#地球塾2050

第4回 株式会社LIFULL

 今回の「#地球塾2050」のゲストは、不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」を運営するLIFULL(https://lifull.com/)の井上高志社長(53)です。東京都千代田区の同社で開かれた「地球塾」でこう切り出しました。「この会社をつくった時、僕はパソコン1台と現金5万円でスタートしました。苦労しながら(株式市場に)上場しました。僕がやりたいことは、『世界平和と人類の幸福』です」。

 今回集まったのは、同社の徒歩圏内にある千代田区立麴町中学校の生徒20人です。壮大すぎる目標と感じたのでしょうか。ぽかんとした表情を浮かべる生徒もいます。井上さんはこう続けました。「僕は32歳の時から、目標は『世界平和』と言っていますが、反応は冷ややかです。『えーっ、そんなのできるわけないじゃん』と。でも、『やる』と言い続け、実行しています」。東証プライムに上場しているLIFULLは、どんな歩みを進めてきたのでしょうか。

「#地球塾2050」で中学生たちに語りかける井上高志さん

 井上さんは1995年、「自分が日本の不動産業界を根底から変革する」と意気込んで創業したそうです。青山学院大学を卒業し、マンション販売などを手がけるリクルートコスモス(当時)に入社したのは、4年前の91年。この業界に入ると、顧客をだましたり、言いくるめたりして物件を買わせる人がいました。住宅は人生で最も高い買い物ですが、物件に関する不都合な情報を売り手が独占し、買い手は十分には持っていません。そんな「情報の非対称」を解消しようと、インターネットで不動産・住宅情報を公開する日本初のサイトを作りました。それが現在の「LIFULL HOME’S」です。

 そして、業界の常識を次々と覆してきました。例えば、2020年には洪水ハザードマップを表示する機能を備え、住まい探しの段階でリスクを知ることができるようにしています。「そんな情報を伝えたら家が売れない」とクレームがあっても「大切な人に隠したまま売りますか」と井上さん。「ACTION FOR ALL」と名付けた取り組みでは、高齢者、シングルマザー、LGBTQなどの性的少数者、外国人らを受け入れる物件を明示し、住宅弱者を支えています。その先に描く未来が、冒頭で紹介した「世界平和」につながります。地球塾で生徒たちにこう語りかけました。

 「住宅も含めて、生活に必要なコストが極限までゼロに近い『限界(追加)費用ゼロ社会』を実現させたい。イノベーションによって、電気、ガス、水道がなくても暮らすことができ、住む場所や時間、お金から人類を解放したい。究極的には世界から貧困と戦争をなくし、世界平和を実現させたい」

井上さんの話に聴き入る生徒たち

 この目標に至るには、いくつかの段階を踏んできたといいます。大学時代はシーズンスポーツサークルに所属しながらアルバイトという「ちゃらんぽらんな生活」を送っていたそうです。そんなある日、交際していた女性に「ニューヨークに行って、ニュースキャスターになる修業をする。だからお別れして」と言われ、自分には何の目標もないことに気付いたとのこと。就職活動で有望なベンチャー企業に落とされると、自分の過去には何も達成したものがないと実感したそうです。そこで91年にリクルートコスモスに入社する際、「5年以内に独立する」との目標を掲げました。

 ここでのマンション販売を通じて若い夫婦と出会ったのが、その後の人生に大きな影響を与えたといいます。自社の扱う物件とマッチングがうまく行かず、井上さんは他社物件を探し回って希望にかなった提案をしました。もちろん、そんなことをしても1円にもならず、上司にはおこられました。でも、手土産を持ってきた夫婦が「すてきな物件にめぐり合えた」と満面の笑みを浮かべて感謝してくれました。「頭のてっぺんからつま先まで幸せな気分になり、この笑顔こそ仕事のやりがいだ」と井上さんは確信しました。

井上さんの経験談に笑みを浮かべる生徒たち

 95年に独立すると、独学でホームページ制作を学びました。前身の株式会社ネクストを設立した97年、広さ約7畳の事務所を叔父が無償で貸してくれました。叔父はゼロから商社をつくった人物ですが、創業時は資金繰りに苦労し、井上さんの両親に助けてもらったことがあるといいます。叔父はこう言いました。「賃料をいずれ返そうなんて考えなくていい。でも、もし余裕ができたら、他の人を同じように助けてほしい」。そして、井上さんも「善意のバトン」のリレーに参加するようになったのです。

 創業時から変わらぬ社是は「利他主義」です。経営が軌道に乗ってきた32歳の時、利他主義を最大化させて「世界平和と人類の幸福」の実現を人生の目標にします。「変なやつと思われても、偽善者と言われてもいい」と井上さん。世界で暮らす全ての人々に向けて「一人ひとりのLIFE(人生と暮らし)を、安心と喜びでFULL(満たす)にする」。17年に社名をLIFULLに変更しました。

