2016年ヨルダンのシリア難民 熱砂のかなたに (3)
高温の石窯をのぞくと、円形の薄い生地に塗られたトマトソースの上でチーズが溶けていく。焦げ始めの タイミングで取り出すと、焼きたての香ばしいにおいが広がった。
ヨルダン・ザルカの下町で1枚30円ほどで売られているパン。長い柄のついたへらを操り、生地を投入 するのは14歳の少年だ。この店で週7日働く。身長165センチできびきびと働く姿は大人と見間違うが、 笑顔には幼さが残る。
毎朝午前5時に出勤し、掃除や具材の準備に取りかかる。夕方まで300枚以上を焼き上げると、帽子と エプロンは小麦粉で真っ白に。12時間近く働き、1日4ヨルダン・ディナール(約600円)を稼ぐ。
ヨルダンでは16歳未満の労働を禁じ、雇用主は罰金を科されることもある。ILO(国際労働機関)の 調査によると、ヨルダンでは約7万5000人の子どもが農場や小売店などで働き、その中には1万人以上の シリア難民の子どもも含まれる。少年は匿名を条件に取材に応じてくれた。
両親と姉の4人で2013年、シリア西部のホムスからアンマンに逃れた。脳梗塞(こうそく)の後遺症 で左足が不自由で働くことができない父(58)に代わり、7月から働き始めた。給料は全て母に渡し、家賃 の足しにしている。
内戦の影響で学校が閉鎖され、シリアでは8歳までしか学べなかった。ヨルダンで3年ぶりに学校に通い 始めたが、授業についていけず通うのをやめた。「先生が言っていることがほとんど理解できなかった。楽し くなかった」
パン屋で働き始めた頃、自宅の近くに学力の遅れを取り戻すためのサポートスクールがあることを知った 。ユニセフ(国連児童基金)がシリア難民向けに設立した。
本来の昼休みは30分だが、週に2日だけ2時間の休憩をもらい、通うことにした。「勉強は今しかでき ない。お前は頭がいいのだから」。学校に行かずに10歳から働いているという経営者の男性(33)が理解 を示し、背中を押してくれた。
アラビア語、英語、数学、理科の4科目を学ぶ。小学校低学年レベルからの復習だが、学ぶ喜びを初めて 感じている。「宿題をもっと出してください」とスタッフを驚かせた。
仕事から帰ると眠くて宿題にかかれない日もある。「まだ14歳なのに、なぜこんなに苦労しないといけ ないの? あなたたちのせいです」。両親を責めたこともあった。
「やめたいと思ったことは」。記者が尋ねると、ためらいなく答えた。「何度もあるけど、家族のために 私がやらなければなりません。他に誰が家賃を払うのですか?」【文・津久井達、写真・久保玲】=つづく