認知症110番

物忘れ

≪ケース1≫
 実家の母から、父(78)の物忘れが激しくなったと連絡してきた。「入れ歯を忘れたり、風呂をたきすぎたり、何回も繰り返す。最近は、頭が重いとしきりに訴えるので心配」と言うのです。どうしたらいいでしょう。=東京・女性

≪ケース2≫
 千葉に住む母(81)のことで相談します。物忘れがひどく、通帳や印鑑をどこにしまったか忘れ、始終探し回るのです。ぼけたのではないでしょうか。共稼ぎの息子夫婦と同居していますが、日中は1人。友人と会うことも滅多にありません。=東京・女性

≪ケース3≫
 父(73)は、1年前から物忘れが始まり、ここ3カ月前から30分前のことも思い出せないことが多くなった。朝、ごみを出したことも忘れるのです。車を運転するのですが、時折、「道が分からなくなった」と言います。心配ですが「運転するな」とは言えません。=茨城・女性

【回答】自分の延長線上に"ぼけ"はある

 物忘れは加齢と共に見られる現象ですが単なる物忘れと"ぼけ"の物忘れとは違うのです。記憶障害はぼけの基本的な症状で、高齢者のすべてにみられるといっても過言ではありません。記憶障害は記銘力低下(ひどいもの忘れ)、全体記憶の障害、記憶の逆行性喪失の三つに分けられます。

 記銘力は、新しいことを覚えこむ力のことで、これが低下するとひどい物忘れが生じます。何度も同じ事を繰り返して言います。本人はその度に初めてのつもりで言っているのです。つまり、瞬時に自分の言動を忘れてしまうです。

 全体記憶の障害は、大きな出来事をそっくり忘れてしまうことです。ぼけると、普通では忘れないような大きな出来事さえも忘れてしまうのです。たとえば、食事をしたすぐ後に「ご飯を食べていない」といって、家族を困らせたりします。

 記憶の逆行性喪失は、10年分、20年分の記憶をそっくり忘れてしまうことです。たとえば、自分が子どものころに返っていて、「母が心配しているからもう帰らないと」とか、結婚前に返っていて、名前は、と聞くと旧姓を言ったりします。その人にとっての現在は、最後に残つた記憶の時点が現時点なのです。答えからどの時代にいるかと言うことが分かりますし、対応する際に上手に活用し精神の安定を図ります。

 このように"物忘れ"と一口に言いますが現れ方が違います。ケース1、2、3はいずれも記銘力低下といえるでしよう。自分の言動を瞬時に忘れると誰でも同じことを繰り返すものであることを理解しましょう。

 しかし、そう言っても毎日介護している周囲の人はかなりのストレスを感じておられることだと思います。いままではしっかりしていた親が、突然理解しがたいことを言ったり、簡単にできていたことができなくなったりして家族としては戸惑ってしまいます。

 特に尊敬してきた親であれば、"ぼけた"とは思いたくない気持ちがぼけであることを否定したくなります。そう思いつつも現実には理解しがたい言動が繰り返しされると、この状態がいつまで続くのか不安になります。不安になりながら、注意したり、怒ったり、教えて効果がなくイライラしたりします。どの介護者も同じです。

 やがて、繰り返しているうちに親の不安な表情やおさまらない言動にあきらめに似た感情と「自分もいつかぼけるかもしれない」とあるがままに親を受け入れる気持ちがでてくるようになります。どの介護者もはじめはいやになったり、逃げたくなります。でも、自分の延長線上に"ぼけ"はあるのです。気負わずに気分転換しながらかかわりましよう。

回答者 是枝祥子(これえださちこ)
大妻女子大学教授=介護福祉学