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オンライン公開講座「認知症予防の最前線 いきいき健脳をつくる」

 生涯健康社会推進機構と認知症予防財団は3月31日、オンラインによる双方向型の公開講座「認知症予防の最前線 いきいき健脳をつくる」を開いた。誰でも無理なく筋力向上を図ることができる体操「ラクティブ」の体験プログラムを皮切りに、東京アルツクリニック院長の新井平伊・順天堂大名誉教授と上智大学総合人間科学部心理学科の松田修教授が認知症予防をテーマに講演した。両氏の講演要旨は次の通り。

講演要旨

新井平伊氏
「『早期治療』より『早期予防』の時代に」

新井平伊氏

 米国で新しいアルツハイマー病(AD)の治療薬、レカネマブが承認された。世界中で話題になったが、それは認知症の7割はADだから。人類が月に一歩を踏み出したのと同じくらい、人類にとって大きな一歩と考えている。

 ADはアミロイドβたんぱく(Aβ)が脳にたまり、神経細胞の働きが悪くなり、タウたんぱくもたまり始めて神経細胞が死滅する、という流れで発症する。Aβは発症の20年、25年前からたまり始めることが分かってきている。もの忘れの検査で点数が低くなるのは発症の少し前だが、そのずっと前から脳の中で変化が起きている。

 新薬はAβを外に出しADの進行を抑えることができる。まだ弱いが効果はずっと続く、しかもAβを増やさないという点で今までの薬とは全然違う。発症前の早い段階で使えば発病しないかもしれない、次に開発される薬にはADにならなくて済むかもしれないことが期待できる。

発症の前段階が最重要

 認知症は薬以外でもかなり予防できるようになってきた。認知症になる前の段階が一番重要。軽度認知障害(MCI)、もの忘れはあっても生活は全く普通で、認知機能検査を受けても正常範囲という段階でいかに介入するかが重要。MCIの時にいろいろな予防活動をすると、正常に戻るのが20%、MCIのまま変わらないのが65%、認知症になるのは15%という研究結果があるが、(20%、65%の数値を)もっと増やしたい。

 ポイントは生活習慣病、運動、睡眠。糖尿病や高血圧、コレステロールとか中性脂肪が高い方はきちっとコントロールしておけばいい。それと耳の機能が低下すると適切な情報が入って来ず、人との交流、情報交換ができなくなる。楽しくなく、引きこもりがちになるので聴力低下は認知症予防の大敵だ。

 運動は、ただ散歩しても自分なりの歩き方だと特定の筋肉しか使わない。右足、左足とある程度筋肉の動きを意識することがいいし、デュアルタスクと言って、歌ったりしりとりをしたり、昨日どこを歩いたかなど考えたりしながら散歩をする、頭を使いながら身体を動かすのがとても大事。

 実は一番睡眠が大切。6時間半から7時間が一番いいとされている。長くても短くても認知症のリスクが高まる。食後もう6時や7時に眠くなってしまうという方は、午後に30分から1時間昼寝をすると、10、11時に眠ることができるリズムができる。それから睡眠時無呼吸症候群によってAβが脳にたまることが知られている。症候群がある人は検査をし、治療を受けた方がいい。

 お酒とたばこ。世界保健機関(WHO)もお酒とたばこは認知症の危険因子と指摘している。特にもの忘れが気になり始めた人はお酒を減らすなりやめるなりすると、もの忘れは改善すると思う。

対人ゲームで脳活性化

 あとは対人ゲーム。よく、計算ドリルや漢字ドリルをする人がいるが、あれは同じことの繰り返しで、脳を使う場所が同じ。集中力は高まるかもしれないが、広い意味での脳の活性化はしていない。やっぱり人と一緒にする囲碁、将棋、トランプ、マージャン、特にトランプやマージャンだと3人、4人と大人数でできる。

 他の人の作戦を予測し、自分の経験を思い出し、では相手にどういう手を打つか、そういう推理と思い出し、自分で判断して決断して実行することが脳を広く活用する。特に前頭葉が活性化する。楽しいから続けることができる。この健脳カフェに来ているMCIの方は薬以外のいろいろな試みで、1年半以内に皆さんもの忘れ検査の点数が満点や満点に近い数値に戻っている。

 脳ドックを受けている人は多いと思うが、脳ドックのMRI(磁気共鳴画像化装置)は形の変化を見る検査。血管性の病変は見つけるが、ADなどは脳の萎縮が明らかになるまで発見できない。MCIの後半か、認知症になってからしか見つからない。

 私たちが導入している最先端の検査、アミロイドPET(陽電子放出断層撮影)検査では、Aβがたまっているか否かが一目瞭然。発症の20、25年前から将来の認知症発症リスクを見極められる。この早い段階で介入すると発症を遅らせることができる。

松田修氏
「認知症の診療および進行予防に対する心理学の応用」

松田修氏

 心理学と認知症はなかなかつながらない、という方もいる。心理学は「心の科学」と言われ、認知症の方の心の動き、認知症によってどんな症状が起き、どんな能力に変化が起こっているのかを調べるのも重要な研究テーマだ。

