第26回織田作之助賞 紙面特集

【紙面特集】新春、きらめく筆致

 大阪が生んだ作家、織田作之助(1913~47)を顕彰する第26回織田作之助賞(大阪文学振興会、関西大学、毎日新聞社主催)の受賞作が決定した。受賞者へのインタビュー、選考委員による授賞理由を紹介する。(24面参照)  最終選考会は昨年12月、大阪市北区梅田3の毎日新聞大阪本社で開かれた。大賞の選考委員は、今回から新たに高樹のぶ子さん(作家)が加わった。小説、ノンフィクションなど多彩な著作の中から議論の末、受賞作を選んだ。青春賞の最終選考には6編が残り、青春賞1作、佳作1作を選んだ。【手塚さや香】

インタビューに答える中丸美繪さん=塩入正夫撮影
 ★大賞 中丸美繪さん――80人取材、人物像描く

 中丸美繪(よしえ)さんは、航空会社の国際線客室乗務員を経て結婚後、フリーライターに。

 関東での生活が長いが実は関西とも縁は深い。執筆を始めたのも織田作之助賞の創設に尽くした作家、故小島輝正に師事したのがきっかけ。「関西で暮らすことがなかったら今の自分はない。受賞にも縁を感じます」

 受賞作は、焦土になった大阪で大阪フィルハーモニー交響楽団の母体となる楽団を創設し、54年間大フィルの指揮者として君臨した朝比奈隆の生涯を描いた評伝だ。初めて対面したのは93年。それまで何百人もの音楽家や役者にインタビューを重ねていた。しかし、「一番強いオーラを放っていたのが朝比奈さんと坂東玉三郎さん。圧倒されるようなエネルギーを前にしてこの人を書きたいと思いました」。

 朝比奈は世界的な指揮者として活躍し、多くのファンを獲得した。一方で、「ええかっこしい」とも言われる強い個性ゆえに毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばする人物。

 関係者や親族など約80人に取材し、人物像を多面的に浮かび上がらせた。「矛盾をはらみ人間臭さを持った真実の姿を伝えたい」

 ■選評

 ◇ブレぬ人生、真正面から――作家、高樹のぶ子さん
 幾つかの関西の文学作品を読ませていただいて、朝比奈隆という優れた指揮者の人生を描いた「オーケストラ、それは我なり」が受賞作となったことに安堵(あんど)した。朝比奈は日本のクラシック界に君臨した大きな才能である。生きる姿勢を正しく保ち、ブレることなく生涯を全うした。その人生を活字で検証し定着させる意味はあると思う。
 ブレることはなかったけれど、時代に翻弄(ほんろう)された。一人の人生を描くには、時代とのかかわりが見えなくてはならないが、その時代を生きた人間との交流が面白い。三島由紀夫、司馬遼太郎、遠藤周作ら、興味を持って読んだ。関西文化に貢献した人物を、真正面から描いた秀作である。

 ◇上品に詳細に、跡づけた評伝――関西大学前学長、河田悌一さん
 かつて関西で、朝比奈隆の名前を知らぬ者はなかった。音楽学校(大学)の卒業生ではない、京大法科出身の指揮者、型破りの文化人として。
 中丸美繪さんの「オーケストラ、それは我なり」は、その朝比奈の上質の評伝だ。
 本書は、これまで不確かだった彼の出生の秘密、また戦前の上海、旧満州(現中国東北部)時代、そして2001年の死にいたる93年の生涯を、感情移入を避けながら、きわめて上品な筆致で詳細に跡づけている。
 だが京都に生まれ大阪で仕事する、いわゆる関西人の私は、いささか抑制しすぎでは、との印象を抱いた。
 織田作之助賞大賞に、小説でなく評論・評伝がふさわしいか否か。評価は分かれるが、今回は評伝に決定した。来年は、小説家諸氏の力作に期待したい。

 ◇朝比奈隆像、隈なく堪能――作家、辻原登さん
 受賞作は朝比奈隆の生涯を描いた評伝一作となった。作品の結構はオーソドックスで、奇を衒(てら)った運びや表現はない。その分、読者はじっくり、周到な取材から生まれる「朝比奈隆」という稀有(けう)なキャラクターを隈(くま)なく味わうことができる。こういう篤実な仕事が顕彰されるのは喜ばしい。
 しかし、織田作之助賞という文学賞の受賞作、しかも単独受賞作として両手を挙げて賛成かというとそうでもない。少し寂しい。二〇〇九年は、とりわけ関西出身の若手・中堅作家が充実した仕事をした年であっただけに。残念だが、巡り合わせが悪かったのか。二〇一〇年に期待したい。
 織田作之助という早逝の天才戯作者と、九十三歳まで喝采(かっさい)を浴び続けて逝ったカリスマ指揮者を対比してみると、この授賞にも妙味はある。

