読んでみた

沈黙のひと

小池真理子著/1700円+税/文芸春秋

 パーキンソン病の父と、認知症の母を抱える娘の物語と言えば、介護に努力する娘の美談、あるいは福祉行政のネットから漏れた悲惨なお話と思われるかもしれない。しかしこの本は、最晩年の父と娘の間に思いがけず訪れる時間を香り高く描いた吉川英治文学賞受賞作品だ。

 両親の離婚で母子家庭で育った娘は、父を疎遠に感じていた。それなのに難病のため介護付有料老人ホームの人となった父に情愛を抱く。娘はワープロも打てなくなった父のために「文字表」まで考案する。それらの描写がリアルで切ない。

 父の死後、娘は遺品の書簡を持ち帰る。その中には父の秘められた恋も記されていた。手紙を手掛かりに娘が往還する旅は、家族の歴史であり、そのまま昭和の歴史に重なる。

 記憶を縦横に紡いだ味わい深い文学作品。