主な事業/国際協力に関する事業(世界子ども救援事業)

2013年ブルキナファソ報告 瞳輝くまで (1)

パパは殺されたんでしょう?

指を組んで作った銃を構えるラッサリー・ナヌちゃん。父は祖国マリで殺された=ブルキナファソ・ゴーデボー難民キャンプで

指を組んで作った銃を構えるラッサリー・ナヌちゃん。
父は祖国マリで殺された
=ブルキナファソ・ゴーデボー難民キャンプで

 左右の五指を組んで突き出すと、少女は狙いを定めるかのようにつぶやいた。「パン、パン」--。フランス軍が軍事介入した西アフリカ・マリとの国境から約140キロ、ブルキナファソのゴーデボー難民キャンプ。ラッサリー・ナヌちゃん(7)が見えない銃を撃つ仕草を見せたのは、私たちの取材中のことだった。

 「見知らぬ人が来たので自分を守ろうとしたのでしょう。ナヌの父親はマリで殺されたのですから」

 干上がる大地に立ち並ぶテントの中で、ナヌちゃんの祖母ワレット・ファディマタさん(49)が力なく言った。故郷を逃れて1年、孫娘は知っていた。「パパは殺されたんでしょう?」核心を突く一言に、何も答えられなかった。

 テントを覆う毛布が不意にめくれ上がる。熱風が砂を運び、口の中をざらりとさせた。ファディマタさんが教えてくれた。「ハルマッタンよ」。乾期のピークが近いことを知らせる砂嵐が不気味な音を響かせた。【文・平川哲也、写真・大西岳彦】

ブルキナファソ ゴーデボー難民キャンプ

ブルキナファソ ゴーデボー難民キャンプ

 主要都市をイスラム過激派や反政府武装組織に制圧されたマリ北部は今年1月に軍事介入したフランス軍がそのほとんどを奪い返したが、周辺国になお16万人を超す難民がいる。慣れない土地で、瞳の輝きを取り戻せずにいる子どもたちも多い。金鉱山での児童労働など、ブルキナファソで生きる子らの姿を報告する。

悪夢「私も殺される」

キャンプのテントで不安な日々を送るラッサリー・ナヌちゃん(右)と祖母のワレット・ファディマタさん=ブルキナファソ・ゴーデボー難民キャンプで

キャンプのテントで不安な日々を送るラッサリー・ナヌちゃん(右)と
祖母のワレット・ファディマタさん=ブルキナファソ・ゴーデボー難民キャンプで

吹く風は荒野を削り、太陽を砂煙でかすませる。腰に提げた温度計は45度を指し、肌に浮いたそばから汗は乾いた。マリから逃れた1万人余りが暮らすブルキナファソのゴーデボー難民キャンプ。ワレット・ファディマタさん(49 )は淡々と語り始めた。

 「息子は肌の色が違うというだけで殺されたのです」

昨年2月のことだ。雑貨店を営んでいたマリ北部のガオ市で受けた電話は、孫娘ラッサリー・ナヌちゃん(7)の父アルジマットさん(35)からだった。アルジマツトさんは震える声で「襲われた」とだけ伝えた。マリ政府軍の兵士として、反政府武装組織と戦うとは聞いている。だがその凶刃は、敵ではなく味方から向けられた。

ファディマタさんらトゥアレグ族は、マリの多数派である黒人系住民に比べて肌の色が薄い。反政府武装組織はこのトゥアレグ族を軸に結成され、黒人系住人の優遇策に反発して蜂起していた。だが、政府軍にも、トゥアレグ族はいる。反政府武装組織の攻勢が強まったその頃は、逆恨みした政府軍の兵士たちは報復の矛先を「肌の白い」アルジマットさんに向けたという。

危険が迫っていた。車を借り、ファディマタさんらは家族9人でブルキナファソへの約120キロを南下した。国境近くのキャンプで保護されたが、ナヌちゃんの母(24)は口数が減り、ふせる日が多くなった。干ばつの直後で、水にも飢えた。大河の恩恵を受けた故郷とは異なり、熱風と砂が家族を苦しめた。

そんな日々を半年も過ごし、砂嵐が吹いたある晩のことだった。寝静まるテントの中でナヌちゃんは突然立ち上がり、叫んだ。

 「殺される! 逃げよう! 早く逃げよう!」

 ファディマタさんはなすすべなく、孫娘を抱きしめた。その後も砂嵐の夜が来るたび、ナヌちゃんは叫んだ。月日が過ぎ、難民たちはいらだちを募らせている。孫娘の口に手を添え、狭い肩を包み込むと、自分の頬にも涙が伝っていた。

 「こんな小さな子でも、マリで何が起きているのか知っている」

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の導きで昨年11月にゴーデボーへ移ると、ナヌちゃんは直接尋ねるようになった。「パパから電話が来ないね」「パパは死んだの?」。その度にファディマタさんは「知らない」とだけ告げ、沈黙を貫いた。

 難民の精神ケアを担うNGOによると、このキャンプだけで、カウンセリングを要する子どもは数十人いる。ケアスタッフは1人だけで、担当者は「深刻なケースに寄り添うには、時間も人手も足りない」と嘆く。

 日が傾き、他の子どもと遊び始めたのだろう。一転して孫のはしゃぐ声が聞こえ、ファディマタさんは深い息をついた。「ナヌには将来、自由のある土地で教育を受け、故郷に戻ってほしい。けれどそれは、いつの日になるのでしょうか」=つづく【文・平川哲也、写真・大西岳彦】

Next