#地球塾2050

第3回 WOTA株式会社

 「20世紀は石油を巡って争う世紀だったが、21世紀は水で争うことになる」。1995年、世界銀行のイスマイル・セラゲルディン副総裁(当時)はこう予測しましたが、現状はどうでしょうか。国連が2018年に発表した「水と衛生に関するファクトシート」は次のように警告します。①現在の傾向が続けば、30年までに世界の水の入手可能性は40%不足しかねない②深刻な水不足で、30年までに7億人が避難民となる可能性もある③50年までに、世界人口の過半数と、世界の穀物生産の約半分は、水ストレスによるリスクにさらされる。

開発した「WOTA BOX」と「WOSH」を前に小規模分散型水循環システムの解説をするWOTA代表取締役CEOの前田瑶介さん

 限られた水資源を奪い合って第三次世界大戦へ――。人類はそんな暗い未来へ向かうのでしょうか。この地球規模の課題解決を目指し、14年に設立されたベンチャー企業がWOTA(ウオータ、東京都中央区)です。キーワードは「水の再生循環」。代表取締役CEO(最高経営責任者)の前田瑶介さん(29)は「#地球塾2050」で、お茶の水女子大学付属中学校の生徒60人を前に、水問題の根源を解説してくれました。以下、取材も加味した内容を紹介します。

 「仮に上下水道が全世界に普及しても、人口に見合った水の総量が足りない場合、水問題は解決しない可能性があります。しかも、開発途上国で浄水場を建設し、水道管を敷設するなどインフラ整備から始めると、時間とコストがかかりすぎます。そこで当社は、小規模分散型水循環システムを提案しています」

「#地球塾2050」でお茶の水女子大付属中学校の生徒を前に、小規模分散型水循環システムの解説をする前田さん

 その一例が19年に開発し、災害時の避難所などで活用されてきたポータブル水再生プラント「WOTA BOX」です。活性炭、塩素、紫外線といった従来手法に独自の水処理自律制御技術を取り入れ、一度使った水の98%以上を再利用できます。同年秋の台風19号で千曲川が氾濫した長野市の避難所に、シャワー利用を目的に設置された際、毎日新聞長野面は次のように報じました。

 

 <100リットルの水があれば1日に100人が入浴でき、排水はわずか2リットルという優れものだ。一度使った水を5段階のフィルターに通し、その過程をAI(人工知能)が監視して制御することで効率を飛躍的に高め、98%の再利用率を実現した>  

 水を使うと排水が発生し、ときには汚染につながります。日本をはじめ上下水道が発達する「大規模集中型の水道依存社会」はこの排水を捨ててきました。一方、WOTAは、排水を捨てずに使用可能な水に再利用することを提案します。

前田さんの話を熱心に聞く生徒たち

 ソーラーパネルを設置して電気の自給自足が可能なように、水も自給自足を実現していくというのです。この小規模分散型水循環システムを支える技術が、センサーで水質のデータを集めて分析するセンシングや、人を介さずに水処理を自律的に行う自律制御システムなどです。「これらの技術を実装して水質の安全性を実現しました」と前田さん。水道がない状況下でも継続的な水利用を可能にします。

 

 この発想は、どのように生まれたのでしょうか。92年、徳島県生まれの前田さんは、山あいでの生活から原点を語ってくれました。故郷には水道が通っていない地域が多く、湧き水を水源としてホースで家まで水を引き、トイレはくみ取り式や浄化槽の家庭が多かったといいます。

 「小さい頃から生き物が好きで、川魚の生態やクモの採餌活動などを研究していました。中学2年生だった05年、科学コンクールで受賞した副賞でNASA(米航空宇宙局)やNIH(米国立衛生研究所)を訪れ、アル・ゴア元副大統領のスピーチを聞く機会がありました。彼は『環境問題は人類共通のテーマ。政治的問題ではなく、倫理的問題だ』と。このメッセージが、自分にストレートに刺さり、気候変動や水問題への関心を深めるきっかけになりました」

 高校時代は、納豆のネバネバ成分のポリグルタミン酸を使って水を浄化する研究などに取り組みました。そして、東京大学合格発表のため上京した翌日の2011年3月11日、東日本大震災に遭遇したのです。

 「水も電気も使えない。湧き水を使っていれば、断水しても自分で解決できます。だけど、東京では原因が目に見えないので断水してもなすすべがありません。この違和感も原動力になりました」

水再生プラント「WOTA BOX」の仕組みを説明する前田さん

 大学では建築学科に進みます。給排水衛生設備などを学びながら、諸外国のスラム街などを訪れ、劣悪な水環境で暮らす地域の生活環境改善プロジェクトにも参加しました。在学中からWOTAに参画し、「WOTA BOX」の開発をけん引、20年に代表取締役CEOに就任しました。

 今年3月にはカリブ海の島国アンティグア・バーブーダの政府と、WOTAの技術を使って同国の水問題解決を目指す基本合意書を締結しました。「海水面上昇で淡水資源が減るのは、世界の島国に共通する課題。モデルケースとして解決していきたい」と話しています。

