読んでみた

脳科学者の母が、認知症になる

恩蔵絢子著/河出文庫/税込み759円

 著者は意識や感情を専門とする脳科学者。認知症になった母親との日々の生活を描きながら、どうしたら共に楽しく暮せるかを考えている。

 認知症と診断されて2年目のある日。仕事で思わぬ失敗をして家に帰ってきた著者は、母親の顔を見た瞬間にほっとして泣きついてしまった。すると母親は「いじわるなことをする人がいるの?」「絢ちゃんに嫌なことを言うような人がいるの?」と立て続けに質問したうえで、「大丈夫よ」といろいろな話をしてくれた。「認知症になる前によく見た、優しい母」が戻ってきたようで、著者は思いきり甘えたそうだ。

 強調するのは感情のもつ力。認知症が進行し、いろいろできないことが増えてくるとしても、母親の娘への愛情は変わっていない。「母は、私たちに対してたくさんの愛情を変わらずに持っている」ということが行動の端々から分かる。

 母親は食後の洗い物だけは一人で頑張っている。「私がやるから。あなたは座っていていいよ」というのが口癖だ。汚れが残ることもあるが、歌をくちずさんだりして楽しそうな様子。近くで聞いている著者も幸せな気分になる。大切なのは自尊心を保てること。家族のために自分の役割をこなすことが減ってしまった中で、洗い物は貴重な機会なのだ。

 認知症になっても「その人らしさ」は続くというのがこの本の結論だ。