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アルツハイマー病 超音波で治療/最終治験に着手

下川宏明・国際医療福祉大大学院副大学院長(東北大学名誉教授)
東北大学HPより
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 循環器内科医の下川宏明・国際医療福祉大大学院副大学院長(東北大学名誉教授)らは昨年秋、アルツハイマー病(AD)を超音波で治療できることを実証するための最終治験に着手した。ADも動脈硬化と同じく血管病が引き起こすとみる下川氏は、低出力パルス波超音波(LIPUS)を脳に当て、微小血管の障害を改善すれば認知機能の低下を防ぐことができると考えている。

 最終治験は、東北大学や東京大、名古屋大など17施設で220人程度を対象に2026年まで実施する。27年には国に治療機器の販売承認を申請する予定だ。

 下川氏は、20年以上前から音波が生体の自己治癒力を活性化することに着目し、2010年には低出力体外衝撃波が既存の血管から新たな血管を作り出す血管新生作用を活用した重症狭心症の治療法を開発した。これまで25カ国以上で1万人以上が治療を受け、有効性と安全性が報告されている。

 研究の過程でLIPUSも低出力衝撃波と同様の効果を生むことを発見し、安全性もより高いことを証明した。

LIPUS治療群は認知機能の悪化が抑えられた 東北大説明資料より

 脳の血管新生には一酸化窒素(NO)が関わっていること、さらにNOはADの原因物質とされる異常たんぱくアミロイドβ(Aβ)などの蓄積を抑制する、との研究結果もある。「危険因子や予防法が動脈硬化と共通するADは、NOが関係する循環器病ではないか」。そう考えた下川氏は14年からLIPUSをAD治療へ適用することに挑み、マウスでの実験を始めた。

 その結果、脳血管内のNO産生の改善と認知機能の改善に因果関係のあることが判明。LIPUSを脳に当てると微小血管の内皮細胞でNO合成酵素の発現が進み、NOがより産生されることで微小血管の障害が改善し血流が回復することや認知機能の低下を抑えることを突きとめた。14年にはADと脳血管性認知症の両タイプに有効かつ安全であることを立証した。

 18年からは東北大病院で早期ADの被験者らを対象とした治験を実施した。治療はヘッドギア型の機器を両側のこめかみに装着し、20分間ずつ3度、計60分LIPUSを照射する。この60分の治療を1年半で18回繰り返した。

 18回の治療を終えた被験者は、LIPUS治療対象群が10人、超音波を当てたふりをしたプラセボ治療群が5人。認知機能の変化を比べると、プラセボ治療群は悪化が進んでいたのに対し、LIPUS治療群は進行が抑制されていた。

 また、認知機能が改善された、あるいは変化がなかった人の割合で見ると、プラセボ治療群は0%だった一方、LIPUS対象群は50%だった。長く治療をするほど効果が生じ、重篤な副作用は一例もなかった。対象者は少ないものの、治験結果は高く評価され、22年9月にはLIPUS治療機器が厚生労働省の「先駆的医療機器」の第1号に指定された。

 最終の検証的治験では、事前に被験者の脳内のAβを測定し、Aβ量の変化と認知機能の変化の相関も調べる。LIPUS治療が実用化された場合の治療費は1回60分で数万円程度という。ADのみならず、脳血管性認知症への効果も期待できるとしている。

 下川氏は「細胞を外から注入する再生医療ではなく、生体の自己治癒力を活性化するアプローチを考えた。将来の治験では進行したADや、認知症予防への効果も明らかにしたい」と話している。

2023年12月