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「認知症のいま〜最新研究情報から介護まで」新井平伊教授が講演

あらい へいい
順天堂大学大学院精神・行動科学教授。順天堂大学医学部講師を経て、1997年より現職の順天堂大学医学部精神医学講座教授。1999年、我が国で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。日本老年精神医学会理事長、認知症予防財団会長。おもな著書に「認知症と共に輝く日々をめざして」(飛鳥新社)、「アルツハイマー病のすべてがわかる本」(講談社)など。

 「認知症のいま〜最新研究情報から介護まで」と題した講演会が9月2日、東京都千代田区の毎日ホールで行われた。講師は認知症予防財団会長の新井平伊・順天堂大学大学院教授。ホール一杯の150人の聴衆は熱心に耳を傾けた。

 「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という中国の言葉がありますが、この敵を認知症に置き換えて、認知症を正しく知り、症状も理解すれば、人生危うからずとなります。みなさんが明るい気持ちになって帰っていただけたらという思いでお話しします。

 実は認知症とアルツハイマー病は別物です。アルツハイマー病というのは認知症の中で代表的なものです。他にも血管性認知症、ピック病、正常圧水頭症など、いろいろな原因の認知症がありますから、中には治る認知症があるということを知ることです。問題は割合で、やはりアルツハイマー病が6割と多い。それからレビー小体型認知症と血管性認知症。徐々に進行するアルツハイマー病が一番多いので、アルツハイマー病=認知症と思われることが多い。認知症の疑いがあれば、治る認知症を見つけるのが医者の役目です。

 こういうことがよくあります。料理中に電話が入り、電話に出て切ったら、料理中だったことを忘れ、鍋が焦げ臭くて、ああそうだと思い出す。これは誰でもある。一つのことをしていて、他のことが入ったため前のことを忘れるのは、もの忘れではなく、注意や集中が散漫になったためです。ただ、頻度、程度、範囲です。そのようなことが今までより増えたり、友達に会うことを忘れるのは、その程度が重いですね。あと日付とか計算とか、意欲がなくなるとか、ど忘れ以外に範囲が広がってくるとか、つまり、今までと違う「変化」を見逃さないことです。

 最近、軽度認知障害(MCI)と言って、認知症ではなく前段階で早期発見しようというのが医学の大きな流れです。生活に支障をきたすようなものは認知症の範囲に入りますが、軽度認知障害では、もの忘れが前より増えたのではないかと家族から言われるけれど生活は普通にできていて、病院で検査をしても認知症の範囲ではないと言われる。これは前段階です。そのまま行く人と、将来アルツハイマー病になる人といろいろいます。

 アルツハイマー病はかなり正確に診断できるようになってきました。アルツハイマー病の人は脳内ホルモンのアセチルコリンが低下していることがわかっています。前の神経細胞から次の神経細胞にアセチルコリンが伝わることで情報がつながる。正常な健康な人では前の神経細胞でアセチルコリンが適切な量がつくられて、つぎの神経細胞に適切な量のアセチルコリンが伝わって、正しい情報が伝わる。しかし、アルツハイマー病ではアセチルコリンが少ない。しかも、途中で分解酵素で壊されるので、次の神経細胞には十分な量のアセチルコリンが到達しない。そして情報が不十分なまま次の神経細胞に伝わってしまう。

治療 薬で進行を遅らせ

 薬が大事というのは、アセチルコリンの量は少ないですが、分解するところをブロックして、少ない数でも正常に近いくらいのアセチルコリンが次の細胞に伝わって、情報がどんどん伝わる。こういう働きをするのが今の薬です。アルツハイマー病で働きが低下してきた部分を少し補うような形の治療なので対症療法です。次の世代の治療法はアルツハイマー病の根本的な原因に介入する治療法です。

 現在、薬は4種類あります。アセチルコリン分解酵素を阻害するものがアリセプト、レミニール、イクセロンです。これとまた別のNMDA受容体拮抗(きっこう)薬といって、グルタミン酸という脳内ホルモンに関係するものがメマリーです。どれを使うかということは、よく担当の先生と相談していただくことになります。

 アルツハイマー病は少しずつ進行していきます。テレビや映画で見ると、数年で人間がだめになってしまうように描かれていますが、そういうことは決してなくて、全部で20年。ゆっくりです。ですからアルツハイマー病になったから、すぐに人生が終わりではなく、20年以上続く。薬は効くけれども、対症療法でアセチルコリンを補充するだけなので、ある段階になると進んでしまう。進むと、いろんな道具が使えないとか、着替えができないとか、進んだ段階での治療になるので、やはり1年でも2年でもいい状態を長く続けたほうがいいので、早く見つけることが絶対に重要です。

