認知症110番

老夫婦の会話

 77歳の夫は、物忘れがひどくなって3年が経過しました。夫婦2人暮らしで、会話も行きかわないため、ただテレビの画面と音が流れている毎日です。私の方は、家事や小さな庭の手入れがあり動きまわっていますが、夫はずっとテレビの前にいます。会話は一方的に「ご飯を食べましょう」「お風呂に入って」「トイレに行って」「起きてください」など決まった単語だけで過ごすことが多く、ときには言葉もなく黙って過ごしてしまいます。このままでは物忘れもひどくなってしまうのではと不安です。(香川県、女性、75歳)

【回答】「ゆっくり、短く、簡潔に」伝えて

 最近では、健康な夫婦でも会話は少なくなっているようなことを耳にします。物忘れがひどくなっても、現在は、妻の伝えることは通じているのですね。初めは、単語だけではなく、「お風呂が沸いたからお先にどうぞ」などと言っていたと思います。しかし、そのような言葉では、お風呂がどこにあるのか、風呂に入る準備はどうするのか、お先にといったって、その意味するところはどういう意味なのか、結局、何を伝えようとしているのかがわからなくなってしまいます。単語を言っている瞬間ごとに、その単語の意味を解釈し、単語と単語をつなげて全体として何を言おうとしているのかを理解し行動することは、認知症の人には想像以上に難しいことなのです。

 ですから、ご主人が一番理解しやすい言葉で伝えることが大切なのです。言ったことが理解でき行動できることで、ご主人のプライドが保てるのです。このプライドを傷つけないことが認知症の人にとって何より重要なのです。それは、たぶん長い年月にご夫婦が信頼し合って、家庭を築いてきたから、自然に、その場の状況に応じた言葉になり、その言葉は単語であってもご主人にとっては、理解できる言葉になっているのでしょう。認知症の人へのコミュニケーションの基本は、「ゆっくり」「短く」「簡潔に」です。

 妻としては、言った言葉に、言葉として返ってこないことに会話不足となり寂しさを感じるのでしょうが、行動として行ってほしい会話は、ご主人に伝わっているのですから今まで通りでよいと思います。これは情報の伝達ですが、会話には情緒の交流の面もあります。写真などを見ながら、昔の思い出を話題にすると、その時の思いなどが再現できる機会にもなると思います。また、好きだった映画や音楽、絵画、旅のお土産など話題にすると、昔を懐かしむことで、お互いの関係を確かめ合い、思わぬ効果が得られる場合もあります。

 言葉は、伝えようとしている意味が、ご主人に伝わり、そのことでご主人が自分で行動できることが重要です。短い単語は、わかるように伝えようとする温かさによって、認知が衰えたご主人のこころに快く響くのでしょう。ぬくもりのある短い言葉が夫婦をつないでいるのでしょうね。

回答者 是枝祥子(これえださちこ)
大妻女子大学教授=介護福祉学