第1回座談会


2020年の東京へ、障壁なくそう

2020年東京五輪・パラリンピックを日本社会に存在する障壁、差別をなくす好機にしたい――。そんな思いを込めて設置した有識者委員会「毎日ユニバーサル委員会」の第1回座談会が2017年3月8日、毎日新聞東京本社で開かれた。5人の委員が「五輪・パラリンピックとバリアーゼロ社会」などについて、2時間にわたって意見交換した。【司会は小松浩・毎日新聞主筆、写真は丸山博】

小松主筆

毎日新聞は多様性や寛容、人の優しさを大切にし、弱い立場の人に寄り添うスタンスで新聞をつくってきました。

視覚障害者の方々に向けては「点字毎日」という点字新聞を発行し、今年で95周年を迎えます。そういう中で迎える20年東京五輪・パラリンピックを、日本が本当の意味で成熟した共生社会に変わるきっかけにできないものかという思いで、この委員会を設置しました。

今回は初顔合わせでもありますし、まずは日本のバリアフリー社会についてお聞きします。バリアフリーというものは、皆さんにとってどんなイメージなのでしょうか。日本の現状をどうご覧になっているのでしょうか。

トップバッターは、川内委員にお務めいただきます。川内委員は2月21日付朝刊のインタビュー記事で「心のバリアフリーという言葉に抵抗を感じている」と指摘されました。その真意をお聞かせください。

川内美彦氏

川内美彦委員

日本ではバリアーを除くことを一生懸命にやっているうち、その背景にある理念を置いてきてしまったのではないか。理念というのは、なぜ障害のある人が社会に参加できるようにしな
いといけないのかということや、なぜ同じ地域に一緒に住めるようにしないといけないのかということです。

なぜそうする必要があるのかという理念が怪しいから、世間を説得する言葉として「優しさ」とか「思いやり」という感情に訴える。その延長上にあるのが「心のバリアフリー」です。

「心の交通安全」とは言わないのに、障害やバリアフリーの話になると、私独特の言い回しですが、「湿度」が出てくる。「心」とか「思いやり」という湿度のある言葉を付けたがる。理由の説明を省いて「心」に訴えていく姿勢が一番問題だと思っているので、「心のバリアフリー」に抵抗があるのです。

鈴木大地委員

08年、シドニーで行われた北京五輪競泳オーストラリア代表選考会を視察しました。英スピード社の「レーザー・レーサー」など高速水着が水泳界を席巻し、世界新記録が相次いだ頃です。

「すごいな」と思った直後、パラリンピックの選考会が始まりました。手や足に欠損がある人たちが泳いでいるのに、現地の人たちは特別視することなく、自然に応援している。この辺の距離感がまだ日本にはないと感じました。「さりげなく」応援できる社会が、障害者にとって心地よいのかもしれません。

桜井俊委員

聴覚障害者を念頭に置いたテレビの字幕化推進などに仕事で取り組みましたが、改めて考えてみると、多様な問題があることに気付かされます。障害者が自律できる仕組みにしていく必要があると思う。そのためには、ハード面のインフラ整備を推進することが必要不可欠です。

それがないと社会参加できないし、教育を受けるにしてもハンディを持ってしまいます。

河本宏子委員

桜井委員がおっしゃっている問題の多様性は障害者だけに限らないと感じます。

例えば、加齢に伴う不便さとか、ベビーカーに子どもを乗せて交通機関を利用する母親の苦労だとか、バリアーが多様化しています。バリアーを障害に限定して考えない方がいいと思います。

ANAは航空輸送事業に携わっており、お客様の移動をお手伝いすることが原点ですが、飛行機での移動が楽しいとか、次はどこに行きたいとか、夢を実現するツールでありたいと願っており、そのためには、お客様とともに新たな体験や歓(よろこ)びをつくる「共創」を大事にしていきたいと思います。お客様一人一人が何を必要とされているのか、その対話を楽しみながらサービスが提供できればいいと考えます。もちろん、インフラ整備は一企業の力ではできないので、国や地方自治体と協働しながらになりますが、それを加速させるいいチャンスが東京オリンピック・パラリンピックだと思います。

河本宏子氏

河合純一委員

障害と呼ばれる問題が誰にでも日常化する可能性があるのに、多くの人が気付いていない。例えば、障害者手帳を取得している人は約700万人おり、埼玉県の人口と同じくらいです。そう聞くと多くの人が驚く。それは、障害者と出会わない仕組みをこれまでの日本がつくってきてしまったからだと思う。

20年東京大会を契機に、例えば建築物をつくる時は、誰にでも対応するユニバーサルなデザインにすることが当たり前の世の中になればいい。逆説的だが、「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」という言葉がなくなる社会が理想だと思います。

川内委員

障害のある人を定義する際に二つの視点があり、一つは肢体不自由などの医学モデル、もう一つは社会モデルです。

社会に人の多様さを受け入れる素地がなく、平均の人に合わせた環境しかないと、それに適合できない人が「障害がある人」とされる。社会モデルは社会の側のあり方に焦点を当てます。

