読んでみた

さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から

川畑智著/光文社/1650円(税込み)

 認知症のケアで大事なのはその方の人生に耳を傾けること――。こうした信念を軸に、理学療法士の著者が認知症の人とのさまざまなエピソードをつづった一冊だ。

 角田さんというおばあちゃんは残暑で30度近くあってもカーディガンを脱ごうとしない。健康を気遣う施設のスタッフがどう説得しても耳を貸さない。

 著者が理由を尋ねると、「脱いでなくしたくないからに決まっているじゃない」と想定外の答えが返ってきた。孫が初の給与で買ってくれたという。責任を持って保管し帰る時に必ず返すと約束すると、大切な思い出のつまったカーディガンを預けてくれた。

 仕事で輝いていた自分を忘れたくない

人は多い。鉄道整備士だった葛城さんには幻聴でしょっちゅう踏切の異常音が聞こえる。そのたび点検に出ようとするため、著者と作戦を練った妻は鉄道会社へ電話で調査を依頼したように自作自演。夫に「感謝された」と伝えると、夫は「踏切の音も鳴り止んだ」と得意げに応じた。

 認知症の人に「私もう人間じゃないのよ…」と告げられたことがあるという。みな想像以上に気づき、自分が自分でなくなっていく恐怖に直面している。全編を通じ、本人の不安に寄り添うことの大切さがひしひしと伝わってくる。