 ◇豊壌な音楽世界、形成解き明かす――国際日本文化研究センター名誉教授、芳賀徹さん
 朝比奈隆は大阪が育て、大阪の音楽を育てた偉大な指揮者だった。彼の指揮の下にベートーヴェンを、ブラームスやブルックナーを演奏した音楽家たち、またそれを聴いた人々は、国の内外を問わず、みな彼の音楽人としてのフルトヴェングラーにも似たカリスマ性を語っている。中丸美繪さんの評伝は、朝比奈の秘密に満ちた出生から93歳での現役のままでの死にいたるまでをつぶさに追って、その「独特の時間感覚」をもった豊壌な音楽世界の形成を解き明かした。朝比奈は音楽学校出ではなく、旧制の古典的教養を身につけ、戦前戦中の苦難と冒険を経てきた人。だからこそ「彼の人間性や歩んできた道が(指揮者としての)説得力を」もったとの某氏の証言は貴重だ。織田作賞の幅を広げる秀作評伝。

 ◇壮烈な生涯、精細な表現――歌人、河野裕子さん
 朝比奈隆は、93歳にして最後の指揮棒を振って亡くなった。壮烈な生涯というほかない。本書は小説ではなく評伝である。八十余人に会って、朝比奈隆その人について聞き書きしながら書かれたこの評伝は、実に精細をきわめる。
 正規の音楽教育を受けなかった朝比奈は、京大音楽部の指揮者だったユダヤ系ロシア人のメッテルに師事することになる。彼の人生は「一日でも長く生きて一回でも多く指揮をせよ」という師の言葉をそのままに生きたものであったといえよう。生前の朝比奈には毀誉褒貶さまざまな評価があったというが、生身の朝比奈をかたるには、調査が精緻(せいち)すぎて人物造型の深みと奥行きに欠けるうらみなしとしないところが惜しい。それはとにかく、これだけの誠意と情熱をもって、この膨大な評伝をかきあげた著者に心からお祝いを申し上げる。

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島谷明さん
 ◆青春賞 島谷明さん(24)(本名・中谷亨)――「好物」林檎、モチーフに

 「ミステリーっぽいマンガを読んでいてふと思いついた」という受賞作は、密室で執拗(しつよう)に林檎(りんご)を描き続ける主人公の描写が狂気すら感じさせる力作。

 「自分を表現することが苦手なので、思いを代弁させるために小説を書き始めた」と語る。20歳を過ぎてからこれまでに10作ほど執筆。新人賞などに応募してきたが、受賞は初めてのことで青春賞決定の知らせに「驚きました」。

 作品中、重要なモチーフの「林檎」は、毎朝食べるほど好きな果物で、実際に自分でスケッチをしてみながら、その感覚を反映させた。「読む人が頭の中に場面を描けるような物語を書いていきたい」



木田肇さん
 ◇佳作 木田肇さん(24)――リアルな女性心理

 作家志望。大学時代から小説を書き始め、短編長編合わせて30作近く書き上げようやく届いた朗報だ。

 20代の女性の心理や友人とのやりとりにリアリティーを感じさせる。1年前に同世代の女性を描き手応えを感じて以来、女性を主人公にしている。「展開は完全な創作ですが、細部は実体験に近いところから持ってくることが多い。この主人公ならギリギリこんなことならしそうだなあ、と思われるリアルな感じを出したい」と語る。「読んだ人それぞれが違うテーマを読み取ってくれるような作品に魅力を感じます」

 ■選評

 ◇執着を執拗に書いた点好感――作家、玄月さん
 6作のうち3作はすぐに決まった。この3作をどうするかで議論になり、最終的に3人で丸をつけあい、2作に絞られた。こうなると、あとはさほど難しくない。青春賞という性格上、実験的であったり挑戦的であったほうがいい。「マニシェの林檎」は、設定はまずいが、林檎を描くことへの執着を執拗に書いたところが買えた。「換気扇」はよくできているが、まとまりすぎていた。

 ◇隠喩盛った「部屋」小説――作家、堂垣園江さん
 閉鎖された空間が生の核であり、死を招き寄せる場所として作品世界を描く作家にアデライダ・ガルシア=モラレスがいる。悪、命、性、幻想、成長、死は「部屋」という閉鎖空間に凝縮され、物語を集めてゆく。それはおそらく「心」という部屋なのだろう。受賞作もアデライダ同様、「部屋」小説だ。「パブロフの犬」を暗示する隠喩(いんゆ)世界も、悪くない。ただ、ドキンとさせる鋭さがなかった。ありがち、という言葉が浮かんだ。受賞は総合的な評価による。

 ◇肉体形づくる見事な筆運び――作家、澤井繁男さん
 今回は6編の候補作のうち、3作が競い合うだろうと思って選考会に臨んだ。やはりそうなって、私は「マニシェの林檎」に惹(ひ)かれた。「アトポス」もよかったが、「マニシェの林檎」の、林檎に寄せる作者の執着の強さ。それに赤色が血液などの生理的な面にまで筆が及び、林檎をひとつの肉体のように仕立てていく筆は見事というしかない。ただ、文頭の「思えば......理解していた」が、文末にも同様に出てくる。最近の流行作家のまねだという声も聞かれたが、そういうことはないと信じたい。繰り返しも無にさせるくらい、作品に力がこもっているからである。

◇青春賞・最終候補作◇
・橋元くるみ「東からの風は西に馴染む」
・榊原なお「幻蛍幻夜」
・上野峻太「夜と土と思い出と」
・木田肇「換気扇」
・島谷明「マニシェの林檎」
・湊宗一郎「アトポス」

 (2010年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)