コラム「母から学んだ認知症ケア」

ぼけちゃ悪いか

 皆さま、明けましておめでとうございます。どのような新年をお迎えでしょうか。

 2023年は、本当に駆け足で終わってしまったような気がしています。コロナ禍を引きずり、フリーランスの映画監督のような私は、経済的に困窮した年でもありました。

 さて、昨年の12月19日に都立松沢病院で、認知症講座の特別企画として齋藤正彦先生と対談をさせていただきました。<ぼけちゃ悪いか?>という何という刺激的なタイトル!

 これは、とても示唆的なタイトルです。主役は、あくまでも、ぼけゆく人たち。今回の対談は、齋藤先生の書き下ろし「アルツハイマー病になった母がみた世界」(岩波書店)の影響が、色濃くあるかと思います。アルツハイマー病の本人が、書きつづった日記で、それも本人は、出版されることは、全く意識していなかったという点です。だからこそ、1次資料としてとても有意義なのだと思います。1次資料の意味は、アルツハイマー病を体験している先生のお母様が、一人称で書かれたオリジナルの文章ということですね。

 しかも、研究材料というよりは、お母様が、アルツハイマー病で混乱しながらも一生懸命に奮闘されて生き抜こうとする姿に感銘を受けるはずです。ご長男である齋藤先生の<ぼけちゃ悪いか?>は、ある意味では、お母様に対するオマージュであるかと思います。そう、ぼけていく人たちには、何ら問題はないということです。この10年間、このことを何万回も言ったり、書いたりしてきました。

 では、何が問題なのか。<ぼけちゃ悪いか?>とぼけていく人たちの周囲にいる私たち家族や、介護関係者、そして医療者たちこそが問題なのです。認知症という色眼鏡で認知症の人たちを画一的に見ていないか。認知症以前の父や母に戻そうと間違った努力をしていないか。組織的な集団の中で個性を無視したルーティン介護をしていないか。投薬と認知症のテストやMRI(磁気共鳴画像)という一般化された検診で病状を判断していないか。

 これらは、パーソン・センタード・ケアの対極にあり、認知症になっても十人十色という視点からは、程遠いアプローチだと言わざるを得ません。だから、介護は、いつまでたっても難しくて、大変なのです。ある意味、私たちは、この10年間、ほとんど変わって来ていないことに驚嘆すらしてしまいます。だから、この<ぼけちゃ悪いか?>は、ぼけていく人たちから私たちへの大きな問いの投げかけではないでしょうか。

 私は、時が来たら<ぼけちゃ悪いか?>と堂々とぼけていって欲しいと思っていますし、そうなった時に社会に大きな受け入れ皿があり、認知症ケアのプロのアプローチがあり、今の介護保険とは違う介護保険形態で支えていく。(この話は長くなりますので、また別の機会に)

 それにしても、この国は、真剣にプロの認知症ケアをする人材育成のためにお金を出す日が、来るのか・・・ここは、これからまだまだ頑張らないといけないなと思っています。

2023年12月