パキスタン南部 4000人 病と隣り合わせ
白煙の向こうに牛や犬とともに、ごみに群がる人々の姿が浮かび上がった。ごみの山は見渡す限り続き、煙が目や喉に突き刺さる。
パキスタン南部・カラチ郊外の「カチラ・クンディ」地区。数キロ四方に及ぶ集積場で、人々はトラックが吐き出したごみを野焼きし、カネになる金属やガラス片を探していた。水道、電気、トイレもない地区は、ごみを生活の糧にする約4000人が暮らし、一つの町と化していた。
当局が居住を認めていないため、住民に福祉の手は届かない。山でごみ拾いを手伝う子どもたちは約2000人。うち学校に通うのは約300人に過ぎない。裸足の子が多く、破傷風や狂犬病と隣り合わせの毎日だ。
「家族を食わせるだけで精いっぱい」。地区で約40年暮らすモハンマド・サディークさん(60)は激しくせき込み、すくった灰をふるいにかけた。集積場近くの集落で親戚と身を寄せ合い、集めたごみは妻や子どもらが分類して業者に売る。一家の稼ぎは1日100円ほど。長女ルビナさん(18)らきょうだい4人は生まれつき目が悪く、眼球の動きが安定しない。野焼きとの関係が疑われるが、原因は不明だ。サディークさんは「うちには病院に行く金もない」と言って肩をすくめた。
学校関係者によると、住民は農村から仕事を求めてたどり着いた人やその子孫が多く、学校ができた10年前に比べ、人口は約4倍に増えたという。
パキスタンでは人口約1億8000万人のうち、3人に1人が、世界銀行が定める「貧困ライン」(1日1・25ドル)以下で暮らす。カチラ・クンディのように、都市部でごみを集めて暮らす人は珍しくない。
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79年に始まった旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻で、隣国のパキスタンには多くの難民が流入し、今も約170万人が暮らす。米同時多発テロ(01年)に続くアフガン戦争後は、タリバンなどの武装勢力が台頭し、掃討作戦によって国内避難民が増え続けている。故郷に帰る日を夢見ながら、過酷な環境を生きる彼らの姿を追った。【文・堀江拓哉、写真・小川昌宏】