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「認知症110番」座談会

30年 相談員の思い

長島喜一相談員 ソーシャルワーカー 相談員歴30年

 毎日新聞と認知症予防財団による無料の電話相談「認知症110番」が今年、創設30年を迎えました。1992年7月の開設以来、「相談者に寄り添う」ことをモットーに3万件を超す相談に応じてきました。30周年を機に、創設時などかつてを知るベテランから昨年より従事している人など4人の相談員による座談会を開き、以前の相談傾向を振り返ってもらったうえで、電話相談を巡る最近の状況などを語ってもらいました。(司会は冠木雅夫・認知症予防財団常務理事)

——「認知症110番」が創設30年となりました。以前と最近の違い、印象深い事例などについてお聞きできればと思いますが、まずはお仕事や相談員になったきっかけなどをお話しください。

山中公仁子相談員 ずっと心理相談の仕事をしています。企業のメンタルヘルスの一環での電話相談や、会社に出向いてのカウンセリングをしてきました。今はクリニックの心療内科でカウンセリングをしています。長田久雄先生(認知症予防財団理事、相談員の指導的立場)に認知症110番をご紹介していただきました。

松野則子 社会福祉士 相談員歴27年

松野則子相談員 大学時代、ソーシャルワーク実習指導の先生からのご紹介で相談を始めました。そして社会福祉士、精神保健福祉士、産業カウンセラーの資格をとりました。やりたいことがどんどん出てきて、今は逗子市役所で介護認定審査員をさせていただいています。あと逗子に「認知症の人と家族の会」がないので家族会を発足させ、家族の方とご本人の方のご相談、ピアカウンセリングをしています。あと、オレンジカフェなども地域で始めました。

長島喜一相談員 職歴で一番長いのはソーシャルワーカーです。その他に老人保健施設の施設長とか、障害者施設の施設長とかですね。今は障害者の相談支援専門員をしています。ソーシャルワーカーのときに当時の毎日新聞の論説委員に「電話相談を始めるから相談員を集めて」と頼まれ、5人ほどにお願いしてスタートしました。

 初日、一番最初の電話をだれも取らないんです。皆さん、最初は緊張していたんだと思います。「しょうがないな」と私が取りました。内容は覚えていないんですけど(笑)。そうしたことで30年ずっとかかわらせていただいています。

中野恵相談員 認知症の方、家族の支援をしたいという思いがずっとあって、こちらの電話相談員に去年、応募しました。その前はケアマネを10年ほどしていたのですが、心理関係の資格を取るべきかなと思ってケアマネをしながら学校へ行っていました。私は家族の方と年齢が近いですし、心理職ならご家族のお話ししづらい内容の相談にも乗ることができるのではと思ったのです。

——最初のころの状況と、違ってきていることなどお話しいただけますか。

長島 スタートのころは介護保険が始まる前で、認知症ではなく、痴呆症と言われていたし、この財団も「ぼけ予防協会」という名前でした。当時は認知症の方の問題よりも寝たきりの老人をどうケアするかが中心的な課題でした。全身床ずれだらけだとか5年風呂に入ってないとか。認知症で困っているという相談はそれほどなく、身体的な介護に関するものが多かったですね。認知症の人がいなかったわけではなく、家族が抱え込んで家から社会に出ることがあまりなかったからではないでしょうか。

 痴呆症関連では「どういう人のことか」「どこに相談すればいいか」「どの病院に行けばいいか」との相談が多かったです。当時事務局に全国の病院一覧が置いてあって、それを元に紹介していたのですが、「もうやっていなかった」との苦情が来たこともあり、病院の紹介はやめて自治体などに聞くよう伝えるようにしました。

最近は心のケアや家族、施設との関わり方に

松野 最初のころは、「恥ずかしながら認知症なんです」とか、「すごく嫌がらせをしてくる」という相談が多かった。こちらが認知症の説明をすると「遺伝しますか」とか、「いやいや、嫌がらせでしょ」といった反応でしたね。介護の相談というよりは、なぜこの病気になったのか、どこの病院に行ったら治るのか、ということもよく聞かれました。

