特集記事


2020へ創造しよう 誰もが安心な社会

2017年2月21日毎日新聞朝刊掲載

2020年東京五輪・パラリンピックは、世界最大のスポーツの祭典であり、海外からハンディキャップを持つ人を含め多くのアスリートや観客が集まる。開催地・東京にとどまらず、日本の社会を大きく変革する可能性を秘めており、社会に存在するさまざまな障害、差別をなくす好機ととらえることができる。

創刊145年を迎え、東京大会のオフィシャル新聞パートナーでもある毎日新聞社は、バリアーゼロ社会実現キャンペーン「ともに2020」を始めるとともに、この活動を社会のニーズに沿ってより有効に進めていくために、有識者による「毎日ユニバーサル委員会」を設置した。幅広い分野から5人の有識者に参加してもらい、本社の小松浩主筆を加えた計6人で構成する。

委員にはその時々の事象に沿って開く座談会で、記事に対して自由に意見を述べ、それぞれの立場からさまざまな提言もしてもらう。議論については特集紙面で公表する。

日本の公共空間にはまだ、心身に障害を持つ人や高齢者などハンディのある人たちとの間に加え、外国籍の人たち、またLGBTなど性的少数者らとの間や男女間にもバリアーがある。5人の委員から委員会の意義、バリアーゼロへの思いを聞いた。

通信技術が未来開く 前総務事務次官・桜井俊さん

桜井俊氏

昨夏まで総務省で情報通信分野の政策づくりに携わってきました。これからは自動走行やロボットなどあらゆるモノがインターネットでつながるIoT時代。人と人、社会、情報をつなぐ情報通信技術を活用すればハンディを持つ人の「移動の自由」に貢献し、ユニバーサルな社会づくりにつながるのではないかと考えています。

例えば、2020年の東京五輪・パラリンピックをにらんで、日本語が分からない訪日外国人向けに、スマートフォンなどを使って多言語で会場案内をするような仕組みづくりに関係省庁が取り組んでいます。また、過疎地では位置情報などのビッグデータを使って効率的にコミュニティーバスを運行し、高齢者の買い物や通院などの手段を確保する試みもあります。これらの仕組みは外国人や高齢者だけでなく、身体にハンディを抱えた人にも有益でしょう。

また、ネット環境が整うことで不登校の子どもを教室とつないで勉強をできるようにしたり、子育てや介護に忙しい人がテレワークをしたりするなど移動の負担軽減も可能になりました。「移動の自由」が確保できれば、さまざまなハンディを抱える人の「社会参加の自由」も高まるのではないでしょうか。

少子高齢化を迎えた日本では社会全体がユニバーサルデザインであることが、ハンディの有無に関わらず豊かな暮らしができる社会なのだと思います。

ユニバーサルな社会づくりには官民連携が欠かせません。インフラなど公共空間のユニバーサルデザイン化に国や自治体などが果たす役割は大きいでしょうし、そのインフラを使ったサービスや商品の開発・提供には、企業やNPOなど多様な主体のアイデアが大切です。ハンディを持つ人にとって使いやすく、楽しめるサービスや商品は、どんな人にとっても満足度が高い本当のユニバーサルデザインになっていくことでしょう。東京大会まで3年半。あまり時間はありませんが、先駆的な取り組みを進めるいい機会と言えるでしょう。【聞き手・横山三加子】

■人物略歴

桜井俊(さくらい しゅん)氏

東大法学部卒。1977年郵政省(現総務省)入省。総合通信基盤局長や総務審議官などを経て、2015年に事務次官。16年6月に退官し、現在、三井住友信託銀行顧問。総務省時代は、情報通信分野が長く、NTT再編や携帯電話業界の競争促進に取り組むなどしてきた。群馬県出身。63歳。

積極的に環境整備を スポーツ庁長官・鈴木大地さん

2020年東京五輪・パラリンピックを迎えるに当たり、東京都と大会組織委員会が中心となって準備が進められていますが、大会運営以外のさまざまな局面でも対応が必要になるでしょう。外国人は公衆トイレの場所が分からないかもしれないし、車いすの人がエレベーターを探せずに困るかもしれません。

しかし、米国のある都市では、ベビーカーの扱いに困っているお母さんを見かければ、街の人が自発的に抱えて階段の上り下りを手伝っていました。日本でも、自然とこんな光景が見られればいいと思います。言葉の壁も、今やスマートフォンを通せば手軽に翻訳ができる時代です。東京五輪・パラリンピックが、日本のテクノロジー(技術)を世界にアピールする舞台にもなり得ます。


