#地球塾2050

第7回 H2CIくにうみアジア(カナダ)

 地球温暖化の影響で、異常気象が頻発しています。気候変動は水不足、食糧危機を招き、人間は限られた資源を巡って奪い合いを続けています。

 「生きていくための争いは止められます。人間だけじゃなく、あらゆる生命が住める地球にするためのテクノロジーがあります」。こう語るのは、再生可能エネルギーの企画・運営・管理を手がける「くにうみアセットマネジメント」の山﨑養世代表です。カナダのジャンクロード・テシエ博士(応用科学)の量子力学を応用した高効率水素製造装置を軸に、テシエ博士と合弁会社「H2CIくにうみアジア」(カナダ)を設立し、社会課題の解決に取り組もうとしています。

 
山﨑養世さん(右)とテシエ博士=東京都港区で2023年2月10日

 「#地球塾2050」の講義で山﨑さんの話を聞いたのは、芝浦工業大学柏中学校の生徒29人。水(H₂O)の電気分解でできた水素原子(H)と酸素原子(O)を使って、エネルギーや食料、人間の健康の問題を解決できる道筋を示すと聞いても、にわかには理解できない様子です。

講義を聴く生徒たち

 脱炭素を実現するために、水素の活用はカギとなります。従来の技術では、水素を生産するには大量の電気が必要であり、コストも高いため、水素による二酸化炭素(CO₂)削減は実現が難しかったのです。しかし、テシエ博士の水素製造装置「ナノバイオ・エレクトライザー」で水を水素と酸素に電気分解すると、通常の水の電気分解に比べて、48分の1の少ない電力しか使わずに水素と酸素に分解できます。燃料電池で再び水素と酸素を結合させると、水と共に従来の約20倍の電力を作ることができます。

 
テシエ博士が行った水素製造装置のデモンストレーション動画より=東京都港区で2023年2月10日

 生徒たちは、テシエ博士の装置を使ったデモンストレーションの動画を、山﨑さんの説明を聞きながら見ました。

 一升瓶の化粧箱サイズのボックスが水素製造装置「ナノバイオ・エレクトライザー」。箱のガラス窓から泡立つ水が見えます。両サイドの機械から電磁パルスを与え、箱の中で電気を使って水を水素と酸素に分解しています。箱から細い2本のホースが燃料電池につながっています。送り込まれた水素と酸素を再度結合させ、作り出された電気でプロペラをくるくると回しています。結合で発生した水蒸気は箱に戻り、水から電気へのサイクルを繰り返します。操作はスマートフォンで行います。見た目も操作もシンプル極まりないです。

 
水の電気分解について説明する山﨑さん

 「水から水素と酸素、水素と酸素から水って、ずっと循環し続けている。それで電気分解で使った電力の何十倍のエネルギーが生まれるなんてすごい」「水の量は変化するのかな?」。生徒たちから感嘆の声と疑問がわいてきます。

 
ディスカッションする生徒たち

 発電した電気はためておくことはできないですが、水素は取り出しておけば、貯蔵したり、液化して輸送したりできるので、災害時を含めいつでもエネルギ-として活用できます。水素はいわば「エネルギーの通貨」の役割を担うことができるのです。テシエ博士は水素を圧縮して貯蔵する純粋な炭素で製造するタンクも作っています。これを使えば、安価で大量に、そして化石燃料を使わず取り出された「グリーン水素」を、世界中に運搬することも可能です。

 

 これらのテシエ博士の技術は、元々ある宇宙の原理を応用したものであって、世界初の新技術ですが、発明ではないということです。量子力学の考え方を導入した水の電気分解による水素の作り方を説明します。

 
来日したテシエ博士(左から2人目)と懇談する(右から)山﨑さんと竹村教授=東京都港区で2023年2月10日

 水(H₂O)は二つの水素(H)と酸素(O)が結合してできています。原子は、原子核の周りを電子が回って運動し続けています。水素と酸素の原子はお互いの電子を共有する形で結合していますが、電子の軌道も常に変動しています。水素の電子が原子核から遠い軌道に移り、水素と酸素の原子の間の距離が離れるように適切な「共鳴周波数」の電磁パルスを与えると、通常の水の電気分解に比べて極めて少ない電力で水素と酸素の結合を分解できるというのです。

