主な事業/国際協力に関する事業(世界子ども救援事業)

2008年バングラデシュ再訪

自立した鉛筆の少年
ありがとう 30年前の小さな贈り物

自宅で笑顔を見せるルーパヨン・ボルワさん(左)と母スジャータさん(手前)、妻ハッピーさん=バングラデシュ東部のラウジャン村で2008年11月5日、森田剛史撮影

自宅で笑顔を見せるルーパヨン・ボルワさん(左)と母スジャータさん(手前)、妻ハッピーさん=バングラデシュ東部のラウジャン村で2008年11月5日、森田剛史撮影

 バングラデシュ東部の母子寮。少年は日本から贈られた鉛筆を大事そうに手に挟み、お辞儀した――。1979年に「鉛筆の少年」で始まった毎日新聞と毎日新聞社会事業団の「世界子ども救援キャンペーン」(旧「飢餓・貧困・難民救済キャンペーン」)は、今年30年目を迎えた。取材班は11月、その第1回取材地・バングラデシュを再訪。少年は立派な成人になり、貿易会社に就職、幸せな家庭を築いていた。だが母子寮自体は存続の危機にひんしていた。この国の子どもたちがどうしたら貧困を越えていけるのか、改めて問題提起したい。

バングラデシュ地図

◇バングラデシュ◇
  インドとミャンマーの間にあり、国土のほとんどがブラマプトラ川などの河口地帯にある。パキスタンの一部(東パキスタン)だったが、1971年に独立。面積は約14万4000平方キロ(日本の約4割)で、人口約1億4000万人(05年)。貧困国として知られるが、縫製業を中心に経済成長を続けている。約9割がイスラム教徒で、ヒンズー教徒(9・2%)、仏教徒(0・7%)と続く。国語はベンガル語で、成人識字率(05年)は47・5%。首都はダッカ。

 「鉛筆の少年」の名前は、ルーパヨン・ボルワさん(39)。キャンペーン第1回の取材班が訪れた79年当時、ルーパヨンさんはまだ9歳で、同国東部の農村にある「マハムニ母子寮」で暮らし始めてから2年目だった。「たくさん写真を撮ってもらい、うれしかった」と振り返る。その中の1枚が掲載された本紙記事は大きな反響を呼び、全国各地から資金や文房具などが寄せられた。キャンペーンはその後も世界各地で続き、寄付金はこれまでに総額約15億円に上っている。

 ルーパヨンさんはインド・コルカタ生まれ。母子寮を経て、専門学校を卒業。現在はバングラデシュ第2の都市・チッタゴン市内にある車部品貿易会社に勤めている。「私がここまで来られたのは、母子寮と日本からの支援のおかげです」と感謝の言葉を繰り返した。

 2008年11月上旬、ルーパヨンさんは母子寮を訪れ、後輩たちにこう語りかけた。「皆さんは今、毎日きちんと学校に行ける環境にあります。支えてくれている人々への感謝を忘れず、一生懸命勉強してください」

  「1本の鉛筆」から人生を切り開いた先輩を、寮生たちがあこがれのまなざしで見つめていた。【文・福田隆、写真・森田剛史】

◇マハムニ母子寮◇

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