 経験を積むうち、地域格差も分かってきました。サービスを紹介しても「うちの地域ではそのサービスがありません」と言われ、自治体を啓発すべきだと相談者にお伝えしたこともありました。

——知識の普及も差がありましたか。

 松野 そうですね。「伝染するのでは」と言っていた人もいたほどでした。あと、みのもんたさんら有名人がテレビで認知症を取り上げると、ものすごい数の相談がきたことに驚きました。

長島 アメリカのレーガン元大統領がアルツハイマー病を公表した時はすごかったね。自分もそうじゃないか、とか。

松野 認知症のおじいさんから泣きながら「助けて」と電話がかかってきたことがありました。テレビで「水を2リットル飲めば認知症が治る」と紹介され、妻が「水を飲め」と追いかけてくるというのです。妻に電話を代わってもらい、「水を飲んでも効果はないですよ」と説明した思い出があります。

長島 ここはいろんな職種の相談員が集まっているのがいいですね。自分が得意でない分野の相談の時は他の人に代わってもらったり、他の相談員に教えてもらったり教えたり。多職種の人がいる強みだと思います。

山中公仁子相談員 健康心理士 相談員歴18年

山中 専門性を求める相談者の方も多く、「介護の体験談とは違った、確かな情報を聞きたい」という方もいらっしゃいます。専門性の高い話ができることはいいと思っています。

 

 また、介護で行き詰まって人との関係がうまくいかないと心のケアを求める人も多い。そうした人に寄り添い、何ができるかをいっしょに探り、こういうことならできるかも知れない、というところに行き着いたときに、「やっとホッとしました。それでいいんですね、それならできそうです」と言っていただけることがあります。寄り添い、決して見捨てないことをとても大切にしています。

 最初のころは介護保険などの制度、相談先、また認知症そのものの説明をとても求められましたが、今は理解が進み減りました。その代わり心のケア、家族間、施設ともめ、折り合いをどうつけたらいいのか、との相談が増えています。「サービスを切られてしまう」という恐怖を感じていて、今日も「施設側に強く出過ぎてしまった。追い出されないか」というご心配の電話がありました。利用者はどうしても弱者になります。認知症の人を抱えることで不安が大きくなり、ご自身も心療内科に通うなど追い込まれている方もたくさんおられます。そうした方に寄り添ってしっかり話を話き、最後に「それでやってみます」というお声を聞けるとうれしく思います。

介護される人の良さを相談者と一緒に発見

中野恵相談員 臨床心理士 相談員歴半年

——中野さんは電話相談を始めて半年になりますが、いかがですか。

中野 介護の現場の仕事をしていたときは、認知症に関する活字や映像の情報はたくさん流れても、ご家族が自分の父もそうだ、と捉えているかというとそうではありませんでした。自分が小さいころの親の印象が強くて、私たちが「認知症では」と感じてもなかなか受け入れていただけませんでした。

 電話相談では、「あれっ?」と思うことがあっても、とにかく聞くようにしています。まずは認めてもらいたい、というのが一番なのかなと思うからです。まずは相談してこられた、その第一歩はすごいことですよね。他の相談機関では冷やかしみたいな電話もあるようですが、「認知症110番」ではほとんどないですね。悩みを解決したいと真剣に思っている方が多いように感じます。

——何百回と電話をかけてこられる方への対応をどう考えればいいでしょう。

山中 「親の介護の相談ではなくご自身の話ですよね?」という方もおられます。でも、寄り添って話をお聞きすることで、「自分1人ではないんだ」「話を聞いてくれる人がいる」と思い直し、もう1回お父さんに向き合おう、お母さんをデイサービスに送り出してあげようって思ってくれる人はたくさんいらっしゃいます。介護に行き詰まり、ご家族や地域との関係がうまくいっていない方が電話相談で気持ちの整理がつく、そこまで行かなくとも、また介護に向き合っていけるようになってくれるなら、それだけで大きな意味があると思っています。

長島 どうしても介護をしている人は孤立しがちです。「自分だけでない、背中を押してくれる人がいる」と感じられることが力になると思います。相談が元気の素になってくれたら大きな意味があるかな、と。