 認知症は中核症状が認知機能の障害。加えて不安になったり、抑圧的になったり、社会参加が減ったりする。認知機能や情動機能、社会的な機能も含めて心理学の評価、研究の対象。専門職として、新たに国家資格として公認心理師という資格ができた。

心の動きに注目し理解

 心理学の面から見ると、診療には認知機能の評価で関わることが多いが、まだ支障はきたしていなくとも、認知症の始まりなのでは、といった不安な思いを皆さん抱いている。患者の内面、心の動きにも注目して認知症の方を理解することが重要。特に日常生活で当たり前のようにできていたことができなくなり、自信がなくなると自分への評価が少し変わっていく、自信がなくなると頑張れなくなって意欲が低下する人がいる。

 「失敗して迷惑をかけたくない」といった思いから活動性が低下し、できるはずのこともしなくなる。さらに認知機能の低下が進行し、生活機能障害も起こる、そしてまた自信がなくなる――。そうした悪循環の中で認知症は進行していくのかもしれない。

 できれば少し自信や意欲を取り戻してもらい、活動できる場を用意することで認知症の病態にもプラスの影響を与えることができないかということに取り組んでいる。患者の不安を少しでも取り除いて、科学的に根拠のあるものに積極的に取り組んでもらえる心の状態をつくるのも心理学の重要な役割だと思っている。

 心理の専門職が認知症の診療にどう関わるのか。アセスメントと患者、関係者への心理的援助などになる。まずアセスメントはその方の能力をいろんな側面から評価し、専門医に活用してもらう。相談を受ければ、日常生活がうまくいかない原因を分析し、逆に保たれている能力をうまく使うことで心配を減らす具体的なアドバイスもしている。この30点満点の認知機能検査で5点失点している人の場合、どの問題をどんなふうに間違えているかを見て、得点からだけでは分からない認知機能の特徴を評価していく。

 この人をもう少し詳しく調べると、見当識(日時や場所の理解)、言葉、判断などは正常範囲だが、記憶は正常値を下回っている。前頭葉機能含め全般的な認知機能に異常はないが、もの忘れが起きていることは確かに分かる。希望があれば検査結果を踏まえ日常生活でこういう点に気をつけると失敗が減り、自信や意欲の低下も減るかもしれない、と助言をするなどしている。BPSD(行動・心理症状)と言われる、不安によって引き起こされる行動などへの対応を図ることで、(認知症の発症を遅らせる)2次予防、(症状の進行を遅らせる)3次予防につなげることができると思っている。

 次に具体的にどう援助しているか。認知症はその人の素質、脳の器質的障害、身体の因子、そして心と環境の因子が複雑に絡み合って症状が作られる。その心の部分と環境の部分に働きかけ、強いストレスなど認知症にとって望ましくない心理的な要因、環境を取り除き、悪化していく症状の進行を本来の状態に戻したり、遅らせたりしていくのが心理的援助の狙い。

二つの心理的援助方法

 私は患者への心理的援助を「認知リハビリテーション」と捉えている。それには二つあり、一つはその方が保持している機能を活用する「内的代償法」。もう一つは衰えた能力を周囲の人や環境をうまく調整し、その方の衰えた能力をカバーする「外的代償法」。

 内的代償法としては、リーダーの指示に従って後出しじゃんけんで勝ったり負けたりするなど脳と心に刺激を与えるプログラムをしている。前頭葉機能を使うことを重視している。失敗ばかりすると自尊感情を損なうので、さりげなくサポートするのが専門職の腕の見せどころ。(ヒントを示しながら記憶を導く)「誤りなし学習」にも取り組んでいる。

 次は外的代償法。買わなくてもいいものをいっぱい買う買い物好きの患者から、家族には怒られるけど買い物は続けたい、と相談されてつくったのが「買わないものメモ」。

 この人は買う必要のあるものをメモに書き、管理できる方だが、書き漏れがあるのではと心配になって、家に必要そうなものを余分に買ってしまう。そこで、買わなくてもいいものもメモにしたらどうか、と助言をした。さらに、メモに漏れがないか家族に確認のサインをもらうと安心じゃないか、と。この方はこれでまた大好きな買い物に行き、冷蔵庫の管理もでき、「まだまだ私大丈夫ね」と買い物を続けていた。

 「忘れるのが心配だから」と、月単位のカレンダーに予定をびっしり書いていた患者がいた。検査すると言葉を理解し、整理する力は保たれているが、記憶だけでなく見当識も低下していて、カレンダーを見てもどの日が今日か分からない。そこで日めくりカレンダーを手作りし、予定を書ける枠も2、3に絞った。どの予定を優先すべきか家族とも相談して書いてもらった。

 さらに必要な時に気付くよう、必要なタイミングで予定に気付かねばならない。目覚まし時計でもいい、時計が鳴って消しに行くと薬を置いている。これで「薬を飲む時間だった」と気付くだけでいい。見つけやすさも大事だ。

2023年4月