フレイルとは何か?

 昨年、東京で開催された日本認知症学会で聞き慣れないタイトルのシンポジウムがありました。「認知症とサルコペニア・フレイル」というものでした。基礎研究の世界ではあまり議論されないもので、臨床研究において急に注目が高まっているようです。

 サルコペニアとは、簡単に言えば、筋肉の量が低下することです。例えば、大腿筋が減少すれば、歩く力が衰えます。

 フレイルは、厚生労働省研究班の報告書では「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像」(公益財団法人長寿科学振興財団)とされていますが、狭義や広義の定義があるようです。

 狭義の定義は、疾患や怪我、栄養不足等によって身体的な機能が低下することだと言ってよいと思います。認知症との関連を検証する上で、定義が厳密な方が、因果関係やメカニズムに関して科学的かつ定量的に議論しやすい、という面があります。

 より広義の定義としては、精神疾患の有無があります。さらに、近年は「社会的フレイル」という概念も提唱されています。これは社会性の程度のことで、たとえば「家族と同居しているか独居しているか」「定期的に訪問する知人がいるか」「何らかの社会的活動に参加しているか」−−等で規定されます。

 この研究分野は今後発展して行くと思われます。また、私自身、このシンポジウムには大いに興味がありました。私事で恐縮ですが、昨年秋に両脚の挫傷と肋骨の骨折を経験し、まさに「身体的フレイル」に陥り、モチベーションの低下を経験したからです。モチベーションが低下すると様々のことが面倒になり、知的活動も低下します。私自身が身をもって「身体的フレイルと認知能力の低下」を経験した次第です。

 国立研究開発法人国立長寿医療センターの西田裕紀子博士による発表では、身体的フレイルの中でも「握力低下」と「歩行速度低下」が認知能力低下と相互に関連しながら進行することが発表されました。また、MRI測定によって、やはり「握力低下」と「歩行速度低下」が、小脳だけでなく、認知能力に関わる大脳各領域の萎縮にも関連することが分かった、とのことです。多数(数千人)の中高年齢者を定期的に測定対象とすることができる国立長寿医療センターならではの研究成果です。

 このような研究成果は、運動(歩くこと等)が認知症の予防になるという一般論ともよく一致します。

 しかし、課題は沢山残されています。「狭義のフレイル」と「認知能力低下」の関係は、あくまで現象論であって、因果関係が樹立されていないこと、および、そのメカニズムが厳密には確定していないことです。私個人が経験したことは、あくまで主観的である上に、サンプルサイズが1ですから、統計的有意差はありません。有意差を見出すためには、臨床研究においては、「時間的にどちらが先であるか?」あるいは「狭義のフレイルを改善すれば認知能力低下も改善するのか?」という問いに対する答えを得る必要があります。また、基礎研究においては、実験科学的検証が必要です。フレイルという概念は臨床医学から生まれたものですから、実験科学的検証はほとんどなされていないと思います。「社会的フレイル」に関しては、より検証が難しいでしょう。

 今回、本稿で「サルコペニア」や「フレイル」を取り上げた理由は、一般の方々はあまり知識がなく、医療関係者から耳にした場合に不安を覚える可能性があるのではないかと思ったからです。現代医学は、日々進歩し、より広く、より深く変化しています。全てのことを把握することは、医療関係者にとっても難しいのが現状だと思います。患者、潜在的患者、その家族も自ら勉強して知識を蓄えて行くことが必要です。

2020年3月