 薬の効果は人によって個人差がある。認知症の症状は実はたくさんあって、もの忘れだけではない。日付がわからない、字が書けない、数字が苦手になる。それは認知機能障害という中核的な症状です。一方、人間は喜怒哀楽とか、暴力をふるうとか、いろいろ行動上の問題、それは行動・心理症状(BPSD)といって、もの忘れとは別の種類の症状です。わかりやすく言うと、中核症状はもの忘れですし、BPSDは物が盗まれたとか、イライラするとか、眠れないとかですね。ただ中核症状はアルツハイマーの薬である程度進行を遅らせることができるし、BPSDは薬と薬以外の対応の工夫や環境を調整することである程度症状が治まると考え、認知症は治せないものばかりと思わないでください。

 それからBPSDの中で、イライラしたり興奮したり、手を上げたりする人が一番ご家族は困ります。これは介護の仕方が一番大事で、すぐ薬ではありません。どういう環境にいるかということが大事です。昔は抗精神病薬を使う場合が多かった。今は漢方やバルプロ酸という抗てんかんの薬やメマリーが興奮性の症状に効く場合もあると報告されています。精神科で使用する安定剤は今でも使いますが、興奮が非常に激しくてご家族が大変という場合にのみ使います。いずれにしても興奮性の症状には、非薬物的な治療と薬物療法を併用します。

介護 支援制度を使おう

 この辺から介護の話になりますが、認知症の方に対しては、薬物療法、非薬物療法、そしてリハビリ、介護者の工夫、こういった4本柱が、治療として頭に入れておく必要があります。私の恩師の飯塚禮二先生は、環境が変化したり、失われた能力を患者さんが自身に求めたり、家族など周りの人が患者さんに期待し過ぎたとき、周囲が患者さんを拒絶し無視した場合は、どうしても患者さんは落ち着かなくなるということを言われています。

 ですから薬よりもこういうことが大事です。初期の認知症の方は環境の変化にうまく適応できない場合がありますが、周囲の人々が示す期待や拒絶などは正しく理解できる。むしろ敏感になっていて、自分はもの忘れがあるから、周りから認知症になったと思われていないか、失敗しないかと不安になる。健康なお年寄りだと、自分はもう年だとある程度自制するのに、患者さんは、お年寄りが持つような自覚を欠く傾向にあり、何か行動してしまう。それが大体失敗に終わって、落ち込んだり、困惑したり、興奮したり、短絡的に手を上げてしまったり、妄想に走ったりするので、認知症の初期の方は、特に周りの人が心の動きを正しく理解し、優しく対応するということが薬よりも大事です。

 ヨーロッパなどで言われている、パーソン・センタード・ケア、患者さん本位ということですね。例えば、認知症だから何もわからなくなる、家族が抱え込み負担が大きいというふうな認知症の見方をしていたのですが、重要なのは、認知症でも治療やケアの効果が期待できて、よくなることがあると考える。それから認知症でも感情や心身の力がたくさん残っている。それから本人の理解ですね。なぜそういう言動になるのかということを周りが理解しましょう。認知症の人の心を中心に考えましょう。そして家族だけではなくて専門職と地域が一緒になって患者さんを支えていきましょうという考えなんですね。

 経済的な面も大事です。日本のため、家族のために仕事をしてきた人が認知症になったわけですから、いろいろな制度を使って負担をカバーしていく。障害者自立支援制度、精神障害者手帳、障害者年金、介護保険などを全部使って、介護にかかる経済的な負担を軽減することも大事ですし、ご家族を支えていくというのも大事です。

 患者さんはあまり言いませんが、自分の犠牲になって家族が不幸な人生を送ってほしくないと願っています。だからいろいろな所にすぐ相談に行く。家族だけが介護するのではなく、いろんな支援制度を使う。それは結局家族の人生も守ることになります。日本にはいい制度や社会資源がたくさんあり、それを使うようにしてください。

 認知症というと薬ばかり考えますが、患者さんと家族がどういうところで生活しているか、実はこちらのほうがよほど大事です。これが落ち着かないと、どんな薬を使っても効きません。ですからこういった総合的、包括的な治療やサポートが重要であって、また医療だけではなく、ケアのほうも早い段階から、家族だけで悩まないで、介護のことを相談する。家族が不安になってしまうと、患者さんも不安になる。鏡のようなんですね。