 水資源が豊富な日本でも、浄水場や水道管などの修復に多額のコストがかかり、インフラ維持が難しくなっている地域があります。WOTAはこうした国内における該当地域についてもリサーチを進め、課題解決に取り組んでいます。

 「『水問題を構造からとらえ、解決に挑む』という当社の目的にブレはなく、純度高く向かっています」と前田さん。

前田さんの話を聞いて、感想を書き込む生徒たち

 現在、WOTAが提供する水1㌧当たりのコストは米国の上下水道料金より安く、日本の上下水道料金より少し高い水準だそうです。これを30年までに日本の水準よりも下げ、WOTAのシステムが経済合理性にかなうことを示すのが目標です。雨水などの自然水源を取り入れる技術も開発中で、実現すれば、冒頭に紹介した前世紀の予測は大外れになるかもしれません。

 

 WOTAは成長途上のベンチャー企業ですが、前田さんは中学生たちに「起業」やこの国のものづくりの力についても語ってくれました。

 「大きな会社には、今ある仕組みを支えていく役割があり、とても大事です。そして大きな会社も新しいことにどんどんチャレンジしていけばいい。一方、僕らのような小さな会社は小回りがきき、新しいことをすぐに試すことができます。日本のお家芸はものづくり。バイクとか車とかゲームとか、安くて格好いいものを世界に届けてきました。そして、世界中の人々と仲良くなれる。日本にはそんな可能性と希望があります。皆さんも目的と興味を持って、やりたいことにチャレンジしてください」

 中学生たちは、大きな刺激をうけたようです。瀧川勇太朗さん(1年)は「昔からの技術をリスペクトした上で利用し、さらに良くすることでデメリットを克服していくのがすごい」。野澤埜吾さん(3年)は「水を使っておしまいではなく、リサイクルするのは、新しい考え方。そんな技術が実際にあることに驚きました」

グループごとに記事をまとめる生徒たち

 野澤さんは世界にも思いをはせ、「技術やアイデアで補っていけば地球を変えていけると思いました」。河野芽衣奈さん(3年)は「私は水に不便な世界にいないので危機感を持てていない。自分で世界の現状を調べて、自分の目で見てみたい」。柳澤結菜さん(3年)も「自分が今まで見た世界は日本だけ。小さい世界だけだった。学校でSDGs(持続可能な開発目標)や世界の現状を教えてもらっても、現実味がなかった。今日の話を聞いて、現実味を帯びた話に変わって、世界って広いんだなと思った。自分が大学生や大人になったら、自分の目で世界の現状を見たいと感じました」。

【文・沢田石洋史、撮影・松田嘉徳】

WOTA株式会社
「水問題を構造からとらえ、解決に挑む」を存在意義に掲げるスタートアップ企業。地球上の水資源の偏在・枯渇・汚染で生じる諸問題解決のため「水処理自律制御技術」及び「小規模分散型水循環システム」を開発。製品には、災害時などに仮設シャワー施設として活用できる可搬型の水再生処理プラント「WOTA BOX」、水道不要の水循環型手洗いスタンド「WOSH」があり、小規模分散型水循環システムを実証してきた。

コーディネーターの視点

竹村眞一(京都芸術大学教授)

 地球は「水に祝福された星」。表面の7割を覆う液体の水(海)が気候調節装置となり、昼夜の寒暖差が200℃前後もある月や火星に比べてはるかに棲みやすい星となっている。体重の7割が水である私たちも「歩く水袋」、樹木は「立ち上がった水」であり、水はLIFE(生命・生活・人生)の通奏低音といえる。

 ところが、そんな「水球」としての地球の未来が危うい。パレスチナ問題など石油が火種となった「石油の世紀」に代わり、21世紀は水を巡って争う「水の世紀」と呼ばれる。地球温暖化で黄河・長江・メコンなどの大河の源流であるヒマラヤ氷河の枯渇も懸念され、2040年には中印40億人が水ストレスに晒されると予測される(中村哲氏が苦闘したアフガン水不足もその顕れだ)。

 そんな中、日本発のベンチャーが「水の世紀のソリューション」を提示する。本講座で先月取り上げたNTT「光電融合」は電力消費を100分の1に低減する魔法のような技術革新だが、今回のWOTAはシャワーやトイレで使用した水(汚水)の即時浄化・循環により、生活用水を100分の1に低減。上下水道への依存度も低減することで、巨大インフラの維持コストや水道料金の高騰、災害によるグリッド途絶といったリスクからも相対的に解放される。

 水や食料、電気といった暮らしの基盤が「資源・環境制約」やグローバル経済の価格乱高下に脅かされないレジリエントな社会を設計することの重要性は、ウクライナ後のいま多言を要しないだろう。(水道料金もエネルギー価格と連動し、老朽化インフラの補修維持費など将来世代の負担はバカにならない。)

 なんでも「水に流して」済ませる日本から、もう(無駄に)「水に流さない」イノベーションが始まる。これは人類解放の技術であり、「水の世紀」を「水に祝福される世紀」へと転換する鍵なのだ。

資料請求・お問い合わせ

より詳しく内容を知りたい方へ