高齢者の交通事故と認知症について

根本的解決は認知症の人を減らすこと

 最近、高齢者の交通事故が問題になっています。予定を変更し、今回は認知症との関係について議論したいと思います。図の通り、認知症有病率は年齢とともに増加しますが、顕著になるのは70歳代後半からです。その後、90歳近くになると半分近い人たちが発症することが分かります。

 認知症の症状には「空間認知障害」と呼ばれる症状もあります。「自分が存在する場所が分からなくなる」症状です。徘徊の原因にもなります。自動車を運転する方が「感情をコントロールできず」、「判断力が低下し」、「空間認知障害に陥った」状態はとても危険な状態です。先日、東京・池袋で母子2名が死亡する痛ましい交通事故がありましたが、加害者は87歳の高齢者でした。

 毎秋の認知症学会理事会で必ず話題に上るのが、「認知症患者と自動車運転免許証」の問題です。警察庁は臨床医に「患者を認知症と診断した場合は警察に届けること」を義務づけています。しかし、これを怠っても罰則がない上に、正直に警察に届けると「あの病院に通うと運転免許が取り上げられる」という噂が広まり、患者さんが来院しなくなる傾向にあります。指示通り通報すると、病院が損をする構図があるわけです。

 また、私の出身地である宮崎県などは、過疎化のため公共交通機関が十分に整備されていない地域が沢山あります。そういう所では、たとえ認知障害があっても、自分または家族の運転に依存せざるをえません。一部の地域で実践されている効果的な対策は、運転免許証を返納した高齢者にタクシー料金等を補助するものです。高齢者が安心して免許証を返納できるシステムの構築が必要です。

 「自動運転」の実用化には、もうしばらく時間を要すると思います。むしろ、危険を察知して緊急に自動車を止める「自動ブレーキ」の導入を早急に行うべきだと思います。車が「人を認識して」自動的にブレーキが作動するシステムなら、池袋での死亡事故は防ぐことができたかも知れません。制度上は、75歳以上の高齢者が運転する場合は自動ブレーキ装着車の運転を義務づけること、これに対して国または自治体が補助をすることが望ましいと思います。

 スバル社は自動ブレーキの導入で対人事故を約50%減少させたと宣伝していますが、私に言わせれば「たった50%」です。おそらく車の速度や加速度が一定以上であると間に合わない場合や、逆に感度がよすぎると頻繁にブレーキが効いて追突事故を誘発するリスクが上昇するからでしょう。「自動ブレーキの作動で発生した追突事故の責任は誰が取るのか?」という問題も生じます。いずれは、車の後方を認識して総合的に判断するシステムの構築が必要になると思います。さらに、車が運転者の運転技術や癖を学習して応用する機能は有効だと思います。

 さて、運転能力と認知能力が完全に一致するものではないことも分かっています。運転能力を検査する方法の改善も求められます。警察で行われる高齢者に対する認知テストはかなり杜撰なようです。しばしば、隣の部屋にいる人の声が聞こえる状況で、被験者は気が散って低めの点数が出る傾向があると、ある高名な認知症専門医から聞いたことがあります。

 ただし、これらは根本的解決ではありません。根本的解決とは、認知症患者の数を減少させることです。だからこそ、私たちは「アルツハイマー病の発症前診断と予防的治療」を提案し、その研究に心血を注いでいるわけです。

 ところで、「運転者の高齢化は交通事故の増加と相関しない」という誤った統計が一人歩きしているのは困ったものです。グラフの横軸は運転者の年齢で縦軸は年間あたりの事故数を示すものがよく使われます。このグラフでは、高齢化に伴って事故数が増えているように見えません。当たり前です。高齢化に伴って、運転時間が減少するからです。縦軸は「単位運転時間あたりの事故数」でなければ意味がありません。

2019年6月