映画の中の認知症(きひら しげなり)

第2回「アリスのままで」(米国・2015年)

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悲惨さ 強調しないで

 映画は娯楽、それとも芸術?と聞かれれば、「どちらも真」と答えるでしょう。では面白ければ事実より虚構を優先してもいいですか? という問いへの答えは「ノー」。とりわけ認知症を描く作品では表現が正確かどうかは極めて大事な判断材料になります。

 2015年に「アリスのままで」という話題作が日本公開されました。映画の祭典アカデミー賞でジュリアン・ムーアが主演女優賞を獲得したので、ご記憶の方もいらっしゃるでしょう。

 50歳の言語学者アリス(ジュリアン・ムーア)はコロンビア大学の教授。講義中に大事な言葉が出なくなったり、慣れたコースをジョギング中に家に帰る道がわからなくなったりします。不安を抱え病院に行くと、若年性アルツハイマー病と診断されました。研究者として実績を上げ、なおかつ夫婦円満。さらに3人の子供を育て上げ、社会的には申し分のない人生を送っているその最中に突然暗い影が差し込んできます。

 ある日、アリスは記憶が薄れる前に自分でパソコンに残したビデオメッセージを見つけます。まだ判断力のあるうちに自らの尊厳を保とうという思いの込められた重い選択に背中を押されるように、画面の中の自分が語ることを実行しようとします。

 映画の中ではもっともスリリングな場面です。激しい葛藤に苦しんだり、それでも前を見つめようとしたりという揺れる心を表現した彼女の演技は、もうそれだけでも見る価値はあるでしょう。でもお勧めしにくいのです。なぜなら描写に問題があります。病気の進行は10年の歩みが1年で起きたかのようにめまぐるしく突き進んでいきます。しかも悲惨なシーンが続きます。

 オーストラリアの元高級官僚で、若年性認知症と診断され寿命7年と宣告された当時46歳のクリスティーン・ブライデンさんという人がいます。4月に京都で開かれた国際アルツハイマー病協会の国際会議にも参加しました。診断を覆し22年たった今もなお元気に活躍される姿は認知症の人を大いに勇気付けましたが、大事なのは彼女が発信したメッセージです。

 認知症になると何もわからなくなるのではなく、情緒のような感情はなお豊かに持ち続けることができるし、意思を伝えることが徐々に難しくはなっても、病気の進行はゆっくりです。本人にまだやれることはいっぱいあっても、周りの人が過重に手を出してしまい、やろうとする意欲を奪ってしまうこともあります。何もできない人という偏見が一番怖いと講演や著書で発信しています。認知症の本人が語るのですから説得力があります。

 そうだとすれば、人々を感動させたこの作品は、もしかしたら認知症の人や将来なるかもしれない人たちに大きな誤解や偏見を与えたということにならないでしょうか? 監督や脚本家をはじめとする映画製作者たちへお願いしたいことは、映画を盛り上げようとするあまり悲惨さを強調するのではなく、正しい描写で認知症の本人とケアをする人たちを応援する内容を心掛けてほしいということです。幸い、認知症の専門家の中には映画が好きで、また多くの作品で医学監修を依頼されている順天堂大学大学院の新井平伊教授のような方もいます。

 映画の中で認知症の人がジョークで周りの人を笑わせたり、感動して涙を流す場面が普通に出てくる作品を早く見てみたいものです。

映画コラムニスト・紀平重成
毎日新聞記者を経て2010年2月から公益財団法人認知症予防財団事務局長。ウェブの映画コラム「銀幕閑話」は03年2月から長期連載し600回を超えている。

2017年6月

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