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アルツハイマー病 国内10年ぶり新薬

 今年はアルツハイマー病の新薬が国内で相次ぎ発売された。アリセプト以来約10年ぶりの新薬だけに、認知症予防財団にも相談の電話が寄せられるなど関心を集めている。新薬の実力について、認知症介護研究・研修東京センターの須貝佑一副センター長(老年精神医学)は「効果はアリセプト並み。新薬新薬と言うのは騒ぎすぎ」と冷静な対応を求めている。

「効果は従来並み」

認知症介護研究・研修東京センター副センター長 須貝佑一氏

須貝佑一氏

 須貝副センター長は、新薬のレミニール、メマリー、イクセロンパッチとリバスタッチパッチが出そろった時点で、期待する声が大きいことに違和感を覚え、発言する機会をうかがっていたという。  その一つが9月8日、東京都品川区内で開かれたNPO法人敬寿主催の「認知症新薬のメリット・デメリット」と題するセミナー。話は老化と認知症の違いから始まり、認知症の種類、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβの脳内増加の仕組みへと進んだが、今回はセミナーの後半部分、新薬の評価を中心に採録する。

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●アルツハイマー病ワクチン

 今日のテーマ「アルツハイマー病の治療」というのは、アミロイドβが脳内にたまらないようにすること、もしたまったらアミロイドβを追い出すことです。これができたらアルツハイマー病は克服できるかもしれない。その退治に最も効果を期待されているのがアルツハイマー病ワクチンです。

 アミロイドβを動物に接種し、抗体を作らせて、その抗体をまた人間に接種する。もうインフルエンザワクチンと同じ原理でやってるわけです。アメリカでこのワクチンが開発されて、アミロイドβを追い出すことはできたのですが、脳炎を起こしてしまった。イギリスでもワクチンを新しく作り患者に接種した。何人か亡くなられた方を解剖すると明らかにアミロイドβはなくなっていた。つまりワクチンはうまくいったけれども症状はよくならなかった。

 最近はアルツハイマー病=アミロイドβ原因説を懐疑的に見ている人も増え、ワクチンはまだ研究段階と言えます。5年後に「うまくいきました」と言っても、それを製剤化するにはやはり10〜15年先になります。

●アリセプト

 アリセプトにはアミロイドβをやっつけるという作用はありません。アリセプトは神経細胞の神経伝達物質、アセチルコリンという、記憶とか注意力とか暗記力に関する神経の脳内物質を一生懸命出そうとします。ですから残された神経細胞が多ければ多いほど役に立つ薬です。アルツハイマーの初期から中期にかけて役に立つ。しかしアミロイドβのたまり方は止められませんから、一時的に症状の進行を遅らせることはできても、病気は着実に進行する薬だというふうにご理解いただければいいです。

認知レベルに差なし 医師評価もほぼ互角
「貼り薬」登場で選択肢は拡大

●海外10年前に承認

アルツハイマー病の新薬について熱心に説明する須貝佑一氏

 日本では新薬と言ってますが、海外では10年近く前に承認されてます。なぜ日本で承認が遅れたかというと、治験がうまくいかなかったからです。患者さんに実際に使いデータも集積しましたが、偽薬との間に差が出ないため、なかなか申請できなかった。そこで薬事審議会は日本のデータだけではなくて、海外のデータも一緒にして有効性を立証し、ようやく通りました。

 レミニールは、残された神経細胞の末端で分解酵素を阻害してアセチルコリンをいつまでもとどまらせて「働け働け」と言う薬なので、アリセプトと原理は同じです。

 イクセロンパッチとリバスタッチパッチも原理的にはアリセプトと同じですが、貼り薬なので飲めない人や、1人暮らしの人が飲んだかどうか外見で分かるという利便性はあります。

 メマリーは細胞の興奮性を抑制する薬です。気分的にイライラすることを抑えたり、眠気を取り、神経細胞の保護作用もあり、アリセプトと違う面に効果があるとして認可されました。

●効果期待は禁物

 どっちが優れているかを試した治験ですが、薬剤比較ではアリセプトと新薬に認知レベルでの差がない。一方、症状がどれほど変わったかというClinical impression、つまり医者から見てどうかという評価では、やはりみんなほぼ互角。なので、どの薬がいいというわけではありません。ただ、貼り薬は飲めない人が使い、アリセプトを使っていたけどどうも肌にあわない、吐き気が強いという人には選択の幅が広がった。効果は同じですから、変えることができるというのがメリット。新しい薬がアリセプトより効くという期待をされては困ります。使い勝手の良さで新しい薬は役に立つ、効果という点では互角、こう患者さんたちに説明しています。

●周辺症状には

 認知症の薬というのは、認知症そのもの、つまり見当識・物忘れ・理解力に働きかける薬ですが、認知症で困っているのは、実は行動と精神の変調、つまりBPSDと呼ばれている周辺症状です。物を取られる妄想とか、人を攻撃するとか、ないことをあるように思っているとか、だんだん進行すると夜中徘徊(はいかい)する、大声出すとか。それで困るんです。新薬はそういう症状に対する力はあまりありません。これはもう新しい介護上の工夫と、認知症に対する対症療法、主に向精神薬だとかうつ病の薬をうまく調整しながら使うと非常に役に立ちます。これもまた重要な治療の一つだと考えていただければ、大体新しい認知症治療薬のメリット、デメリットがわかるのではないかと思います。

 すがい・ゆういち 社会福祉法人浴風会病院精神科医。1945年山形県生まれ。69年東京大学医学部卒。朝日新聞記者を経て、京都府立医科大学入学。80年同大学卒業。川崎市立川崎病院精神科、国立精神・神経センター武蔵病院を経て現職。認知症介護研究・研修東京センター副センター長も兼ねる。他に日本認知症ケア学会理事。 著書に「ぼけの予防」(岩波新書)、「脳を若く保つレシピ」(監修、日本放送出版協会)など。

2011年10月