#地球塾2050

 ウェブ版「#地球塾2050」の1回目は、竹村さんについて紹介します。

第1回 文化人類学者 竹村眞一(京都芸術大学教授)

米国の科学者が描いた未来

 地球温暖化が人類の未来に影を落とし、核大国のロシアが戦争を仕掛ける21世紀。国連が2030年の達成を目指すSDGsの先には、どんな世界が開けているのでしょうか。竹村さんに「こんな時代だからこそ、ワクワクするような未来を語ってほしい」と依頼すると、「宇宙船地球号」の概念を提唱した米国の科学者、バックミンスター・フラー(1895~1983年)の話をしてくれました。

 広大な宇宙の中で、ちっぽけな地球は一つの宇宙船であることを示したのがフラーです。81年に著した「クリティカル・パス」(邦訳・白揚社)では、世界各国の送電網をネットワーク化すれば、最も効率的なエネルギーマネジメントができると指摘しました。要約すると次の通りです。

 自転する地球では昼と夜が交互に訪れます。寝静まった夜の米国で使われずに余った電力を、電力需要の高まる昼のソ連に融通すれば、設備や資源を効率的に使えるはずです。そうすれば、世界のエネルギー系統は統一され、資源の奪い合いは緩和されていく。

石器時代はなぜ終わった?

 竹村さんはその現代的意義を次のように解説してくれました。

 「核戦争の危機が叫ばれていた東西冷戦時代に、宇宙からの視座で地球のマネジメントの必要性を訴えていたのがフラーです。太陽から降り注ぐエネルギーは人類が必要とするエネルギーの約1万倍と言われます。欧州では冷戦終結後の90年代から、ロシア産の天然ガスへの依存を減らすため、太陽由来の再生可能エネルギーの導入に力を入れてきました。その過程でロシアによるウクライナ侵攻があり、欧州は二の足を踏んでいますが、化石燃料から脱却する速度は加速し、ロシアの脅しがきかない時代がやってきます」

 そして、サウジアラビアのヤマニ元石油相(1930~2021年)が残した有名な言葉「石器時代は、石がなくなったから終わったのではない」を引用してこう続けました。

 「中東諸国は、石油の枯渇を待たずに石油が売れなくなるポスト石油時代を見据えています。世界で最も安価な太陽光エネルギーは、砂漠にソーラーパネルを設置した中東でつくられています。フラーが提案した地球規模の送電網のネットワーク化も、今や超電導送電などの技術革新で夢物語ではなくなりつつあります。私たちの世代が実現していく。資源の奪い合いから解放される、人類史上初の時代を私たちは生きているのです」

デジタル地球儀の開発者

 「宇宙船地球号」に触発された竹村さんは05年、コンピューター機能を備えたデジタル地球儀「触れる地球」を開発しました。世界初の試みだということです。18年には小型化した後継機「Sphere(スフィア)」をリリースし、教育現場などでの普及を目指しています。

 この地球儀は世界各地のライブカメラとつながっています。今、地球のどこで朝を迎え、夕焼けがどこに訪れているのか――。スイス・アルプス山脈のマッターホルンや南極大陸のペンギン、世界の主要都市など約500カ所の映像をリアルタイムで届けてくれます。温暖化や大気汚染など地球が抱える諸問題が今後どのように進むかのシミュレーションも地球儀に映し出します。

 文化人類学といえば、未開社会をはじめ世界各地をフィールドワークする学問ですが、なぜ、IT(情報技術)を実装した地球儀を開発したのでしょうか。

 「私が学者の卵としてフィールドワークを始めた80年代後半から90年代にかけて、森林破壊や温暖化などの地球環境問題が顕在化しました。ITが発達し、世界が一つの感覚神経系となってつながっていくグローバルな時代に、森の中や砂漠でささやかに暮らしている人を調べるだけでは、文化人類学者としての責務を果たせないと思いました。一方、地理や歴史、地球環境問題の教育で子どもたちはいまだに織田信長の時代にできた二次元のメルカトル地図を使っています。これは16世紀の大航海時代に誕生した地図です。現代の『宇宙船地球号』が抱える問題をITで可視化し、ドラえもんの『どこでもドア』のように世界とつながる地図が必要だと思いました」

提唱する「ピースウエポン」とは

 そして、文化人類学の射程を企業活動にも向けてきました。温暖化など「地球の体調の変化」に関わる主要なアクターは、企業などのプライベートセクターであるとの認識からです。コロナ禍で休止していますが、06年から東京・丸の内で、企業人や研究者らを招いて私塾「地球大学」を主宰してきました。11年の東日本大震災後は、国連本部で「触れる地球」を使って地殻変動や気象災害などの講演をしたり、「国連防災白書」デジタル版の企画アドバイザーを務めたりしてきました。

 21世紀は世界で水資源の争奪が繰り広げられるとも言われていますが、日本のトイレメーカーが商品化した「無水・無電源トイレ」や、ベンチャー企業が開発した超節水型の水循環システムなどを「ピースウエポン」と命名し、「武器産業ではなくピースウエポン、世界を平和にするためのパワーを持ったものを産業に」と訴えています。

 竹村さんは「日本で災害時に役立つだけではありません。干ばつなどで水資源が不足する世界各地で今後大きな需要がある」と話します。

 そして、深刻な事態に直面しても、イノベーションで乗り越えてきたのが人類の歴史であり、私たちはポジティブな未来の途上にいるのだと強調しています。


 

 竹村さんの略暦

 たけむら・しんいち 1959年、大阪府生まれ。東京大大学院博士課程修了。NPO「Earth Literacy Program」代表。東京都環境審議会委員を務める。今春から毎日新聞教育事業室が開講する「#地球塾2050」のコーディネーターとして、地球の未来をデザインする企業と教育現場をつなぐ。著書に「地球の目線」(PHP新書)など。
 次回は、宇宙太陽光発電といった「環境負荷ゼロ技術」などの開発を進めるNTT宇宙環境エネルギー研究所の取り組みを紹介します。

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