第26回織田作之助賞 紙面から

【紙面から】大賞と青春賞決まる

 第26回織田作之助賞(大阪文学振興会、関西大学、毎日新聞社主催)の受賞作品が9日、発表された。大阪生まれの作家、織田作之助(1913~47)を顕彰するために設けられ、大賞と青春賞が選ばれた。

 関西にかかわる散文の文学、評論などの単行本を対象にした大賞は、ノンフィクション作家、中丸美繪(よしえ)さん(54)=東京都杉並区=の評伝「オーケストラ、それは我なり 朝比奈隆 四つの試練」(文芸春秋)に決まった。中丸さんは、オペラ歌手、中丸三千繪(みちえ)さんの姉。

 24歳以下の若手を対象に短編小説を全国公募した青春賞には、フリーター、島谷明(本名・中谷亨=あきら)さん(24)=福岡市=の「マニシェの林檎(りんご)」、佳作に、フリーター、木田肇(はじめ)さん(24)=京都市=の「換気扇」が選ばれた。授賞式は2月23日、大阪市中央区の綿業会館で。

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中丸美繪さん
 ★ひと 中丸美繪(なかまる・よしえ)さん(54)=第26回織田作之助賞大賞のノンフィクション作家

 半世紀にわたり大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮者として君臨し、日本を代表する指揮者となった朝比奈隆の生涯を描いた評伝「オーケストラ、それは我なり 朝比奈隆 四つの試練」(文芸春秋)で受賞した。

 朝比奈と初めて対面したのは93年。小澤征爾さんの師としても知られる斎藤秀雄の評伝「嬉遊曲(きゆうきょく)、鳴りやまず」(新潮社)の取材だった。ワンマン、カリスマなどといわれ評価の分かれる人物だったが、「どの音楽家や役者とも違う圧倒されるようなエネルギーを感じ、いつかこの人を書こうと決めました」。幅広い話題、冗舌で熱のこもった語り口......。ステージ上の孤高の指揮者像とは違う表情に取材者魂が刺激された。

 98年から本人へのインタビューやリハーサル見学を繰り返した。01年、朝比奈は演奏会の2カ月後に死去。「オッサン(朝比奈の呼び名)が生きてるうちには話せない」と言っていた大フィル関係者にも手を広げ、計80人以上に及ぶ粘り強い取材から、崇高なまでの音楽への追求心と、後人をけ落としてでも自らの地位を確固たるものにしようという俗っぽさを併せ持った人物像を浮かび上がらせた。

 現在新たな人物の評伝を執筆中。「人物を夢中で追い求めると、運命としか思えない偶然の重なりから、資料が集まったり人と人とがつながったりする。矛盾をはらんだ人物の真実の姿に近づいていきたい」<文・手塚さや香、写真・塩入正夫>

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 ■人物略歴
 茨城県生まれ。国際線客室乗務員を経て結婚後フリーライターに。オペラ歌手の中丸三千繪さんは妹。

 (2010年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)