個人の問題だと考えていては解決できないのだと日本の社会は早く理解しなければならない。それを理解しないから、なぜ特定の少数の人のためにお金を使い、社会を変えなければならないのだという声が生じるのです。

3年後は客席満席に 河合さん/産学連携でも貢献を 河本さん

小松主筆

次は、20年東京五輪・パラリンピックとバリアフリーのかかわりについて議論していただきます。

パラリンピックが、人々が共生する社会であるとか、障害がある人もない人も日常的に触れ合う社会になっていくための大きなきっかけになればと考えています。東京大会を契機に、日本社会がよりよい方向に進むためにどうしたらいいのかという観点で、ご意見をお聞きしたいと思います。

河合純一氏

河合委員

報道量に比例して世間の関心が高まるのだと思います。

私が最初に出場した1992年のバルセロナ・パラリンピックの時は、新聞からもテレビからもほとんど取材してもらえなかった。98年長野冬季大会を経て、20年東京大会の開催が決まったことで、報道の変化を強く感じています。

とはいえ、報道してもらうためには選手が活躍しなければならない。リオデジャネイロ大会で日本選手団は金メダルゼロに終わり、それを批判的に書いた記者が逆に非難されたという話を聞きました。「パラリンピックは活躍しなくてもいい」という見方が依然として存在する証拠でもあります。3年後に観客席を満席にするために、我々も努力しなければなりません。

小松主筆

バルセロナ大会報道はそんなに少なかったという印象をお持ちですか。

河合委員

はい。

しかし、それは日本の報道が少なかっただけで、地元スペインでは全く違った。観客席は満席だし、多くの声援が入り乱れ、新聞やテレビでも大きく扱われていました。

当時は高校2年生でしたが、うらやましいと思うと同時に、日本でもいつかこういう姿を実現したいと思ったことを鮮明に覚えています。今、日本もそれに近付いているという肌感覚はあります。

河本委員

東京大会でパラリンピック会場を満席にする環境をつくりたいと思っていますが、残念ながらまだ熱気のようなものは競技会場では十分ではなく、決して観衆で埋め尽くされているという状況ではありません。

そしてそうなったとしても、そこは単なる通過点。ゴールではないと考えます。障害のある人もない人も、共に交わり、汗をかきながら自然とお互いの違いを理解・尊重したり、一体感が醸成されていけばよいと思います。学校で選手を招いて一緒に競技をするような教育も大切ですし、ビジネスマンに対しても大事だと感じます。

私たちはブラインドサッカーやDID(ダイヤローグ・イン・ザ・ダーク)といった体験型研修プログラムなどを企業研修にも取り入れています。また、使う機器の開発にも産学連携ですとか、各企業の知識で貢献できればと考えています。

河合委員

パラリンピック競技に「ボッチャ」というスポーツがあります。私は「ボッチャバー」の設置を提案したい。ダーツバーのような感覚で、大人同士がコミュニケーション能力を高めながら楽しむことができます。

川内委員

私はリオのパラリンピックで金メダルが一個も取れなかったことを、深刻な問題だと受け止めている。世界の競技力向上に日本が追い付けなくなっているのではないか。

例えば、車いす競技の練習場所がなかなかない。「体育館を新しく建ててバリアフリー対応にしたので、車いすは使ってくれるな」というケースがあったと聞きました。理由を聞くと「床が傷つくから」。何とも皮肉な話です。東京都内の72施設に車いす競技の施設利用について調査したら、回答があった34施設のうち実際に「床が傷ついた」と答えたのはわずか2施設でした。

競技場整備はレガシー(遺産)として残るが、社会の仕組みや法律や人の考えを変えないと、生かすことができない。それこそがレガシーなのだと思います。

鈴木委員

64年東京大会には、戦後復興や東海道新幹線をはじめとしたインフラ整備などさまざまな開催の目的があったが、今回は世界に何を示すのか。その一つがパラリンピックの成功です。

「オリパラ」という言葉も一般的になり、五輪とセットで語られるようになってきた。五輪・パラリンピックを開催した都市は、障害者が外国から旅行で訪れてよい街だという「認証マーク」になればいいと思います。

小松主筆

策定に向けて議論されている第2期スポーツ基本計画では、障害者スポーツ振興の拡充も盛り込まれています。

鈴木委員

障害者の週1回のスポーツ実施率を、今の19.2%から40%に上げることを目指しています。スポーツ基本計画を立案するにあたっては、障害者の方々に委員やスポーツ庁参与にご就任いただき、随所に意見を反映させる体制を取っています。

