ホーム> イベント> 顕彰> あなたの「浅見光彦」が事件の謎を解く!未完小説『孤道』を完結させてください。

内田康夫「孤道」完結プロジェクト

名探偵・浅見光彦の宿命

山前 譲(推理小説研究家/「孤道」完結プロジェクト選考員)

 多くの女性が熱い眼差しを向ける名探偵・浅見光彦の初登場は、1982年刊の『後鳥羽伝説殺人事件』である。その発行月日、すなわち2月10日が彼の誕生日だ。つづく『平家伝説殺人事件』のラストでは、稲田佐和との結婚が暗示されていた。だが、永遠の三十三歳はいまだ独身である(例外としてあの作品があるけれど)。それは人気シリーズ・キャラクターとしての宿命だろう。

 長身で魅力的な瞳の名探偵はじつに爽やかで、そして女性に優しい。これまでいったい何人のヒロインが胸をときめかせてきたことか。もっとも、ずっと独身でいるのは、本業であるルポライターの原稿料が安いのにもかかわらず、高級車である愛車ソアラのローンに追われているせいだという声も……。

 だいたい、初登場以来ずっと、浅見光彦は東京都北区西ヶ原の実家に住んでいる。ちゃんと幾ばくかのお金を兄嫁の和子に渡しているにもかかわらず、浅見家で「居候」扱いされている次男坊の哀しい境遇も、女性の心をきっとくすぐるのだろう。母の雪江、警察庁刑事局長である兄・陽一郎の一家、そしてお手伝いの吉田須美子という浅見家の日常もまた、じつに楽しいのだ。

 その浅見光彦の登場する作品は、デビューから35年で114冊にもなっている。読者層は幅広く、まさに老若男女である。親子で、いや3代にわたってという愛読者も珍しくない。

 シリーズの最大の特徴は旅情だ。すでに日本全国、47都道府県にその足跡を残している。風光明媚な日本は海外からの観光客が急増中だが、名探偵の謎解きとともに各地を訪れるとまだまだ新しい発見がある。

 『華の下にて』の京都や『長崎殺人事件』の長崎など、人気観光地にそそられる人は多いだろう。その一方、読者自身に馴染みの土地が舞台となっていれば、嬉しいものである。個人的には、出身地であるだけに、北海道が舞台となっている作品はとりわけ印象深い。

 『札幌殺人事件』は大学生活をおくった札幌が舞台だったが、下宿の近くにあってよく遊びに行った、北海道大学の植物園で死体が発見される展開に、ずいぶんと驚いたものである。また、『小樽殺人事件』で浅見光彦が訪れている小樽の街並みや名物料理も、じつに懐かしい。

 じつは、オホーツク海沿岸のもっと田舎に、内田先生をご案内したことがある。けれど、浅見光彦はまだ訪れていない。ちょっと残念である。イクラにカニと、名物の海の幸をたっぷり堪能していただいたのだが……。

 浅見はラーメンや蕎麦が好きで、悪食だと言いながらも、けっこう地元の美味を堪能しているのは羨ましいけれど、そこに絡んでくるのが歴史だ。その土地土地に過去があり、現在がある。人々の営みがある。そんなことがあったのかと、我々は名探偵の鋭い視線から、日本を再認識してきた。

 その浅見光彦の最新の事件簿として、『孤道』が「毎日新聞」で連載開始されたのは2014年12月である。舞台は世界遺産に登録されている熊野古道だ。観光名所となっている石像の首が斬られた事件が発端だった。かつて『熊野古道殺人事件』(1991)でもここを舞台にしている。それは浅見光彦にとって、忘れがたい事件のトップ5には入るだろう。浅見光彦の事件簿の執筆者である軽井沢のセンセこと推理作家・内田康夫と一緒の探偵行で、衝撃的な出来事が起こっているからだ。

 そんな思い出の地を、またもや軽井沢のセンセの甘言(?)につられて浅見光彦が訪れている。その推理の旅は、考古学的な謎も絡み、現代と過去が交錯した、これぞ浅見光彦シリーズという壮大な展開を見せる。一方、殺人事件も起こって不可解さは募るばかりだ。さすがの名探偵も迷宮に足を踏み入れてしまったのか? いったい真相への道はどこに? けれど、謎解きへの期待が高まるなか、残念ながら中絶してしまうのだった。

 そこで立ち上がったのが完結編を公募する〈『孤道』完結プロジェクト〉だ。ミステリーの趣向のひとつに「読者への挑戦状」がある。謎解きのデータがすべて揃ったところで、作者から、「真相が分かるかな」と挑戦(挑発?)されるのだ。この趣向がもっとも有名なのは、『ローマ帽子の謎』に始まるエラリー・クイーンの国名シリーズだが、フェアプレイに徹したミステリーならではの趣向である。『孤道』はもちろん最初からそれを意図してはいなかったけれど、このプロジェクトは、作者が仕掛けたじつに大胆な、そして前代未聞の「読者への挑戦状」ではないだろうか。

 作品の発想のきっかけと全体の構想は、『孤道』の単行本巻末の「ここまでお読みくださった方々へ――あとがきに代えて」に語られている。そこでは、〈僕が休筆すると聞いて、浅見光彦は「これで軽井沢のセンセに、あることないことを書かれなくてすむと」と思うでしょう。でも、僕の代わりに、浅見を事件の終息へと導いてください〉ともある。そう、浅見光彦に投げかけられた謎は、どんなことがあっても解かれなければならないのだ。読者は彼に、難事件を見事に解決する鋭い推理を、いつも期待してきたからである。それが浅見光彦の名探偵としての宿命なのだ。

 では、いったいどんな真相が? タイトルはいったい何を意味するのだろう? 犯人は誰? 〈『孤道』完結プロジェクト〉はミステリー界屈指の名探偵に挑戦する豪華な謎解きである。ただ、難しい推理であることは間違いない。はたしてどんな作品が寄せられるのか、選考委員の一人としてじつに楽しみだ。

主催 「孤道」完結プロジェクト 一般財団法人内田康夫財団 講談社 毎日新聞社 毎日新聞出版