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世界初のアルツ治療薬/レカネマブってどんな薬

提供・エーザイ株式会社

 厚生労働省は9月25日、製薬大手・エーザイと米バイオジェンが開発したアルツハイマー型認知症(AD)向けの抗体薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」の製造販売を承認した。年内に保険適用され患者への投与が始まる見通しだ。

 レカネマブはADの原因と見られる異常たんぱく質、アミロイドβ(Aβ)を脳内から除去することにより認知機能の悪化を抑える効果が認められた世界初の治療薬。認知症予防財団会長の新井平伊アルツクリニック東京院長はじめ多くの専門医は「画期的な薬」と評価している。ただ、投与対象者が限られるなど課題も残る。新薬の概要と問題点を整理した。

【どんな薬?】 治験では認知機能の悪化を27%抑制

 2025年には65歳以上の5人に1人、約700万人が認知症になると推計されている。その6〜7割を占めるのがADだ。

 ADの原因に関しては、脳内に発症の数十年前からAβなどがたまり、神経細胞を死滅させて認知障害を引き起こすという説が最有力。Aβは可溶性の固まり(プロトフィブリル)となった後、不溶性の固まり「老人斑」になるが、レカネマブは毒性が高いとされるプロトフィブリル段階のAβに結合して除去し、ADの進行を抑える。

 2週間に1度、1時間程度をかけて点滴で血液中に投与する。早期ADの人1795人を対象とした治験では、18カ月間投与した時点で、レカネマブを投与されていた人はにせ薬を投与されていた人に比べて認知機能の悪化が27%抑えられていた。エーザイによると「症状の悪化を2〜3年遅らせる可能性がある」という。

 レカネマブ以前も、日本ではエーザイのドネペジル(商品名・アリセプト)や第一三共のメマンチン(同・メマリー)など4種類の認知症薬が承認済み。ただ、脳内の減った神経伝達物質を補う役目などいずれも症状の緩和を目的とした対処薬だ。原因物質自体を取り除く点でレカネマブは従来の薬と一線を画している。

【課題①】 改善は期待できず

 とはいえ、課題も山積している。レカネマブは原因物質を除去するだけで、既に死滅した神経細胞を元に戻す効果はない。このため、症状の改善は期待できない。

 「認知機能の悪化を27%抑えた」との治験結果も微妙だ。認知症の重症度を0〜18点で示す検査において、レカネマブ投与群は投与前後で平均1・21点悪化したのに対し、にせ薬投与群では1・66点悪化した。その差、0・45点分を「27%」としている。どちらも悪化したことに変わりはなく、ある専門医は「本人や家族が効果を実感するのは難しいのでは」と話す。

【課題②】 対象者は限定的

 レカネマブは早期の症状の進行を抑える薬だけに認知症が進んだ人は対象外。レビー小体型など他の認知症も同様だ。早期ADの人と、その手前の軽度認知障害(MCI)の人のみ対象となる。

 さらに脳内へのAβの蓄積が投与の条件となる。検査は脳の状況を撮影できるアミロイドPET(陽電子放射断層撮影)のある医療機関でないと受けられない。にもかかわらず、Aβ検査用のPETを備えているのは全国でも60施設程度。PETを使わず脳脊髄(せきずい)液を抜いて液中のAβを調べる方法もあるが、体への負担が大きいうえ、技術的に対応できる医師も限られている。

 こうしたことからエーザイは投与対象者を早期ADやMCIの人(500万〜600万人)の1%程度と見込んでおり、数万人にとどまりそうだ。

【課題③】 副作用と高い値段

 治験では、投与された人の17・3%に脳の微小な出血などが、12・6%に脳のむくみなどが確認された。多くは軽症というが、投与後は定期的にMRI(磁気共鳴画像化装置)検査を受け、副作用の有無を調べる必要がある。両親からAD発症リスクが高いとされる遺伝子を受け継いだ人は副作用が起きやすいというジレンマもある。

 また、遺伝子組み換え技術を用いて製造することによる高い費用もネックだ。米国での販売価格は患者1人あたり年2万6500ドル(約390万円)。公定薬価が年内に決まる日本でも100万円台にはなりそうだ。自己負担に上限を設けた高額療養費制度があり、70歳以上の一般所得層(年収156万〜約370万円)で負担の上限額は年14万4000円となるものの、残りは保険料と税でまかなう。対象者が広がれば公的医療保険財政に大きな影響が生じる。

2023年10月