#地球塾2050

第6回 ウェザーニューズ

 花粉の飛散、桜の開花、梅雨明け、ホタルの出現、紅葉の見ごろ、降雪といった各種予想、アイスクリームとかき氷の需要と気温の関係や傘の置き忘れの調査——。気象と関わる身近な話題を提供してくれる民間の気象情報会社「ウェザーニューズ」(千葉市)の名前は既に多くの人に知られています。

 しかし、この会社の実像は、人命を守るために気象情報を提供する世界最大規模の民間気象会社であり、常識を打ち破るイノベーションの創出者です。12月14日開催の地球塾では、芝浦工業大学柏中学高等学校(千葉県柏市増尾)の中高生24人がウェザーニューズ本社を訪ね、気象予報の最前線の仕事に触れました。

 
衛星データの映像を説明する西祐一郎テクニカルディレクター(後方)と生徒たち

 気象情報を提供する相手は、世界約50カ国・地域にある約2600社の法人が中心です。マーケットは、船、飛行機、鉄道、道路、流通、農業、電力、スポーツなど45市場に上ります。24時間365日、必要な気象情報と気象リスクへの対策を届けています。従業員は1120人。業務内容を含め、民間の気象会社では世界最大規模です。「多くの分野を集約するほど、コストダウンも図れるし、予報の精度もアップします」とテクニカルディレクターの西祐一郎さんは説明します。

大雨や大雪の発生メカニズムを説明する森田清輝・気象予報士
 
天気予報の最前線の仕事の話を真剣な表情で聞く生徒たち

 気象情報は経済と直結しています。世界の外航船舶の半数近い約9800隻に対して、低気圧を避けて安全でコストの安い最適な航海計画を提供する▽道路管理者に除雪作業のタイミングの情報を提供する▽コンビニやスーパーの発注をサポートする▽電力の需要を予測する——。気象条件に合った最適な選択へと導きながら、人の命を守ると同時に、ビジネスを支える存在なのです。

 
「防災と減災」の話をした石橋知博・専務執行役員(左端)

「船乗りの命を守りたい」。創業者の石橋博良さんは商社で船舶業務に就いていた1970年、手配した貨物船が気象の急変によって沈没、乗組員15人が亡くなる海難事故に直面しました。「本当に役立つ気象情報があれば、この事故は防げたかもしれない」と思い、気象の世界に進み、86年にウェザーニューズを設立しました。「いざというときに人の役に立ちたい」という思いは、石橋さんが2010年に亡くなった後も受け継がれています。  

ディスカッションする生徒たち

 創業から37年の間に気象技術やサービスは大きく進化しました。ウェザーニューズは13年に初の超小型衛星の開発と打ち上げに成功。全世界の衛星からも多様で膨大な量の衛星画像と観測データが日々届けられ、蓄積されています。人工知能(AI)による学習と解析、気象予報士の経験値を反映させた分析、気象の予測と評価・検証を繰り返していく中で天気予報の精度は上がっています。

 
AIを活用した気象予測の話をした西祐一郎テクニカルディレクター(左から2人目)に質問する生徒たち

 そして、ウェザーニューズの予報の最大の特徴は「みんなで作る天気予報」のプラットフォームを創出したことです。全国の「ウェザーリポーター」によってスマートフォンで送られてくる空や雲の写真や天気の体感を報告する「感測」データが、天気予報の精度向上に大きく貢献しています。1日に届く天気報告は18万通、うち2万通は画像データです。これらもAIが解析し、観測データと合わせて予報に役立てられています。

 
楽しそうに聴講する生徒たち

 一般の人々の感測をベースにした「参加型の気象予報」は当初、専門家の間では非常識と受け止められていました。しかし、スマホの普及も手伝って、予測の難しい局地的なゲリラ豪雨も、地点によって差が大きい桜の開花も高い精度で予測ができるようになりました。

 
天気予報について森田清輝・気象予報士(右から2人目)に質問する生徒たち

 また、プラットフォームが災害時など特別な時だけに使用する仕組みだと、いざというときに使い方が分からず、結局は使われない可能性が高くなります。  石橋知博・専務執行役員は「日々の何でもないリポートの継続が、価値のある情報となって生かされていきます。こういったリポートを習慣化することで、災害時のいざという時にも情報が集まり、分析して減災のための役立つ情報になります」と強調します。ウェザーニューズは人々とつながり、独自の観測ネットワークを基に天気予報を作っているのです。コミュニケーションしながら一緒に天気予報を作り、同時に災害に強い社会を作っています。

 
笑顔でディスカッションする生徒たち

 中学3年の山本悠人さんは「一般の人の『感測』データを使って天気予報の精度を上げていることにびっくりしたし、ものすごい魅力を感じました。AIの活用が進んでいる中で、こうした人間にしかできないことを取り入れていくことも大事だと思いました」と話しました。

 高校1年の近藤悠衣さんは「気象予報の第一線で働く人の話が聞けて面白かったです。すごく楽しかったし、将来の自分の仕事について考える幅が広がりました」と声を弾ませました。

 
生徒からの質問に答える(右から)森田清輝・気象予報士、石橋知博・専務執行役員、西祐一郎テクニカルディレクター

 同1年の井坂洸介さんは「人が力を合わせて、たくさんの人を助けるということに関心を持ちました。将来の道の参考にしたいです」と感想を述べました。

 ウェザーニューズのベテラン気象予報士、森田清輝さんは「知識も観測したデータもどんどん変化します。皆さんは自分で考え、更に知識を発展させていってください」と語りかけました。

【文と写真・大谷麻由美】

コーディネーターの視点

竹村眞一(京都芸術大学教授)

 ここ数年の猛暑や水害の多発、異常気象の常態化で、「気候変動」という言葉も身近に感じられるようになった。特に昨年(2022年)はヨーロッパや中国も未曾有の干ばつに見舞われ、テムズ川や揚子江のような大河までが涸れて水力発電や農業に深刻な影響が出た。世界最大の気象予報会社であるウェザーニューズ社は、こうした異常気象に柔軟に適応しうるレジリエント(強靭)な社会づくりに向けて、かねてから「ユーザー参加型」の気象予報、AIによる洪水予測、北極などグローバルな環境変動の観測などを進めてきたフロンティア企業だ。

 特にケータイを持つ市民からの投稿をジグソーパズルのように集めて、気象衛星やレーダーだけでは的確に予測しえない局所的なゲリラ豪雨を90%以上の確率で予防減災した実績は、「天気予報の民主化革命」とも言うべき画期的な出来事だった。ただ本講座に参加する中高生諸君には、ケータイやAIを駆使した技術的な最前線以上に、この企業とそれを担う人々の「熱」を感じてもらいたいと思った。

 講座の冒頭でも紹介されたように、ウェザーニューズ社の発端は爆弾低気圧による船の沈没事故という悲劇的なエピソードから始まっている。創業者の故・石橋博良氏はこれを受けて二度と「気象災害で人が死なない社会」の実現を社のミッションに掲げ、その遺志は今回の講師である3名のリーダーをはじめ全社員に見事に引き継がれている。

 この企業が提供する気象予測の精度が、陸海空の交通網の安全運行や農作物の出来など、私たちの社会の根底を支える。人の「いのち」を預かる社会情報インフラ産業の仕事の重みを、参加者の皆さんは十分受け止めてもらえたようだ。

 「変動する地球との創造的共生」が不可欠の課題となる次世代にとって、気象/気候リテラシーの育成がますます重要となる。ウェザーニューズ社のDNAが広く社会全体に広がってゆくことを願う。

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