予防 生活リズムを大事に

 これから予防の話です。アルツハイマー病が予防できるという発見をしたらノーベル賞です。歌を歌って体操したりとか、それなりに効果はありますが、こうやればアルツハイマー病にならないというわけではない。でも予防にはいろいろあります。まず糖尿病、高血圧、高脂血症のような生活習慣病をもっている人は、きちっと治療する。血管性認知症は脳梗塞(こうそく)を起こさなければ認知症にならないので予防できる。最近の研究では生活習慣病を治療していると、アルツハイマー病の発症率が少なくなる。生活習慣病をもっているとアルツハイマー病になりやすいというデータもあります。

 2番目は生活リズムですね。ある程度余裕をもって、睡眠と覚醒のリズムを大事にする。食事は野菜、魚、肉など食べるもののバランスが大事ですね。運動は一番効果的という報告もありますが、それをやろうとする意欲が大事です。前向きに日々を歩むということが大事なので、散歩でも太極拳でも何でもいいと思いますが、楽しむことが重要です。

 次は、睡眠ともの忘れの出やすさ。アルツハイマー病の出やすさを、7000人ぐらいを対象に調べた研究ですが、睡眠は7時間ぐらいがよさそうということです。短くても長くてももの忘れは出る。まあ、6〜7時間でしょうね。睡眠がやはり重要です。

 続いてお酒です。外来に来た67歳と68歳の人で、3年前からと1年前からもの忘れがあるという人。長年の飲酒歴があって、頭の検査をすると少し脳の萎縮がある。MMSEという認知症テストでは軽い認知症と、軽度認知障害とされました。お酒をやめたら1年で改善された。アルコール性健忘症です。アルツハイマー病とちょっと違う。長年お酒を飲むことでもの忘れだけが出てきた。お酒をやめるとしゃきっとしてきて、もの忘れも減るし意欲も出てくる。お酒が好きな方でも、この健忘症が出てくる人と出てこない人がいますが、お酒が好きな人にもの忘れが出てきたらノンアルコールビールにしたほうがいいかもしれません。そういうとき私は人生をとるか酒をとるかと言います。3分の2くらいの人は人生をとりますが、酒を続ける人もいます。そういう人は70歳、80歳になって老化が入ると、どうしても脳の萎縮がひどくなってきます。中にはアルツハイマー病になる人もいる。お酒ともの忘れの両方ある場合、できたら人生をとったほうがいいと思います。

 予防の話は医学的には、1次、2次、3次予防となります。1次予防は発症させない。2次予防は発症を遅らせる。3次予防は病気になってしまったけれども進行を遅らせる。今の医学でできることは、進行を遅らせるためにアリセプトなどの薬を飲むことですが、発症を遅らせる確実な手はなかなかない。体操や散歩をしたりと、いろいろな予防法が言われていますが、アルツハイマー病にならないのではなく、発症を遅らせるということに少し効果があるということです。発症させないというのは今の医学ではできないですね。

新薬 数年内に承認も視野に

 ただ、近年の研究でわかってきたことですが、アルツハイマー病の症状が出る前から、いろいろな異常が見つけられるようになった。病気の5年、10年前から脳の中に異常が起きていることがわかってきました。アミロイドβたんぱくが10年以上前からたまるのを早く見つけようというのが最先端医学です。どうやって見つけるか。髄液とPETというのがあります。髄液は背中の骨の間から針を刺して脳脊髄液を取る。もう一つPETというのも研究が進んできている。発病前にアミロイドβ検査をやると、健常者ではアミロイドβは全然たまっていないが、アルツハイマー病の人にはアミロイドβがたまっています。

 これは健康保険ではできない高い検査で、日本の健康保険が破綻(はたん)してしまうので、なかなか承認されないと思いますが、世界中で、こういう検査が普及していくことは確かです。早い段階で見つけられる。しかし、見つけられて認知症と言われたり、5年後、10年後にアルツハイマー病になりますと言われても、治す方法がなければ意味がない。同時に、脳の中にたまったものを取り出すとか、たまらないようにする薬が、ここ30年ほど研究され、最近やっといい結果が出てきたのもある。それがソラネズマブ、ガンテネルマブ、アデュカヌマブですけど、アミロイドにくっついて脳の外に出してしまおうという治療法です。次にBACE阻害薬といって、アミロイドを切り出す酵素の働きをなくして、アミロイドが脳にたまらないようブロックするものです。つくるほうを止めるのと、できたやつを脳の外に出す。最近、特にアデュカヌマブとかMSDのBACE阻害薬、ソラネズマブが、今年から再来年にかけて結果が出て、それがいい結果だと、アメリカで一番最初に承認されます。そうするとアミロイドテストで異常があった人には早めに使う。そういうことが現実になります。ですから皆さん、今から5年は元気でいてください。まだまだ人生捨てたもんじゃないですから。