 水素は、自動車や飛行機、船を動かすエネルギーに使えるほか、食品の長期保存、人間や動物の抗酸化、植物の光合成の効率化にも使えます。廃棄物すら資源化することが可能です。

 
(左から)山﨑さん、テシエ博士、竹村教授=東京都港区で2023年2月10日

 「エネルギー、食料、水が行き渡れば、人類社会は安定すると言われています。このテクノロジーによって取り出された水素を使えば、安定した社会に近づけることができます」と山﨑さんは力を込めます。

 地球塾コーディネーターで文化人類学者の竹村眞一教授(京都芸術大学)は「原子という超ミクロなレベルのイノベーションが、マクロな社会課題を解決するのです。子どもたちにとっては今、チャンスです。理科系の知識や技術が人類の課題の解決につながる。新たな世界の扉を開くことができます」と語りました。

 

 山﨑さんは生徒たちにこんな話をしてくれました。

 
生徒たちに話をする山﨑さん

 私は10歳くらいの頃、祖父から戦争の話を聞きました。その時に「日本も世界も、人間はまた戦争をする」と思いました。

 戦争というのは奪い合うこと。自分が生きていくために必要なものを奪う。自分だけのものにしたい、自分で確保したいと奪う。しかし、地球上にあるものは限られている。結局は奪い合いになるのです。

 20世紀は石油を巡る戦争でした。21世紀になっても戦争はなくなっていない。石油、食べ物、水を巡って奪い合いの戦いは起きています。

 ならば、争わなくても人間が生きていけるようにすればいい。皆が生きていけるように争いを止める。地球を良いものにして、人間だけじゃなく、あらゆる生命が住める地球にすればいい。我々も生き残る。そんな世界を作るのは自分だと思いました。

 欧州も米国も現在は二酸化炭素の排出量は減少傾向に入っています。一方、経済成長の途上にあるアジアの排出量は増加しています。「地球温暖化によって人類は滅亡の危機に近づいているという認識を持って、アジア、その中でも日本が先頭に立って排出量削減に力を注いでいくことが大事です。戦争なんてやっている場合ではないのです」と山﨑さんは生徒たちに語りかけます。テシエ博士とタッグを組んで社会課題の解決に取り組もうとしているのは、このためです。

 
いろいろな疑問について考える生徒たち

 「水素の活用が広まれば、地球上で人類が100億人になっても、水も食料も環境も分け与えることができます。その時の社会システムは今とは異なるものであるのは間違いないです。もっと平等で、分散化していて、総合的なネットワークになります。化石燃料を巡って戦争をするような時代は終わり、次の新しい世界が作られるのです。奪い合いと争いのない世界、平等な新しい社会を作るのは皆さんの世代です」

 
生徒たちの質問に答える山﨑さん(中央)

 山﨑さんの呼びかけに、生徒は目を輝かせた。

 長田宗親さん(3年)は「私たちが飲んでいる水が生活に使える電気に変わる。エネルギーや地球温暖化の課題を解決できるなんてすごいと思いました」と感想を述べた。

 
講義の感想を述べる生徒たち

 有賀司さん(同)は「カナダで余っているという水力発電でグリーン水素を大量に作り、二酸化炭素を使って作った炭素のタンクで他国に運べる。すごい魅力的」と声を弾ませた。

 
講義の感想を述べる生徒たち

 「元々あった自然の摂理の理解を深め、気づいたことで技術が生まれたなんて、すごいです」「地球温暖化の対策ができるのなら、自分も関わってみたい」と、生徒たちの興味は膨らんでいきました。【大谷麻由美】

◆ジャンクロード・テシエ氏
1954年、カナダ生まれ。再生可能エネルギーの企画・運営・管理を手がける「くにうみアセットマネジメント」の山﨑養世代表との合弁企業「H2CIくにうみアジア」(カナダ)の共同代表を務め、自身が生み出した水素製造の革新的技術の事業化を進めている。カナダ・ケベック州のラバル大学大学院で博士号(応用科学)取得。世界最大級のカナダの水力発電企業「ハイドロ・ケベック」社の環境技術チームマネジャーを14年間務めた。

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