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認知症の重度化 なぜ早く対応できなかったのか/都健康長寿医療センター研究員らが分析

山下真里研究員

 東京都健康長寿医療センター研究所(板橋区)の臨床心理士、山下真里研究員らは、認知症の人が重度化した後に周囲が気づくなどして結果的に相談が遅れたケースについて、日本医科大学街ぐるみ認知症相談センター(川崎市)に訪れた人の事例を元に原因を分析した。

 問題と感じる人が周囲にいない「不存在」、周囲が問題と感じていても相談につながらない「接続不良」、周囲に人がいても変化に気付かない「認識の問題」の3つの問題が浮かび上がった。

 街ぐるみ認知症相談センターは2007年12月に開設された、誰でも無料で相談できる施設だ。山下氏や同センターのスタッフは、開設から19年12月までの12年間にセンターを訪れて認知機能テスト「MMSE」(30点満点)を受けた2712人のうち、得点が10点以下の「重度群」45人(1人は相談歴を聴取できず)について重点的に分析することを試みた。

 45人中29人(64%)は認知症専門医への受診経験がなかった。8人(18%)は過去に専門医にかかったことはあったものの、「正常」「年相応」と判断され、今は治療を受けていない。継続的に専門医にみてもらっているのは7人(16%)にとどまった。

 山下氏らは専門医への受診経験がない29人(男性13人、女性16人、平均年齢80・3歳)に着目。相談が遅れて結果的に重度化した背景に本人や家族ら周囲の状況があるとみて、重点的に調べた。

 その結果、㈰家族らと疎遠、家族も認知機能が低下、といった理由で症状に気付いてもらえなかった「不存在」(計12人)㈪病院嫌いなどの理由で専門医受診を説得できないなど「接続不良」(計10人)㈫家族などが病院にかかるほどのこととは考えていなかった、または認知症以外に重大な疾患を抱えるなどし、もの忘れを軽視していた「認識の問題」(計20人、いずれも人数に重複あり)——の3つに分類することができた。

 「不存在」のケースでは、親に久しぶりに会った子どもが会話のかみ合わないことに驚き、慌てて相談に訪れた例がみられた。「接続不良」のケースでは、家族が本人のもの忘れをかかりつけ医に相談しても、「年相応」などといって相手にされず、2〜3年たって初めて相談センターに足を運んだ例があった。また「認識の問題」では、「生活上大きな支障がなかった」「元々の性格と思っていた」といった回答が並んでいる。

 重度群のうち、38人(84%)はかかりつけ医がおり、山下氏らは「受診前の支援をかかりつけ医と協力して実施することが不可欠」と指摘している。ただ中には専門医に「異常なし」と診断され、その後のフォローが不十分な例もあった。定期的に検査をしていれば、もっと早く異変を察知できていたと思われるケースだという。

 「不存在」や「接続不良」の問題が判明したことで、家族や本人を支える地域のネットワーク構築、強化の必要性が明らかになったという。さらに「認識の問題」に関して山下氏は「例えば行政は『独居だから気づきが遅れる』と考えがちだが、家族ぐるみで孤立している場合もある」と話し、個別対応が必要と訴えている。

 山下氏らの調査は昨年12月、「認知症への気づき・相談が遅れたケースの質的分析」の題で、日本認知症ケア学会の優れた研究に贈られる「石賞」を受賞した。今回紹介したデータは受賞時より調査対象を広げたもので、近く論文として発表される。

2023年2月