現在、障害のある人(成人)の週1回以上のスポーツ実施率は19.2%と、成人のスポーツ実施率の半分以下にとどまっています。スポーツ庁では、パラリンピック競技の特性を踏まえつつ、五輪競技と同じトップアスリートととらえた上で、選手強化や強化拠点の構築を五輪競技と一体となって進めています。さらに、障害者スポーツの裾野の拡大に向けて、特別支援学校を活用し、地域における障害者スポーツの拠点づくりなどの取り組みを実施しています。

障害者をはじめ多様な人々が、スポーツを通じて社会参加することができるよう、社会全体で積極的に環境を整備することが重要です。障害者スポーツの振興を通じて、心のバリアフリー、共生社会の実現を目指していければいいと思います。

私は五輪・パラリンピックのような世界的なスポーツイベントが、世界中をフラット(平ら)にすると思います。過去の五輪・パラリンピックでも、大会開催が契機となり、国際オリンピック委員会や国際パラリンピック委員会の求める「世界標準」が開催都市に根付きました。東京、そして日本でも、そのために支障となるバリアーが一つでも取り除かれることを願っています。【聞き手・芳賀竜也】

■人物略歴

鈴木大地(すずき だいち)氏

順天堂大卒。競泳選手として1984年ロサンゼルス、88年ソウル両五輪に出場し、ソウルでは100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した。米コロラド大ボルダー校客員研究員、ハーバード大のゲストコーチなどを経て2013年に順大教授。同年日本水泳連盟会長。15年10月に初代の現職。医学博士。千葉県出身。49歳。

想像力が理解のカギ 日本パラリンピアンズ協会会長・河合純一さん

河合純一氏

「全盲の人にはこう対応しよう」「車いすの人ならこう接しよう」というマニュアルを身につけるのが障害者への対応かといったら、それは違うと思います。困っている人に声をかけるにはどうしたらいいのか、またどう頼んだらいいのか。両者にあるバリアーをゼロにするためには、感性を豊かにすることが必要だと思います。

僕のようなスーツを着ている40代と、20代女性では、同じ視覚障害者でも声のかけ方は異なりますよね。変なたとえかもしれませんが「この女性口説きたいな」と思った時にショートヘアの子、ロングヘアの子ではアプローチの仕方を変えると思うのです。健常者が障害者のすべてを理解するのはほぼ無理ですが、想像力の豊かさで補える。それが乏しいと、どうしたらいいか分からなくなってしまいます。まずは困っている人に声をかけてみてはどうでしょうか。

私自身、15歳で失明するまでは障害を意識することはありませんでした。福祉活動で障害者の施設に行っても自分とは遠い世界と考えていたのです。だから、障害を受け入れるまでには時間がかかりました。「見えない」ということも含めて自分だと理解したのは、心の強さを身につけるべきだと気づいたから。過去と比べると、障害を持った自分はマイナスの位置にいると思いがちですが、「今」という瞬間に立てば常にゼロ地点にいる。未来に向かって前向きに、よりよい自分になれると考えるようになりました。社会の不備、問題点を指摘しても急に仕組みが変わらない中で、2020年東京五輪・パラリンピックは大きな好機です。スポーツであれば、障害者が競技に打ち込める環境を新たに作るのではなくて、健常者が利用、出場している既存の施設、大会などにはめ込んでいく。そこで一緒に課題を共有していくうちに、仲間になっていくと思います。「誰もが幸せを感じる社会」として世界をリードするよう、知恵を絞りたいですね。【聞き手・岩壁峻】

■人物略歴

河合純一(かわい じゅんいち)氏

早稲田大教育学部卒。先天性の弱視で15歳で全盲に。パラリンピック競泳ではバルセロナからロンドンまで6大会連続出場。金5個を含む計21個のメダルを獲得した。日本身体障がい者水泳連盟会長も務める。昨年、日本人として初めて国際パラリンピック委員会(IPC)殿堂入りした。静岡県出身。41歳。

法改正で差別無くせ 東洋大学教授・川内美彦さん

実は「心のバリアフリー」という言葉に抵抗を感じています。私の専門の建築や公共交通の分野でも、国土交通省がその重要性を強調しています。しかし「心」が「優しさ」や「思いやり」だと解釈されては、障害のある人の平等な社会参加は実現しないと思っています。

日本では1994年、建築物にバリアフリー化を求めるハートビル法が成立しました。国は「これは福祉で優しさの法律だから罰則をつけての義務化はおかしい」として、建築主にバリアフリー化への努力を求めましたが、何も変わりませんでした。

