認知症110番

認知機能低下で無表情に

 86歳の夫を介護している80歳の妻です。夫は26年前に脳梗塞で倒れ、麻痺は軽かったのですが、徐々に徘徊や暴力があり、どうしてよいか大変でしたが夢中でした。今は食事も介助が必要になり言葉もなく、感情もあるのかないのかわからない状態です。仕事で生き生きしていた頃もあったのに、思い出は遠くなり、面影も薄れていくばかりです。子どもたちが来ても無表情ですが話しかけや動きには目を向けます。目の前の必要な介護だけで、声をかけるのも少なくなっています。(東京都、妻、80歳)

【回答】自信を持って声かけを

 26年間介護をしてこられたのですね、その間、いろいろなことがあり、今があるのですね、言葉では言い尽くせないと思います。だれにでもできることではありません、ここまで介護できたのは、ご夫婦のそれまで築いてきた人生そのものなのでしょうね。お互いが信頼して家庭を作りあげてきたからできているのだと思います。

 ご主人は、脳梗塞で倒れ、身体機能の後遺症は軽く済んだようでしたが、認知機能の低下があったのですね。その頃は、まだ認知症に対する情報も少なく、さぞご苦労されたことでしょう。どうしてよいか途方に暮れたことも多々あったことと思いますが、それを乗り越えてきたのに、言葉も感情も表せない状況になってしまったのですね。いつも一緒にいて、時間になると必要な介護をして滞りなく暮らしていると、当たり前に過ぎて行ってしまうので、その時の表情や雰囲気の変化に気づかないまま、時間だけが通り過ぎているのだと思います。

 日常の暮らしが、平穏で安心した状況であるから気づかないのだと思います。今の気持ちや思いを言葉では言えない状態であっても、人としての感覚や感情は衰えることはありません。言葉で言えない状態だからこそ、感覚や感情はより敏感になっています。ご主人だって、子どもたちが来て話しかけたりすると、言葉は返せなくて無表情のようでも、その場の雰囲気や動きは心地よいから目を向けるのだと思います。認知症だから、何も感じない、分からないということはありません。ただ、言葉で自分の思いを伝えることができないだけです。人の尊厳は認知症であっても変わらないのです。言葉が返ってこないのは、介護している妻にとってむなしさや寂しさで心が折れそうになると思いますが、ご主人は感じているのです。

 無表情のように見える顔も、よくみると変化が感じられるときもあると思います。ご夫婦で築いてきた人生です、若い頃を思い出し、たくさんの思い出を引き出して、ご主人の傍らで話しかけてはいかがでしょうか、言葉は返ってこなくても、穏やかな表情が返ってくると思います。作りあげてきたご夫婦の人生は砂上の楼閣ではありません、確かな人生の歩みです、決して消えることはありません。自信を持って声をかけてください、そのことでさらにご夫婦だけの豊かな人生が積み重ねられると思います。

回答者 是枝祥子(これえださちこ)
大妻女子大名誉教授=介護福祉学