 限られた富を奪い合って戦争や紛争が起きるのならば、平和を実現するには「水、食料、住まい、働く、医療、エネルギー、通信の制約を受けない状態にし、貧困をなくすことが大事」と考えます。

 そして、①「心」(人間の幸福)とは何かを学問的に解き明かす②資本主義をバージョンアップして「社会システム」を変革する③「テクノロジー」で限界費用ゼロ社会を実現する――。「心」「社会システム」「テクノロジー」の三つをかけ算して最大化することにより、世界から奪い合いの状態をなくそうというのです。確かに、世界のどこに住んでいても、水やエネルギー、住まいなどの制約がなくなれば、「世界平和」は実現するかもしれません。地球塾の生徒たちも、ウンウンとうなずきながら聞いています。井上さんは、「世界平和」が夢物語ではないことを示すさまざまな取り組みも紹介してくれました。

オフグリッド・リビングラボ八ケ岳の外観=LIFULL提供

 例えば、LIFULLが今年、山梨県北杜市で行った実証実験「オフグリッド・リビングラボ八ケ岳」(https://lifull.com/news/22932/)です。子会社の「LIFULL ArchiTech」が開発し、数時間で完成する「インスタントハウス」をここに5棟建てました。太陽光発電と蓄電池、水を浄化する小型淡水化装置などを備えており、送電線や水道管などの既存インフラからオフグリッド(解放)された住空間が特徴です。実証実験で浮き彫りになった課題を整理し、来年上期の供用開始を目指しています。

 もう一つの事例を紹介します。井上さんは、栃木県那須地域の開発拠点ナスコンバレー(8平方㌔、東京ドーム170個分)を運営する一般社団法人ナスコンバレー協議会(https://nasucon.jp/ )の代表理事でもあります。約35社が加盟しています。私有地のため、無人走行やドローンを使った実験などで制約が少なく、業界の枠を超えてイノベーションを目指しています。ここで井上さんは、空気中の水分を集めて飲み水をつくる技術や、生活用水を繰り返し使う水循環システム、太陽光パネルや小型風力発電などをパッケージにした自動運転の実証実験を計画しています。燃料などを必要としないキャンピングカーのようなものが誕生すれば、お金をかけずにどこでも暮らせる社会が実現しそうです。

 でもそれは、不動産取引を中心とした社業を否定することにつながらないでしょうか。記者がそう聞くと、井上さんは「社会がいい方向に変革していけば、それでいい。地球が存続し、人がウエルビーイング(幸せ)になる社会構造をつくることに注力していきたい」と話しました。

 75歳になる22年後を「世界平和(第一次)」の目標時期と定め、「貧困層の40億人が自立できる社会」の実現を目指しているそうです。100歳になる47年後に「世界平和(第二次)」を達成し、国家間の紛争がない社会をつくるのが最終目標です。「1人では無理ですが、同じ志を持った仲間たちと実現します」。

理想とする世界について語る井上さん

 井上さんは地球塾をこう結びました。

 「学校のテストには正解があるけど、何が正解なのか分からないのが、この世の中です。だから、自分のつくりたい未来を正解にすればいい。未来は予測するのではなく、自分でつくるもの。そのための勉強って楽しいし、皆さんの中からリーダーになる人が出てくると、うれしいな」

井上さんの話を聞いて、感想を書き込む生徒たち

 「世界平和」を語る井上さんの話に、生徒たちも熱くなっていました。杉山晴瑠汰さん(1年)は「世界のために頑張れるのがすごいと思った。特に、水をつくる技術がすごい。将来、こういう活動に積極的にかかわりたい」と話していました。塚﨑彩瑛さん(3年)は「場所にとらわれずに、どこでも働くことができ、暮らすこともできる取り組みがおもしろいと思った。目標を明確に設定すれば、実行できると信じることができました。世界平和は最初、大きい問題だなと思ったけど、身近に感じられた。いつか、戦争のない世の中になると思いました」。三原彩音さん(1年)は「社長さんは小さなことからコツコツ続けている。小さい規模から大きな規模へと広げていけば、未来を変えていけると思った。私も社長さんのように、何かを進めていきたいな、と思いました」。

【文・沢田石洋史、撮影・松田嘉徳】

LIFULL
1995年、現社長の井上高志氏が26歳で創業。97年にネット不動産ベンチャーとして前身の株式会社ネクスト設立。2006年に東証マザーズ、10年に東証1部上場。17年に社名をLIFULLに変更。22年4月から東証プライムに移行。「社会課題解決型企業」を掲げる。現在は世界63カ国で事業展開。従業員数約1500人。21年9月期の連結売上高は約358億円。井上氏の著書に「CHANGE THE WORLD」(2019年)など。

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