認知症110番

見えないものが見える

 父(76歳)は、脳梗塞の後遺症で介護が必要な母(73歳、要介護度3)と暮らし、長女の私は同じマンションの別の階に住んでいます。母の介護は父が中心になって行い、在宅介護サービスを利用しています。私は、買い物や話し相手をするようにしています。最近、父は介護疲れなのか、なにも存在しないのに「ほら猫がそこにいるから気をつけてね」「子供が3人も遊びに来ているからお菓子を出してね」などと言うのです。「どこにいるの」と聞くと指をさすのですが、その先には何もいません。最初のうちは、何か勘違いをしているのだなと思っていたのですが度重なり、何かおかしいと思います。私のように、毎日顔を合わせていると変化に気づかないのかもしれませんが、時々来る妹は「父の顔に表情がなくなった」といいます。物忘れも目立ってきました。これからのことを考えると不安です。(神奈川県、娘、49歳)

【回答】発言を認めつつ関心そらして

 見えないものが見える、周りにいる人にとっては狐につままれたようでしょうが、本人には見えるのですから、まずは本人の言うことを受け入れる、認める、ということが基本になると思います。否定したり、説明して納得してもらおうと思っても逆に「何を言うか、反対するのか」と気分を悪化させてしまいます。特に痴呆の初期では、自分自身も戸惑いがあるようですので、本人の言っていることを認める、受け入れる、ことを基本姿勢にしましょう。私たちだって、自分が真剣に話しているのに、「何を言っているの、そんなことあるはずないじゃない」などと言われたらその人に対してよい感情は持たないと思います。それと同じです。うそをついて相手を困らせようとしているなどと考えることはできません。本人は、真剣なのです。その真剣さを汲み取りましょう。

 家族からみると、ちぐはぐな行動を認めてしまうと、もっとちぐはぐな行動が増えるのではと不安になるでしょうが、理屈で理解することはできなくなりつつあっても、その場の感情は残りますので、その場その場は、しこりが残らないように心がけると穏やかに過ぎていくことが多いです。穏やかな環境を作ることが安定した生活の基本です。いつでも痴呆性高齢者は本当のことを言っているという姿勢でかかわってください。言っていることを否定すると、本人そのものを否定されたと感じてしまいます。感情はかなり敏感になっていることを心に留めておきましょう。

 そう言うと、本人の言っていることに対して同意を示すことがよいということになりますが、基本はそうです。本人が穏やかになるのであれば、うそも方便だと思います。しかし、いつでもそうかというとそうはいかない場合もあります。不穏状態が増してしまうような場合は関心を他に替えて、気持ちを変えるようにします。違う場面に関心を向けるような話題にして、言っていたことを忘れるように方向を転換します。例えば、「子供が来ているからお菓子を出してね」と言われたら、「喜びそうなお菓子を用意するわね、お父さんと子供のとき遊びに行った○○○で食べた食事おいしかったわね、今でも忘れないわ」と言いながらお茶を勧め、話題を変えていきます。

 見えないものが見えて本人が真剣になっている場面に出合ったら、まず言っていることを認めつつ関心をそらしていくのがよいと思います。できれば、お茶やお菓子をだして、お茶を飲みながら、双方が一息をつきながらゆったりした雰囲気になれるようにして気分をやわらげるようにし、本人の言っていることを認めつつ関心をそらしていきましょう。落ち着くと同時に介護者に対してもよい感情を持つと思います。 介護者がゆとりをもってかかわることが大切ですので、日々の介護で疲れがたまらないように充分な睡眠や気分転換を図るようにし、これから介護量が増していくことを考えて、在宅サービスなどの情報を得て、気軽に活用できるように近くの在宅介護支援センターに相談してみることもよいと思います。  また、何度も見えないものが見えるようであれば、専門の医師に診てもらうことも考えてください。まだ専門医の診断を受けていない場合は痴呆症の専門医に診てもらうことを勧めます。

回答者 是枝祥子(これえださちこ)
大妻女子大学教授=介護福祉学