トピックス

「老い」集大成の作品集/写真家・田邊順一氏が出版へ

 本紙「老いを撮る」に寄稿している田邊順一さん(86)が、65年を超す写真家人生の集大成となる作品集「老い」の出版に向けて準備を進めている。田邊さんは高度成長から取り残された高齢者らを撮り続けてきた。数々のモノクロの作品は、「経済成長に不要」とばかり弱者を排除するようになったこの国を静かに告発する。年内にも作業を終えるつもりだ。

 群馬県で育った田邊さんは20歳を過ぎ、人の生涯の喜怒哀楽を捉えた写真展に出会って衝撃を受け、写真家になる決意を固めた。プロとして活動を始めた1960年代は、高度経済成長のまっただ中。各地の農村では農民が労働者として都市部に吸収され、集落ごと離村する事例も相次いでいた。

 「離村式」で杯を交わす村人、人が去り朽ち果てた家屋……次々レンズを向けるうち東北で老人の自殺に遭遇した。珍しくないと聞いて「何がこの人たちを追い詰めたのか」と考え、高齢者に強い関心を向けるようになった。

 撮影を始めた当初、住民は皆貧しくとも人間関係は濃く、助け合っていた。それが60年代後半には格差が目立ち始め、高齢者や障害者は「経済の役に立たない者」とみなされるようになっていく。

 「世のため人のために売りまくれ」。当時田邊さんが撮影した企業の壁に、こう書かれた横断幕が掲げられている。それでも期待されたのは若い労働力。定年した工員は邪険にされ、生活できずに再雇用を望む者には反射神経などを調べる適性検査が課されていた。その様子を撮る準備をしていると、一人の老熟練工が「この年の俺にこれほどの屈辱はないぞ!」と声を震わせ、会場を去った。

 お年寄りが「収容」されている老人病院、職安、東京・山谷などにも通い詰めた。ただし「悲惨な老人の実態」を伝えたいのではない。田邊さんは「虐げられた高齢者もどっこい生きている。『それでも生きなければ』という思いが自然と湧き出てくるというか……。そういう人間の秘めた強さを表現したい」と話す。

 80年代半ばまで10年追いかけた老夫婦がいた。家はなくワゴン車内で寝起きし、夫は寝たきりの妻を車内で介護し続けた。周囲の忠告でアパートを3軒回ったものの、部屋を貸す大家はいない。「そらみろ、こうするしかないんだ」。そう訴える男性に、田邊さんは人間の強さや、人の価値観はそれぞれ違うことを感じたという。

 横浜市で独居する高齢男性は「部屋の隅に人が立つ」と口にしていた。「線香を上げて拝んだら」というヘルパーの助言に従うと、ピタリとやんだ。しかし、このヘルパーは所属する会社から「勝手なことをするな。相手が何を言おうと聞き流せ」と叱責された。

 決められたサービス以外の世話をすると、対応できない他のヘルパーが困るからだという。田邊さんには効率優先で一人一人の思いをくんでいないように映った。

 「人間らしさが消えていく気がする。写真を通し、人間ってそんな生き物ではないことを感じ取ってもらえたら」

 たなべ・じゅんいち 1937年熊本県生まれ。フリーの写真家として高齢者を見つめ続ける。「老い 貧しき高齢化社会を生きる」「いのち抱きしめて」「認知症の人の歴史を学びませんか」など共著含め出版物多数。

2023年10月