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認知症の母を撮る 映画監督の関口祐加さん「此岸、彼岸」年内に完成予定

 ◇情報交換 ともに学習 介護虐待や介護うつ減少に貢献したい

母と9歳のめい
母と11歳の息子

 映画監督の関口祐加さんは、認知症の母、宏子さん(80)にカメラを向けたドキュメンタリー作品「此岸、彼岸」を制作している。他人には見せたくない母親の姿を描くことにためらいもあったが、介護の様子をオープンにすることが、情報交換を活発にし、介護うつを少なくするなど世の中に役立つのではないかと考えているからだ。

 母の異変に気付いたのは、前作の「THEダイエット!」のプロモーション活動で仕事の拠点にしているオーストラリアからたびたび帰国した09年ごろだ。

 きちょうめんで自分以外は決して台所に立たせなかった母親が、娘に作ってもらうのを黙認し始め、後片付けなども人が変わったようにだらしなくなったからである。決定的だったのは冷蔵庫の中身を見た時。中はごちゃごちゃで、ぎっしり。空のペットボトルまで入っていた。

 さらに驚いたのは同年9月にカメラを回し始めた初日。妹の子供2人と一緒にケーキを買って誕生祝いをしたのに、その夜、カレンダーを見ながら「私の誕生日なのに誰も祝ってくれなかった」とこぼしたことだった。"決定的な映像"が撮れて監督としては手ごたえを感じる一方で、娘としてはつらい事実を目の前に突き付けられたような気持ちだった。

 このままではいけないと、帰国を決意。ところが10歳の息子を連れて帰ることを離婚した元夫が承諾せず、国際条約に従って母子は離れ離れに暮らすことに。そんな犠牲を払っても母の介護と映像を記録することは自分にしかできない務めと思うのである。

 混乱する母を目の前にすると、落ち込むが、こうも考える。

 「母は、もう以前のように躍起になって掃除をする『掃除魔の母』から解放されたのだ。認知症を通して母は、いろいろなモノ、コトをそぎ落とし、何だかスゴイ人間になりつつある。そんな母を、娘であり、監督である私が撮りたい」と意欲をかき立てる。母親の現状を悲観的に見るのではなく、ありのままを受け入れようという姿勢である。

 たとえば、お風呂は2カ月に1度しか入らなくても、「ま、いいか」と黙認する。そんなおおらかな対応がプラスに働いているのだろう。1年ぶりに来日した息子は「おばあちゃん、おもしろくなった」と受け入れる。周りの気配を皮膚感覚で感じているのか、精神状態は落ち着いているという。

 関口監督が心がけているのは、母と会話をすること。それが母の切返しのおもしろさや鋭さ、頭を働かせようという意志を保つことにつながっているのでないかと考えるからだ。

 撮影と並行して昨年4月から自身のブログで動画を公開し始めた。徐々に存在が知られ始め、最近は1カ月に4万件のアクセスがある。そこで生まれる交流は思いがけない効果も生んでいるようだ。

 「交流することで、認知症介護の垣根を低くしているのではないでしょうか? 隠さない、オープンにする、情報を交換する、学習し合う。こういった交流で、介護虐待や、介護うつを少しでも少なくすることに貢献出来ればいいな、と思います。私にとっても、映画を作る以上の活動をすることになり、それは、私という人間を成長させ、そのことが、最終的には、映画にもいい影響を与えているかな、と思います」

 さらに「この新作を創る過程で、いずれ観客になって下さる映画人以外の人からの視点を早い段階で頂けたのは、とても大きかったと思います。とても参考になり、プラスになりました。マイナスかな、と感じたのは、介護問題は、経験している方達の『思入れ』が強い場合も多く、何故か男性に多いですが、『ご自分=正義』となりがちで、そういった反応を頂いた時でしょうか」と冷静に見つめる。

 編集は年内には終わらせ、来年公開の予定だが、待ちきれない人は下記のブログで動画の一部や進行状況などを見ることができる。

見つめる。

http://jisin.yukasekiguchi.com

 せきぐち・ゆか 映画監督。1957年、横浜市生まれ。大学卒業後、オーストラリアへ渡り、89年の第1回監督作品「戦場の女たち」はメルボルン国際映画祭でグランプリを受賞。前作「THEダイエット!」(07年)で自らを被写体に涙ぐましい減量作戦を撮影し、海外で多くの賞を受けた。現在は認知症の母親を主人公にしたドキュメンタリー「此岸、彼岸」を制作中。

2011年6月