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仙台支局の記者として東日本大震災に遭遇し、2011年5月に科学環境部に異動してからも地震や東京電力福島第1原発事故の取材を続けています。「現実は想像をはるかに超える」。震災取材で思い知らされた教訓です。
3月11日午後2時46分、宮城県庁の地下駐車場から地上に出る坂道を運転中に激しい揺れに襲われた。その日から目にする光景は、震災前の日常とあまりにもかけ離れていました。巨大な火柱を吹き上げる石油施設、家や職場が跡形もなく流され、泥の海と化した街並み、家族や恋人の遺体と対面し泣き崩れる被災者たち。「これが現実」。自分に言い聞かせながら記事にしました。
宮城県は「30年以内に99%の確率でマグニチュード(M)7.5程度の地震が起きる」との政府の想定を基に防災対策を進めていました。震災1カ月前には東北大と協力し、M8の地震の場合、気仙沼市で高さ10.6㍍、仙台市で3.6㍍の津波が来るとのシミュレーション結果を独自にまとめ、対策を練ろうとしていました。
だが、実際に起きた地震はM9。一部の津波研究者は、古文書や地質調査を基に政府の想定を超える巨大津波が過去に三陸沿岸を襲ったことを突き止めていました。
被災地の住民に「10㍍超えの津波が来る」との意識があれば2万人の死者・行方不明者を出さずに済んだかもしれません。そう思うと悔やまれてなりません。
原発事故や原子力政策を担当している今も「想定外の事態」を意識して記事を書いています。国は福島の原発事故を受け、避難経路の確保や放射線量の計測などの防災対策を重点的に行う区域を拡大すると決めました。ただ、今回の事故以上に放射性物質が広がる事態は想定していません。政策決定にはどんな科学的な知見が反映され、あるいはされていないのか。見極めるのも科学記者の重要な役割です。













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