 それと顔を見て話す大切さとともに、顔が見えないから言えることもあると思います。顔が見えなくても言葉の表情、変化はすごく感じます。何をどう相談したらいいか分からないまま電話してこられても、話のキャッチボールを重ねるうちご自分で整理し、アドバイスをしなくとも「こうすればいいのか」と気付くことがありますが、電話相談にはそういう役割があるように思います。

松野 最初は本当にかたくなで、母の介護のために仕事を辞めました、友だちとの約束も介護で行けなくなった、ということを繰り返すうち、友だちとの縁も切れて孤独になっている方は多いです。そういう時に電話相談で泣いてみたり、寂しさを訴えたり、母への怒りの感情をぶちまけたり。こちらはそうした思いをそのまま受け取るからまた電話してみようという気になってくださいますし、そのうちに心がほどけてきます。そうなれば地域のサービスを紹介したり、趣味の会の存在を紹介できたりするようになり、孤独だった人を地域に戻してあげることができるようになります。

——地域との関係で気になることはありますか。

長島 私たちは地域包括支援センターを紹介するものの、センターの支援が続かない人もいます。機械的な対応をするセンターもあるなど、地域で質が違うことを感じます。

中野 ただ、地域包括は本当に忙しいんですよね。

山中 そのことも相談でよくお話ししています。なかなか対応してもらえなくとも、無視しているわけではないんですよ、忙しいので諦めないで何度も電話してみてくださいと。

長島 でも、質を上げなくてはいけないのは確か。忙しくて対応できないなら、もっと地域包括を増やせとか、人員を増やせとか、補助金を出せとか指摘していかないと。忙しいからしょうがない、では解決しない。対応してくれなかった、という相談があるなら、行政に伝えていかないといけませんよね。

 ——印象深かった相談の事例を教えてください。

長島 物とられ妄想の姑さんの介護をしている女性の方です。「財布盗っただろう」としょっちゅう言われ、同居して1年近いけれど、もうヘトヘトだと。話をするうち、大変なのは分かるけどお義母さんのいい面はないですか?と聞いたのです。すると少し間があって、「早く寝かせたいから添い寝をした」と話し始めました。女性も疲れていてウトウトし、ふと目が覚めたら自分の胸にお母さんの手があったそうです。いったん手を払おうとしたんだけれど、お義母さんが非常にいい寝顔をされていて、そのままじっとしていた、とのことでした。

 安らかなお顔もされるんですよね、と話をするうち、最初は暗く介護はイヤという感じだった声のトーンが変わり、「ああ、お義母さんにもいいところがある」と気付かれたみたいで、「明日また物盗られ妄想で責められても向き合えるかな」と言った方がいました。私はタイミングをみて、介護される方のいいところを意識的に聞いています。その人の良さを相談者と私たちが一緒に発見できればいいと思っているんです。

山中 まだ介護保険など制度への理解が行き渡っていないころ、自営の高齢のご夫婦でもう店じまいをしようとしていた方でしたが、おじいさんの方が認知症が進んで、でも収入も年金も少なく、施設などのサービスを何一つ使えないと泣かれるんです。毎回、何度も「もう死ぬしかない」と言われ、「死なないでください」「またお電話ください」としか言えませんでした。こちらが電話を待っていることで、もう1度電話してみようと思って死を先送りし、その間に地域の支援につながらないか、などと考えていましたが、あのときは苦しかったです。今ならこうした方は特別養護老人ホームに優先的に入居できるようになりましたし、別の提案もできたと思うのですが。

長島 家族会から「新時代」をもらって、仏壇にしまっていたという相談者がおられました。思い出して仏壇から引っ張り出して電話番号を調べたそうです。電話番号覚えてくださいね、と言ったら「大丈夫、また仏壇から引っ張り出してくるから」と。うれしいですよね。

