認知症110番

気になる物忘れ

 半年前に認知症の義母(96歳)を見送りました。現在のように、この病気に関する情報もないまま理不尽な思いをし、ある時はなぜ自分が介護しなければならないのかを思い惑い、それでも目の前の状態を何とかしなければと30年間夢中で過ごしてきました。その間に夫と死別、2人の子どもの結婚、孫の誕生があり、今は穏やかに過ぎる日々です。これから思う存分好きなことをと思うのですが、介護に明け暮れ、友人、近所や親せきとのお付き合いも遠ざかっており、子どもらも他県に住み、話し相手もいない状況です。最近では、自身の物忘れが目立ち不安です。同じ品物を買ったり、おなべを焦がすことが増えています。時々義母のような行動を自分の中に見てはっとしています。このまま、ぼけてしまうのではと悩んでいます。毎日が、なんとなく終わってしまいます。これといった趣味もありません。(茨城県、72歳、女性)

【回答】買い物、旅行…少し外に目を向けてみては

 お疲れ様でした。一口に30年間といいますが、自分の人生の大半を介護で過ごしてこられたのですね。貴重な体験でもあったのですよね。これからは自分の人生をと思ったさなかに、物忘れを感じて不安になっておられるのですね。

  時間に追われているときは、自由な時間があったらどんなにいいかと思うのですが、毎日が自由な時間になると、時間を上手に使えないのですよね。日々の生活では、しなければならないことがたくさんあり、その時間に合わせて動いていたと思います。時間はしなければならないことと関係があり、しなければならない理由が生まれてくるのです。

  たとえば、お母様が7時に朝食をとるとすると、あなたは準備にかかる時間を想定して6時に起きて動き出しますよね。それは時計が6時を指しているのを見て、周りの状況から朝であることを認識し、朝食準備のために起床することを理解し、パジャマを着替えてと判断して行動しているのです。一つ一つの状況に意味があるのです。それらを忙しいなかで瞬時に総合的に行っているのです。いちいちそのようなことは考えないまま、自然に行動しているようにみえます。しかし、些細なことのように思えますが、認識し・理解し・判断しながら、状況に見合った行動をしているのです。言い換えると、自然に行われている行動の裏側には、身体や脳の働き、感情、価値観、役割などが上手に絡み合って、それぞれの機能が活性化されているのです。忙しく動いていたことに、意味があって動いていたことが分かると思います。私たちの身体や精神の働きって、複雑ですがすごいですよね。

  家の中では、同じことが繰り返し行われているので習慣化されて、それほど刺激を受けないで過ごしてしまいますが、外に出ると家の中と違い刺激も多く、認識・理解・判断も活発化されますよね。日々の買い物でも、いつも行くお店ではなく別の店にしたり、同じ店に行くにしても道を変えたりすることで、違った風景が見え、新たな発見ができると思います。そのことが身体面や精神面に良い影響を与え心身の機能の低下を防止すると思われます。

  また、調理などもいかがでしょうか。ついつい一人だと手抜きしてしまいますが、毎日ではなくても、献立を頭の中だけで立てるのではなく紙に書いて、栄養バランスや塩分の量などを考えてみることで健康と脳の活性化につながるのではないでしょうか。日々の生活をぼんやりと過ごすのと、考えながら過ごすのではかなりの差があります。 今までは介護のために時間を作ることができない状況だったようですが、これからは時間はたっぷりあり束縛もされないのですから、ツアー旅行に出かけたり、自治体の広報紙などで募集している講演会やサークルに参加して、友人をつくり、新たな人間関係をたくさん作ってはいかがでしょうか。少し家の中から外に目を向けてみましょう。新たな生活の仕方が創り出せるきっかけを自分で作りましょう。心が動くと自然に体も動くと思います。

  それでも物忘れが気になる場合は、気楽に物忘れ外来や心療内科など受診してはどうでしょうか。自分から生活の仕方を変えることで、毎日が楽しくなると思います。明日もあさっても、そして将来に向けて自分らしく生きていくことができると思います。

回答者 是枝祥子(これえださちこ)
大妻女子大学教授=介護福祉学