認知症110番

切れそうになる私

 76歳の父、73歳の母との3人暮らし。父は頑固で自分の意見が正しいと言い張り母もその意見に従って生活をしてきました。5年前からぼけ症状が出て、私が働いているため母が世話をしていましたが、最近は症状が進行し母だけでは無理なのでデイサービスを利用しています。失禁があり、おむつを使っていますが、なるべくトイレでするように心がけています。時間を見計らって「トイレにいったら」「トイレの時間よ」とどうしてもトイレの話が多くなり、「まだいい」「いきたくない」といいながら漏らしてしまいます。他のことでも同様で、休日には世話をしようと思っていても、すぐに言い合いになり、不愉快な気分になります。先日は「何で、お前に世話されなければならないんだ」との言葉に切れそうになりました。母、私、他県に嫁いでいる妹の区別ができていないように思いますが、この先を思うと。(千葉県、長女、45歳)

【回答】まずは自分自身の心の安定を

 せっかくの休みにお世話をしているのに、返ってくる言葉は相反したことが多く、ストレスがたまってしまいますね。ですけれども、お父様の表情はどうでしょうか。言葉は強く否定の言葉であっても、表情は不安そうではありませんか。どうしても言葉の直接的な意味に反応してしまいますが、そのときのお父様の気持ちを考えてみましょう。

 私たちだって、何かをしようと思いながらボーッとしているとき「早くしなさい」と言われたり、子どものころ、そろそろ勉強しようかなと思っているのに「テレビばかり見ていないで勉強しなさい」といわれるとむっとしたと思います。これからやろうかなと行動に移そうと思っているときに、言われると、分かってはいるものの気持ちは穏やかではいられませんよね。それと同様な場面があるのではないでしょうか。介護する側にとって、そばでみていると、次にどうなるかということが予測され、未然に防ぐ行動ができますよね。ですから、そろそろトイレにいけば漏らさないですむ行動を無意識にとっているのですが、お父様はそのことがスムーズにできなくなっているから、あなたが先回りをして、「トイレに行ったら」とやさしく声をかけても、これから行動に移そうと思っているお父様にとっては不快な気持ちになると思います。

 「トイレに行ったら」という前に、一呼吸して、もう一度お父様の表情や動作をみてみましょう。なんとなく動こうとしているのか、それとも何も感じていそうもないのか、よく観察して、その行動を見守ってみましょう。監視の目ではなく、次はどうしたいと思っているのかしら、とお父様の気持ちを理解しようと心がけるとよいと思います。自分と同じ感情のある人間としてかかわることが大切なのではないでしょうか。

 どうしても保護しよう、失敗しないように早め早めに声をかけて快適にしてあげようと思ってしまいますよね。そのほうがお互いに気持ちよく過ごせると思いがちですが、お父様は今の置かれている現実がなかなか理解できないのです。どう行動してよいか分からずもたもたしていると指示的な言葉が突然聞こえ自分の行動を適切に説明できないため、そのもどかしい感情を表す否定的な言葉が返ってきてしまうのだと思います。理屈ではない感情部分はより敏感になっているようですから、不快にならないように見守ることが大切なのです。危険だなと思うときは手や口を出してもその他は「うん、うん、それでいいのよ」と心の中で、お父様を応援する気持ちで接しましょう。

 認知症に対して「否定してはいけない」「あるがままの姿を受け入れましょう」などの基本は、あなたも頭では理解しているのでしょうが、実際の場面ではそうなかなか理論どおりにはいかないことが現実です。当たり前といわれることでも、理論として知っていることと、自分の目の前の日々生活でのお世話とは落差があるのです。それも当然のことです。身内だからこそ、複雑な感情が入り乱れるのだと思います。どうしてもできない部分が目に付くのですが、視点を変えて「まだまだ、これもできるんだな」とできることを探すようにすると、少しは気持ちが落ち着くと思います。

 自分の気持ちが穏やかでないと、できることを見落としてしまいますので、まずは自分自身の心の安定を図るようにしましょう。

 在宅サービスは利用していますか、利用していないようでしたら、近くの居宅介護支援事業所に相談してみましょう。認知症に関する相談を医師にしていますか。今は上手に対応しているのでそれほど困っていないようですが、お父様を専門の医師に受診させ、アドバイスを受けることもよいと思います。

 お父様のぼけ症状に対して家族が穏やかに接し感情を害さないようにしているようなので、比較的安定した日々を過ごせていることと思います。そのことをどうぞ誇りに思ってください。

回答者 是枝祥子(これえださちこ)
大妻女子大学教授=介護福祉学