人公にも感情移入できる」。学校では美術部に所属し、絵も得意だが、将来の夢はやはり小説家。「いろんなジャンルが書ける作家になりたい」



 ■選評
 ◇読ませた文章力--作家・吉村萬壱さん

 青春賞では私は「ウチのボン」を推したが、受賞作「海をわたる」に比べ確かに新しさに欠けていた。他の候補作は、この2作に大きく及ばなかった。
 U―18賞候補の「そらいろのなまえ」。こういうものは日記に書いて、応募作は小説作品で真っ向勝負してほしかった。「淡い朝食」は、描かれた世界の整合性が弱い。乾いた筆致はよいが、理屈が通り細部がきちんと作り込まれていないと読者は酔えない。受賞作「思い出屋と私」は最も破綻がなく、いやな記憶を克服するという一種の成長譚(たん)たりえていた。すっと読ませる文章力は大したもので、終わり方もよかった。

 ◇無駄なく場面展開--作家・堂垣園江さん
 青春賞は例年になく多彩な色彩を放った。当選作を推した。外国を舞台にする難しさの中で、場面展開を計算し、無駄なく過去と現在を構築させている点において成功している。競り合った「ウチのボン」は当選作とは対照的に弟と自分のなんとなくの不安や悩みが方言でつづられ、自然な共感を呼んだが、この手の作品は多く、作者ならではの「何か」が弱かった。
 U―18賞はすんなり決まった。中学2年生という作者の年齢にも驚かされたが、身近なファンタジーとして読ませる筆力がある。全体として、どの作品にも背伸びの傾向が目立った。素直な言葉で描いてほしい。

 ◇楽しみな13歳--関西大教授・柏木治さん
 青春賞は「海をわたる」と「ウチのボン」で票を争った。まったく味わいの異なる両作品だが、喚起される色彩イメージ、場面設定の巧みさなど、小説の組み立てや技法的な点で受賞作に新鮮味があると評価された。一方「ウチのボン」は、不登校で引きこもる弟との精神的距離を、姉の視点から全編方言によって巧みに描いており、確かな語りの力を感じさせた。ただ、展開にやや単線的すぎる感がある。
 U―18賞では、文章・構成ともに受賞作が他を圧倒していて、選考でも異論はなかった。13歳(応募当時)が書いたとはとても思えない作品で、将来を期待させる。


◇青春賞最終候補作◇
「海をわたる」中野美月
「引き出し」中山文花
「井の中の蛙」渡辺和
「ウチのボン」大西由益

◇U―18賞最終候補作◇
「淡い朝食」高橋真結
「そらいろのなまえ」宵宮美月
「思い出屋と私」浅田紗希
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 ■織田作之助賞
◆「ジニのパズル」 崔実(チェシル)さん(31)


  ■選評
 ◇在日客観的視線で--文芸評論家・田中和生さん

 津原作品と崔実作品の、2作を推したいと思って選考会に臨んだ。津原作品は、引きこもりとインターネットという現代的な素材を取り上げ、奇想天外な話に辿(たど)りついている。ありえない設定を、ありそうな話に感じさせる文章の力を評価したかったが、十分な支持が得られなかった。崔実作品は、近年の日本文学で描かれたことのない、在日韓国人の少女が日本で遭遇する冒険を描き、鮮烈だった。日本語しか語れない語り手が、客観的な視線で在日の世界を語っているところに、文学史的な必然性と強い説得力を感じた。受賞を喜びたい。

 ◇稀有な緊張感満ちて--作家・高村薫さん
 ある種のコツさえ身に付ければ、巧(うま)い小説を書くのはそれほど難しいことではない。けれども優れた小説がもつ輝きは、書き手の意図や小手先の技術を超えて奇跡のように立ち上がってくるものだ。それゆえ書き手にできるのは、言葉を紡ぐ意思と情熱をひたすら強く持ち続けることだけなのだが、崔実氏の「ジニのパズル」は書くことに懸けた思いの強さでまずは抜きんでていた。そして何より、在日韓国人の身体感覚や世界観が母語としての日本語と出会った稀有(けう)な緊張感が全編に漲(みなぎ)っている。本作が非凡な小説になっている所以(ゆえん)である。

 ◇"自分探し"結実--元関西大学長・河田悌一さん
 人はいかに生きるべきか。ある時期、人は誰しも"自分探しの旅"をする。私は50年前、文化大革命が勃発した中国各地を旅して、自らの生きる道を決めたのだった。在日3世として日本に生まれた崔実氏は、東京、ハワイ、オレゴンを旅し、その地の学校に在籍した経験をもとに、力作を書き上げた。それは重く、ある意味で大変な人生を、考え確認する"自分探しの旅"の結実といえるだろう。京都に生まれ育ち、在日の友人を多くもつ私は、受賞者の崔実氏が次々に問題作を上梓(じょうし)する作家として、大きくはばたいてほしい、と願っている。心から。

 ◇日本語新しい広がり--文芸評論家・湯川豊さん
 織田作之助賞は新鮮この上ない受賞作を得ることができた。「ジニのパズル」(崔実氏)は、新しい世代の在日韓国人が語る、ジニ自身の物語である。彼女の日本語は、母語ではあっても韓国人特有の意味や色合いをおびている。すなわち、日本語で語ること自体に、取り囲む世界との緊張がある。それは、日本語が新しい広がりと深さをもつことでもあった。ジニという高校生の語りは、そのような新しい世界を見させてくれて、感服した。他に「よこまち余話」(木内昇氏)に心がひかれたが、作品の構造にもう一つ納得できないものがあった。

 ◇切実さと溢れる詩情--作家・辻原登さん
 「ジニのパズル」の出現は、2016年の文学界における事件の一つといっても過言ではない。鮮烈な青春小説である。テーマの切実性は柔軟な文章によって支えられ、朝鮮半島から日本列島、ハワイ、アメリカ大陸へと展開するパク・ジニの時空の旅は、奇跡と呼んでいいほどの魅惑にみちている。エピソードの数々は、胸にしみる詩情に溢(あふ)れている。パルコのゲームセンターの暴力シーンの残酷さを救うのは、それを包囲する「二羽のスズメ」や「ガミーベアー」のエピソード、ホームレスの老人が動かすチェスの駒の響きなどだ。文句なしの受賞である。

◇織田作之助賞最終候補作◇
木内昇「よこまち余話」(中央公論新社)
桜木紫乃「裸の華」(集英社)
崔実「ジニのパズル」(講談社)
津原泰水「ヒッキーヒッキーシェイク」(幻冬舎)
綿矢りさ「手のひらの京」(新潮社)

 (2017年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)


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