一方、日本は2014年に国連障害者権利条約を批准しました。私なりの権利の定義は「人が優しかろうと、優しくなかろうと実現されるべきもの」です。

川内美彦氏

また、権利条約は障害者に対する差別の基準を「他の者との平等」が実現されているかに置いています。批准した日本は、障害者の権利実現や差別撤廃のため、国内法を整備しなければなりません。

ところが、現在のバリアフリー化の中核であるバリアフリー法(06年施行)には問題があります。同法の義務化の対象は2000平方メートル以上の建築物ですが、そんな建物は大都会に多く、地方には少ない。地方の障害者は都市部に比べてアクセスできる建物が減ることになります。権利条約は、都市や地方など生活する地域の違いによる差別はダメだとも言っている。この規定は明らかに差別です。

私は障害者の社会参加に、「優しさ」や「思いやり」が不要だと考えているわけではありません。ただ、日本が権利条約を批准し、平等な社会参加は障害者の権利だと認めた以上、善意に頼らないと権利を実現できないようでは「おかしい」と言っているのです。

そんな社会を実現するには現行のバリアフリー法の改正が必要です。20年東京五輪・パラリンピックに向けて障害者の社会参加が注目されます。これを機に制度的な基盤整備を進めるため協力していきたいです。【聞き手・飯山太郎】

■人物略歴

川内美彦(かわうち よしひこ)

横浜国大大学院工学府修了。工学博士。広島・呉工業高専在学中にスポーツ事故がもとで19歳から車椅子生活に。1982年1級建築士。89~90年に障害者派遣事業で米国へ渡り、ユニバーサルデザインを学ぶ。2000年にロン・メイス21世紀デザイン賞を受賞。08年から現職。広島県出身。63歳。

多様な人財生かそう 全日本空輸取締役専務執行役員・河本宏子さん

河本宏子氏

日本はこれまで男性が社会の中心で働く産業構造でした。「女性は結婚したら家に入る」「力仕事は男性」といった無意識の固定観念も。男女の仕事をすべて一緒にした方が良いということではありませんが、無意識の固定観念が女性の活躍のチャンスを奪っているのではないか、それを取り除いていくことが大事ではないかと思っています。

ANA(全日空)の女性管理職はまだ10%程度ですが、整備士やパイロットにも女性が就いています。航空機の運航や整備に女性の視点が入り、さまざまな「気づき」が反映されることで、品質の向上につながります。キャリアに関しても、客室乗務員としてその専門性を積み上げる人もいれば、違う職種や経験を積んで経営に参加する人もいるというように、選択の幅の多様化も必要です。

企業に女性の経営者を単に置けばよいのではなく、意思決定の場や経営に参画することによって、新たな商品価値や企業価値を生み出し、サステイナブル(永続的)に企業が存続していくことにつながらなくては意味がありません。企業は女性だけでなく、多様な人財を生かすことが大切で、まだ乗り越えないといけないステップがあるのではないかと思います。

昨年12月、経団連の「生活サービス委員会」の中に「ユニバーサル社会部会」が設置され、部会長を拝命しました。ユニバーサル社会の実現に向け、異業種間連携を通じた製品・サービスや規制緩和について検討し、新たな需要創出の可能性を探っていくものです。

私たちの周りにはさまざまな方がいて、障がいのある方々の状況や感じ方もそれぞれです。ANAでは介助の知識やスキルだけでなく、一人一人の方に寄り添い、適切な声掛けやサポートができるよう全社員に教育を進めています。東京五輪・パラリンピックがユニバーサルなサービスや、みんなで助け合って共生していく社会のドライバー(推進力)になることは間違いないと思います。【聞き手・川口雅浩】

■人物略歴

河本宏子(かわもと ひろこ)氏

1979年3月、同志社大文学部卒。同年全日本空輸入社。国際線の客室乗務員などを経て、2009年執行役員客室本部長。取締役執行役員、常務取締役執行役員などを経て、16年4月から現職(グループ女性活躍推進担当、東京五輪・パラリンピック推進本部副本部長)。京都府出身。60歳。


「ともに2020」キャンペーンとは

毎日新聞の「ともに2020」キャンペーンは2016年12月、スタートした。20年東京五輪・パラリンピックを約3年半後に控える中、障害者や高齢者など社会的弱者の社会参加を阻んでいるさまざまなバリアー(障壁)の問題を取り上げることで、誰もが生き生きと暮らせるようなバリアーゼロ社会を推進したい――。キャンペーンにはそんな願いが込められている。

