◇意識調査、多様に分析--徳島・津田中

生徒らは夏休みに6班に分かれてテーマごとに意識調査をし、地域、年代、世代、関心の有無、災害時要援護者の有無などを加味して比較した。テーマは水害、避難時の意識、津波、今年2月のチリ地震に伴う津波から学ぶこと、災害時要援護者への対応、家具転倒防止の六つだ。
チリ地震津波に関しての意識調査では、70代以上で「(津波発生当時)近所の人が声を掛けてくれれば避難していた」と答えた人が目立ったといい、日ごろから地域でコミュニケーションを取ることの大切さが分かったという。

会場では、非常食にもなるとして2年生が果物で作る「防災ジャム」を参加者に配った。ラベルには「津田の安全は私たちが守ります」と書かれている。
津田中では今年度、3年生30人と2年生35人が防災講座を受講。3年生は防災意識調査のほか、家具転倒防止の呼び掛けに取り組み、2年生は地元の幼稚園・小学校での出前授業をした。3年の里谷佳紀君(15)は「助け合うことの大切さを学べた。来年も夏休みや長期の休みに、津田中の防災活動に参加したい」と話した。
◇心構え説く戦隊ヒーロー--岩手・釜石東中

「てんでんこ」とは、津波の際にてんでんばらばらに逃げて命を守らないといけないという、過去に繰り返し大津波の被害を受けた三陸地方の言い伝えだ。DVDでは、赤、黄、緑のレンジャーが、高いところを目指してひたすら逃げる▽津波がいつ来てもいいように準備をする▽避難場所や待ち合わせ場所を普段から家族で話し合っておく――と主人公の生徒に伝え、生徒が「てんでんこ」の言い伝えを受け継いでいくことを決意する。
今年度は、市内の小中学校や幼稚園などにDVDを配ったほか、11月には市内で開かれたチリ地震津波50周年の津波防災シンポジウムで登場、参加者に拍手で迎えられた。鈴木禅さん(2年)は「地震の時は自分の命は自分で守らないといけない、ということを伝えたい」と話している。

◇被災校舎継承--長崎・大野木場小
小学生の部で奨励賞の受賞が決まった長崎県南島原市立大野木場小(吉田英則校長)は、91年9月15日の雲仙・普賢岳火砕流で、校舎が焼失する被害に遭った。毎年、この日を「メモリアルデー」とし、災害についての学習を発表したり、体験者の講話を聞くなどして継承している。
旧校舎は当時のまま保存され、建物の基礎がむき出しになった内部やガラスが割れ、曲がった窓枠など、20年近くたった今も、訪れる人に火砕流のすさまじさを伝える。
児童らは毎年春、旧校舎を訪れる。今年4月には吉田校長が、親せきが犠牲になったことなど自身の被災体験について話し、校庭で生き続けるイチョウの木にちなんでできた第2校歌「生きていたんだね」も合唱した。5~6月には全学年が旧校舎の草取りをするなど、災害の記憶を伝える存在を忘れず、大切にしている。
◇児童らに紙芝居--和歌山・新翔高

将来の東南海・南海地震での被害が想定される和歌山県南部。県立新翔高(七滝高至校長)=新宮市=では今年度、3年生の防災デザイン選択生10人が防災紙芝居を制作、地域の小学校や保育所などでの上演を重ねた。「園児や児童に地震の危険性を知って意識を高めてほしい」との思いからだ。
主人公が帰宅途中に地震が起き、熊野の神々の使いとされる八咫烏(やたがらす)3羽の案内で家に帰るというストーリー。「遠回りでも広い道を通った方が安全」など、避難途中の注意事項や地震の怖さを伝える内容だ。
今月13日には市立三輪崎小で、1年生35人に上演。八咫烏のぬいぐるみも登場し、児童らは楽しみながら防災について学んだ。福本綾菜さん(3年)は「自分たちも地震について知らなかったことがたくさん分かり、いい勉強になった」と話していた。

◇地滑り災害取材--長野・中条小
長野市立中条小学校は、地域の身近な災害として、地滑り防災の学習に取り組んだ。
5年生15人は、地滑りの怖さや仕組みを学ぶため、専門家からの聞き取り、砂防ダムや災害現場の見学、水路工の生物調査を行うなど、実際に見聞きして知識を深めた。さらに学んだことを新聞にまとめ、防災意識を高めた。
傍島彩貴さん(11)は「地滑りの前触れは音で分かることを知りました。私の祖父は耳が遠いので心配です。家族にも地滑りの怖さや防災の大切さを伝えます」と話した。
11月には、日本地すべり学会中部支部シンポジウムで、研究者らを前に学習成果を発表した。支部長の土屋智・静岡大教授は「自然と共生する大切さを訴える素晴らしい発表でした」と講評した。
◇「まず自分の命守って」 津波体験の校長、生徒に訴え--宮城・歌津中
宮城県南三陸町の町立歌津中は、何度も津波被害を受けた三陸沿岸地域にある。今春着任した阿部友昭校長(58)は50年前の1960年5月24日、チリ地震津波の被害に遭った。41人が犠牲になった旧志津川町(現南三陸町)で、海のそばの集落に住む小学2年生だった。約100軒の家はほとんど流され、自宅も柱だけに。今年5月24日の防災訓練を前に、1年生47人に当時の話や津波に対する心構えを話した。

避難所では、被害を受けなかった山側の集落の人たちが、おにぎりや一升瓶に入れた水を届けてくれた。「自分の命が守れたら、自分でできることを考え、行動に移すことが大事だ」
阿部校長は「『防災訓練だから学校に集まりなさい』という訓練は一番危険」と警鐘を鳴らす。学校がある地区外から通い、海岸沿いの道路を通らなければ学校に来ることができない生徒も多いからだ。そのため5月24日は、全校生徒が地区ごとに避難、安否確認をする訓練を行った。阿部校長は「一番大切なのは自分の命。自分の命を守るためにどう行動したらいいのか考え、学んでほしい」と力を込めた。
(2010年12月28日毎日新聞大阪朝刊)




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