鈴木大地氏

桜井委員

五輪・パラリンピックを契機にインフラ整備が進むとともに、大会期間中は外国から大勢の観客や選手、関係者が訪れる。外国の方は言語や交通手段、料金の支払いなどあらゆる面で日本人よりハンディを負っていると言えます。その外国人にとって優しいといった観点を取り入れていけば、障害者の方にも優しいシステムになっていくでしょう。

12年ロンドン・パラリンピックの時に、選手村の周辺で車いすの方のために棚をすべて低くしたスーパーマーケットがあったという。大会後、それが高齢者にとっても非常に心地よいデザインになったと聞きます。

東京でも、ITも駆使してスマートな選手村をつくれば、大会後の波及効果が期待できます。

世の中の危険伝えて 川内さん/障害者からも発信を 鈴木さん/バリアー解消策示せ 桜井さん

小松主筆

最後に、新聞の役割についてお聞きします。毎日新聞では「ともに2020」と銘打ち、駅のホームドア設置が進んでいない現状などを多角的にキャンペーン報道しています。

山本修司・編集編成局次長

昨年12月14日に第1回の記事を掲載しました。

国は1日の利用者が10万人以上の駅には優先的にホームドアを設置するよう求めていたにもかかわらず、設置が3割にとどまることなどを報じました。

小松主筆

共生社会をつくるためにどのような報道を望むか、自由にご意見をお聞かせください。

河本委員

一連の報道は、ホームドア設置というハード面の課題がクリアされればいいというわけではなく、周りの人が声を掛けるとか、人に対して関心を持つことも併せて必要だ–ということも発信されています。非常に大切だと思います。

ANAも航空事業者として、フロントでサービスに携わっている社員だけではなく、全社員がどういうふうに声を掛けていくべきか考える機会を少しずつ増やしています。

とはいえ、すぐにはできないし、万能薬はないという意味ではいろいろな角度から取り組んでいくのが大切です。

河合委員

ホームドアを増やしてもらうきっかけをつくってもらったことはありがたいと思う。私は幸いにしてホームから転落したことはないが、階段を4、5段落ちたことならある。ホームはやはり怖い。

だが、点字ブロックを増やせばいいかと言われれば、日本は既に世界一、点字ブロックが多い。点字ブロックやホームドアがあれば声を掛けなくていいという社会はよいとは思えない。

一方、点字ブロックは車いす利用者にとっては凹凸というバリアーになっており、なかなか難しい。

川内委員

障害の有無にかかわらず困っている人がいれば手助けすればいいし、困っていなければ手助けする必要はない。

ですが、視覚障害のある人は別で、周囲に人がいることが分からないから、積極的に声を掛けた方がいいという話がある。この辺の距離感は微妙で、日常的に接する経験がないと分かりにくい。視覚障害のある人は昔から線路に転落し続けてきました。ホームドアの設置が増えたということはメディアの影響が大きいのですが、踏切ではねられる高齢の人や障害のある人は今でもたくさんいる。

エスカレーターにも危険が多い。社会を変えていくためには、ホームドアが足りないという報道を集中的に行う必要があるのでしょうが、世の中にはまだまだ危ないところがたくさんあるということをしっかり伝えてほしい。

鈴木委員

エスカレーターも危険だということはなかなか実感しにくい。

健常者には分からないことがたくさんあるので、障害者の皆さんにはどんどん発信してほしいと思います。同時に私たちもアイマスクをつけて歩いたり、車いすに乗ったりして、障害者の皆さんの日常を体験して知る必要があると思います。

メディアの役割はやはり大きく、一連の報道で初めて知ることがいくつもありました。

桜井俊氏

桜井委員

ホームドアは随分増えてきたという実感がありましたが、報道によってまだ3割に過ぎないと気付きました。100%に達するまでには時間がかかり、それまでは「声掛け」のような活動が重要でしょう。

細かいことですが、紙面のレイアウトを工夫してもっとキャンペーン報道を前面に打ち出した方がよいと思います。

また、個々のバリアーを取り上げて問題提起し、それに対する解決策を示す視点は当然必要だと思いますが、今は企業もCSR(企業の社会的責任)としてさまざまな取り組みを行っていますので、前向きな取り組みを紹介する視点もあったらいいと感じました。


2016年からキャンペーン

2020年東京五輪・パラリンピック大会を3年後に控え、毎日新聞はバリアーゼロ社会実現キャンペーン「ともに2020」を2016年12月に始めるとともに、この活動を社会のニーズに沿ってより有効に進めていくため、有識者による「毎日ユニバーサル委員会」を設置した。幅広い分野から5人の有識者に参加してもらい、本社の小松浩主筆を加えた計6人で構成する。東京大会には、海外からハンディキャップを持つ人を含め多くのアスリートや観客が集まる。開催地・東京にとどまらず、日本の社会を大きく変革する力を秘めており、社会に存在するさまざまな障害、差別をなくす好機でもある。同委員会はその時々の事象に沿って開く座談会で、自由に意見を述べ、それぞれの立場から提言もしてもらう。議論については、特集紙面で公表する。

 


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