 いま国では認知症になっても入院するのではなくて、地域の中で在宅でみましょう、という新オレンジプランを打ち出しています。これはいい案ですよ。しかし、どのくらい国がやる気を出して、地域医療を支えられるかというと、実はまだ不十分で、現実的には非常に難しい問題点が残っています。

 いまの考え方としては、ご自宅にいて、いろんなサービスがあって、認知症疾患医療センター、かかりつけ医がいて、介護はいろいろなサービスがあって。認知症初期集中医療チームがあるので、とくに何か問題があれば早めに看護師さんたちのチームが行って助けてくれる。それから中学校区に必ず一つは地域包括支援センターがあるので、困ったら早めに相談できる。システムとしてはかなりできています。むしろ患者さんや家族のほうがこれを知らないで、うまく使い切っていない。家族だけ、患者さんだけ悩むのではなくて、これを全部使ったらいいんです。そうすると少し気が楽になります。私のところの順天堂は文京区で認知症疾患医療センター、東京都の基幹病院に指定されています。

 最後に私の認知症の患者さんが書いてくれたのをお見せします。「健康であり、友人があり、生き甲斐(がい)を持ち、元気が続く、楽しむ人生」。若年性認知症の患者さんですが、病気になってもこういう気持ちで生きていただければ、私たち伴走している医療者には一番の喜びなので、皆さんも元気に毎日を過ごしていただきたいと思います。

質疑応答 軽度認知障害 受診は何科で?

 司会 ご質問がありましたら挙手をお願いします。

 質問者 認知症になった人はがんにならないと聞いたのですが。

 新井 結論から先に言うと、そんなことはないです。がんになった人は認知症にならないのではなくて、むしろ認知症の人は認知症のことだけ考えるから、がんを見過ごし がんで命を落としてしまう。認知症の人にも健康診断は必ず受けてくださいといつも言っています。

 質問者 先ほど睡眠と認知症の関係を聞きましたが、365日働き、日曜日が休みという人は、理想的な6〜7時間の睡眠が取りにくい。睡眠時間が少ないことへの対策を教えてください。

 新井 睡眠時間は若い頃からの睡眠時間との関係だと思います。年配になると、私も63になりますが、若い頃に比べ睡眠が浅くなります。短くもなる。寝付きも悪くなります。ですから年配の方はデータにこだわらなくていい。睡眠が足りなければ午後に30分から1時間、午睡をしたほうが認知症の予防になるというデータもあるので、昼寝もいいんです。ただ、昼寝ができないという方は、眠剤を飲まないで睡眠障害が続くよりは、飲んで睡眠時間を確保したほうが脳の休養になります。眠剤も新しいものが出てきています。

 質問者 MCIが疑われた場合、どの科に行けばいいでしょうか。マスコミでココナッツオイルでアメリカの女性医師が夫を認知症から生還させたということで有名になったので、私も買いまして、妻の老親二人に飲ませたら、1年前後で正常になったんですね。それはどう考えたらいいんでしょう。

 新井 後の話からします。大体80歳90歳の方は生活できていればいい。ただ、もの忘れがひどくなって家族の顔がわからなくなったら、それは一度検査を受けたほうがいい。ただ、ココナッツオイルが効いたかどうかはわかりません。それが効くのなら今の保険で診てもらえる薬の中に入ります。それが入らないということは、アメリカでも日本でも臨床試験をやっていますから、効果はそれほどでないということでしょうね。それでも人によっては効く場合がある。サプリメントはみなそうですが、そのものの効果より、飲み始めて日々の生活に気をつけるきっかけになる。それが毎日を健康に過ごすきっかけになるので、そういうプラス効果があったということですね。良くなってよかったですね。

 最初のほうは一番いい質問でした。何科に行けばいいかですね。脳外科、神経内科、精神科、いろいろありますけど、その科で認知症が得意なドクターとそうではないドクターがいます。選ぶとすると、先ほど言った認知症疾患医療センターか、いろいろな病院のもの忘れや認知症専門外来に行かれるといい。あとはかかりつけ医の先生に紹介してもらうといいですね

2016年10月