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「改善する認知症」水頭症

 「治る認知症」として、最近少しずつ知られてきたのが特発性正常圧水頭症だ。テレビでも放送され、認知症予防財団への電話相談でも水頭症に関する問い合わせが増えている。この病気に詳しい仁医会牧田総合病院の荒井好範副院長(脳神経外科)に症状や見極めのポイントなどについて聞いた。

歩行障害 顕著に 正確に診断 安全な手術が可能

仁医会牧田総合病院 荒井好範副院長に聞く

アルツハイマー病と重なるケース 完治しないことも

荒井好範副院長

 認知症の中で、特発性正常圧水頭症の患者は1割、または30万人とも言われていますが、もっと多いと思います。ただし患者が増えているというよりは、特発性正常圧水頭症かどうかの診断能力が上がってきたからという面が大きい。20年以上前、私が学生のころは、そもそも特発性正常圧水頭症という概念もあやふやであったし、診断基準もなかった。診断する側が水頭症かどうかという目で見ていないので、これまで見逃しているケースは多かったと思います。

 テレビで放送されてから、それまで物忘れ外来に来ていた患者さんの妻が「もしかしたら、夫は水頭症ではないでしょうか」と聞いてくるケースが実際にありました。

 ただ、その場合でも、診断して水頭症だったという人はいません。一番多いのは転倒して頭を打ち、CT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像化装置)を撮ったら特発性正常圧水頭症だったというケースです。この病気の特徴である歩行障害による転倒が多いのです。

 物忘れ(認知障害)や尿失禁も特発性正常圧水頭症かどうかを疑う判断材料となりますが、もっとも顕著なのは歩行障害です。

 難しいのはアルツハイマー病とかぶさっているケースです。この場合、手術をしても治らないことがあります。たとえば認知障害の原因がアルツハイマー病と水頭症が5割ずつというケースでは水頭症の方は手術で治っても、アルツハイマー病は治らないので、認知障害が残ります。ですから手術する時に、「完全に治るかどうかは分かりませんよ」と必ず説明します。歩行障害の方が9割治るのとは対照的です。ただしアルツハイマー病と重なっていない典型的な特発性正常圧水頭症の場合は記憶の方も治ります。100%治らなくても日常生活が改善すれば、その人にとっても家族にとっても幸せなことだと思います。

 2年前に手術した方が先日手紙を書いてきて、本当によくなったので地域の活動に参加していますと報告してきました。

 また自分の足で通院することができるようになった方もいます。寝たきりの奥さんを介護をしていたのが、水頭症になってできなくなった。しかし手術して歩けるようになったので、また妻の介護を復活させるそうです。

 介助なしでは旅行できなかった人やオムツだった方が、手術で自分の足で歩けるようになる。ですから特発性正常圧水頭症は治療する価値があり、見逃さないということがとても大事になってきます。

 診断はまずCTやMRIで見て水頭症を疑う時は、さらに髄液を抜き症状が改善するかどうか判断するタップテストを行います。

 他の認知症と重ならない特発性正常圧水頭症だけの場合は、治療すれば治りますから、それを診断する医療側の啓蒙(けいもう)活動がとても大事になってきます。専門医ではなくても、一般の開業医の先生方とか、ケアマネジャーなど介護、福祉の方への啓蒙が大切です。この間も地域の在宅支援センターのケアマネジャーさんとか住民のための講演会に出かけてきました。認知症の講演を頼まれたら、水頭症のことも必ず話すようにしています。もっともっと知られていい認知症だと思います。

□特発性正常圧水頭症

 iNPHとも呼ばれ、歩行障害、認知障害、尿失禁の症状が出る。髄液が脳室にたまって脳室が肥大しているので、髄液シャント術で脳の外に髄液を出すことで症状の改善を図る。

□診断・検査法

 特発性正常圧水頭症の3症状である歩行障害、認知障害、尿失禁はもともと高齢者によく出る症状なので、他の病気との見分けがより重要になる。CTやMRIによる画像検査で脳室拡大などの特徴が見られるかどうかをチェックする。また髄液を腰椎から30mlほど採取するタップテストと呼ばれる検査も行う。「歩きやすくなった」など症状の改善が見られれば、特発性正常圧水頭症の可能性が高くなり、手術は有効と判断される。

□髄液シャント術

 脳内にたまった髄液を脳外に出す手術。脳室から腹腔(ふくくう)へ流すV-Pシャント、脳室から心房に流すV-Aシャント、腰椎(ようつい)から腹腔に流すL-Pシャントの三つの方法があり、最近は脳に管を入れずにすむL-Pシャントの比率が高まっている。

□歴史

 70年代に一時手術が広く行われたが、技術水準が低かったため合併症も多発。「難しい手術」として敬遠され、医師からも忘れられた存在になった。現在は正確な診断や安全な手術が可能となり、関心が高まっている。

「特発性正常圧水頭症(iNPH)」のチェックポイント

◆歩行障害

・小刻みに歩く、すり足で足が上がらない

・足が開きぎみに歩く

・不安定で転倒することがある

◆認知症

・もの忘れ

・一日中ぼんやりする。趣味などをしなくなった

・呼びかけに対して反応が遅くなった

◆尿失禁

・尿意切迫(我慢できない)で失禁してしまう

◆その他

・表情が乏しくなる

(出典「高齢者の水頭症iNPH.jp」)

2011年10月