全本社が取材に参加し、担当部署の垣根を越えて取り組んでいる。最初のテーマとなったのは、鉄道駅のホームで相次ぐ、目の不自由な人の転落事故だった。

1日10万人以上が利用する全国271の駅を管理する鉄道会社33社を調査し、転落防止の決め手とされるホームドアを設置している駅が約3割にとどまっていることを報じた。また、全国最大の視覚障害者組織「日本盲人会連合」と共同で会員対象のアンケートを実施し、転落防止策としてホームドア設置のほか、駅員の増員や第三者の介助を望む声が強いことを紹介した。合理化のため各地で駅の無人化が進んでいる状況も記事化した。

報道に呼応するように、鉄道各社はホームドアの新設や設置計画の前倒しを加速させつつある。安倍晋三首相も2月3日の衆院予算委員会で転落事故防止について「最大限の取り組みをしたい」と表明した。

もちろん、社会にあるバリアーは「危険な駅」に限らない。他の交通機関や公共施設にも存在しているし、差別偏見や無関心といった個人の心にも潜んでいるとも指摘される。今後もさまざまなバリアーを前にした当事者に寄り添いつつ、共生社会の実現の一助となるような問題提起にチャレンジしていきたい。


「共生」をレガシーに(主筆 小松浩)

パラリンピックと東京は縁が深い。競技が始まったのは1960年のローマ大会だが、パラリンピックという呼び名がつけられ、定着していったのは、4年後の東京大会からだ。

この話があまり知られていないのは、敗戦の荒廃から立ち上がり、高度経済成長を謳歌(おうか)するさなかの東京五輪の熱狂が、パラリンピックを後景に追いやってしまったからだろう。

だが、「国威の発揚」や「日本人の誇り」を五輪に投影する時代は、もはや過ぎ去ったようだ。

小松浩氏

昨年のリオデジャネイロでのパラリンピック選手への声援は、五輪を上回るほど熱く、温かかった。日本自身が、バブル崩壊、長い景気低迷を経験し、優しさやしなやかさの中に、本物の強さを見いだすようになってきたのではないか。

2020年、五輪とともにパラリンピックが、56年ぶりに東京に戻ってくる。選手たちへの声援はもちろんだが、この機会に、日本が本物の成熟・共生社会へと脱皮する道筋を、思い描いてはどうだろう。

バリアフリーの街づくりだけでなく、障害者に対する一人一人の心の持ちようも含め、差別をなくすための課題はなお多い。パラリンピックを成功させることを通じて、障害者の社会参加が当たり前の、全ての人が生きやすい国に日本を変えていくのである。

毎日新聞が今回、東京五輪・パラリンピックに向けて「毎日ユニバーサル委員会」を設置したのも、そんな思いからだ。ユニバーサルの日本語は「万人の、普遍的な」だが、そこに込められているのは「全人類、社会の全構成員に共通の」価値を最大限に尊重する、という精神である。

違いを特別視しない、多様で寛容な社会。差異を強調して優劣にこだわるのでなく、共通点を見ようとする社会。毎日ユニバーサル委員会はそんな社会を目指し、自由闊達(かったつ)な議論、提言をしていきたい。

既に毎日新聞の紙面やネットでは昨年から、障害者が暮らしやすい社会にしていくため、「ともに2020」キャンペーンを始めている。駅の転落事故防止にホームドア設置の必要性を訴えたり、困っている視覚障害者には声がけをする大切さなどを呼びかけたりしているのは、その一環だ。

毎日新聞はきょうで創刊145年を迎えたが、一貫して心がけてきたのは、社会的に弱い立場にいる人たちに寄り添う紙面作りである。視覚障害者のための新聞「点字毎日」(週刊)も今年、創刊95年を迎える。こうした地道な活動の歴史を背負いながら、バリアーのない社会を目指す報道を続けようと思う。

残念なことに世界ではいま、分断が深まっている。それでも、各地で聞かれる「壁ではなく、橋をつくろう」の声に、希望を感じる人も多いだろう。

五輪・パラリンピックは肌の色や民族、障害や宗教など、あらゆる差別を否定する「平和の祭典」だ。東京から融和と協調、平和と連帯のメッセージを発信できれば、素晴らしいことではないか。2020年を成熟・共生社会への確かな一歩に。それこそが、未来世代への本当のレガシー(遺産)になるはずだ。


第1回座談会
毎日の取り組み