あなたの人生が一番大切です

松野 毎日新聞の記事を切り抜いて5年間持ち続け、ようやくかけることができた、という男性がいらっしゃいました。その方は最初、「自分1人でお母様のことを介護したい」と頑なでした。当時は介護保険もなく、1人では無理なので市の福祉課を訪れることやヘルパーの制度があることなどをお伝えしたのですが、「母からすごく可愛がってもらったから恩返しをするんだ」と。仕事を辞めないで、と何度も言ったのに、「辞めて介護に専念する」と辞職してしまって。

 でも、何回か電話を受けるうち柔らかくなってきました。最初対立していたお姉さんも介護に協力的になってきたそうです。その方は今も電話をくださるのですが、以前は「絶対母はに人に渡さない」と言っていたのに、何年にもわたって多くの相談員と話すうちに気持ちがほぐれ、今はデイサービスを使うようになりました。ようやくヘルパーを入れるようになった時も、当初は「かゆいところに手が届かない」とヘルパーを見張っていたのが、今は任せられるようになったそうです。まだ「(宿泊を伴う)ショートステイはイヤ」と拒否していますが、あとはショートを受け入れてもらうことだと思っています(笑)。

——認知症関連で最近気になること、財団の活動への提言や要望があれば。

長島 今、「認知症110番」は受けるだけです。最近の事例ですが、87歳の夫はしっかり話す一方で内容は怪しそうだと。他にも課題やお伝えすべきことはあったのですが、一度に伝えると忘れられそうでしたので、一つだけ、まずは医療につなげることが必要と思い、そのことを強調して他のことは言わなかったんです。でも、他にも課題があり、場合によってはこちらから「その後どうしている?」といった電話をすることもある程度あっていいのでは、と考えています。より中身の濃い対応ができるのではと思って。「その後」が気になる人もいるものですから。

松野 本当にそうですよね。

 座談会を傍聴中の長田理事 家族にだまって電話をしてくる方もいます。こちらから電話する際に了解を取ればいいのだけれど、配慮が必要です。電話する日時にも注意を払わないといけません。

山中 相談対応に優先順位をつけることも必要では。見通しを持てると人は少し楽になれます。まずはこれ、2番目はこれ、3番目はこれ、と。場合によっては入れ替わりますよとお伝えしながら、まずこれをやってみましょう、次またお電話ください、という形でつなげていく。まずは病院に行く、次は地域包括に連絡を、といったステップごとにお電話くださいね、一緒に次また考えましょう、とお伝えしています。

長島 次に電話をかけてきてくれたらいいんですけどね。それと娘より息子に多いのですが、仕事を辞め介護に専念するという人は心配ですね。これからの人生を考えたときに。介護はいずれ終わる。その時にその人の人生をどうするのか。そんことも念頭に置き、アドバイスしていくことが大事だと思います。頑張っていることは認めつつも、仕事につなげていくことが大事。それには社会的支援がないといけませんが。

——相談員の皆さんは仕事を続ける方向でアドバイスされていますよね。

全員 仕事を辞めても決していい介護になりません。あなたの人生が一番大切とお伝えしています。

——独身の娘さん息子さんの介護が増えていて、かつての「息子の嫁」というパターンは減ってきましたね。

松野 お嫁さんは結局他人なので、一線を引ける人が多いんですね。ここからはもう、(介護サービスに)任せよう、と。その点、娘や息子は離れられなくて。難しいですよね。

山中 今日も「絶対施設に預けたくない」という方がいらっしゃいました。90代のご両親を介護されている方でした。

長島 私も今日、同じような相談を受けました。80代のお母さんについて、40代の娘さんが「自分が面倒みるんだ」と。でも大変だからどうしたらいい、と。本人が行きたくないというから診断も受けていない。地域でどうお母さんを支えるかが大事なんだけどなあ、とやんわりお話ししたのですが、「自分だけで介護するにはどうしたらいいか」と。それでも介護に参っているものだから心配になって、次も必ず電話してくださいと言ったんですけどね。

松野 親離れ、子離れ含め家族の問題は大きいですよね。あと気になるのは、介護者の不足です。4日間のショートステイのうち、1日は人手不足で入浴サービスをできないと言われた、といった相談が最近多く、とても心配しています。

2022年6月