内田康夫「孤道」完結プロジェクト

『孤道』完結編 最優秀賞決定

孤道 ~我れ言挙げす 和久井清水(わくいきよみ)

 『孤道』完結プロジェクトは、102編の応募作の中から、上記の作品を最優秀賞に決定しました。受賞作は、2019年春、講談社文庫より刊行予定です。


受賞のことば

和久井清水(わくいきよみ)
1961年北海道生まれ。札幌市在住。1981年北海道武蔵女子短期大学卒業後、地方公務員に。結婚を機に退職。

 この旅も終わりだな、と私は稚内駅に併設されたカフェで、札幌行きのバスを待ちながらコーヒーを飲んでいた。稚内は珍しく風の無い穏やかな日で、礼文島を往復したフェリーもまったく揺れなかった。

 受賞を知らせる電話の、「おめでとうございます」という言葉を聞いた時、私の頭の中で、「孤道」「浅見光彦」「旅情ミステリー」などという言葉がぐるぐると渦巻いた。旅行中にこの連絡を受け取ったことで、現実感が乏しくなり、浅見光彦同様、私も二次元と三次元の狭間にいるような錯覚をおこしたのだ。

 『孤道』の完結編を募集していると知って、私はすぐに書店で買い求め一気に読んだ。そして、この続きをぜひ書きたいと思った。魅力的なストーリー、魅力的な謎、魅力的な登場人物をこのまま宙ぶらりんにしてはおけない、という使命感のようなものだった。

 それに、もし選んでいただけたなら、内田康夫先生に読んでいただけるということも、大きなモチベーションとなった。しかし、それは叶わぬこととなり残念でならない。

 内田先生のご冥福を心よりお祈りいたします。


選評

推理小説研究家 山前譲

 未完の小説を別の作家が書き継ぐ。それがとんでもなく大変なことは言うまでもないが、ミステリーであればなおさらだろう。事件を解決しなければならないからである。にもかかわらず、『孤道』完結編募集プロジェクトに、100編を超える応募があったと聞いて本当に驚いた。内田康夫作品への、そして名探偵・浅見光彦への愛が伝わってくる。

 その浅見光彦の探偵行は100作以上発表されている。33歳で独身、いまだ東京都北区西ヶ原の実家で居候生活……母の雪江、兄陽一郎とその一家、お手伝いの須美ちゃんという家族構成を、事件の謎解き以上に読者は楽しんできたかもしれない。浅見の事件簿の執筆者である「軽井沢のセンセ」も、『孤道』では重要なキャラクターだ。

 最優秀賞の『我れ言挙げす』はその作品世界を、文体も含めて自家薬籠中のものにしている。つづけて読んでまったく違和感がない。後輩である新聞記者の鳥羽と浅見との掛け合いなど、『孤道』独自の登場人物も生かされている。また、『孤道』の大きなテーマとなった古代史にも独自の展開がある。

 何より重要なのは事件の真相だ。その犯人像(さすがに詳しくは触れられない)は、物語の展開からするとちょっと違和感を抱くかもしれない。しかし、そんな懸念を払拭する結末の余韻がじつに印象的だ。『孤道』の完結編にこれほど完成度の高い作品を得られたのは、大きな喜びとしか言いようがない。


内田康夫夫人・早坂真紀さんの談話

 『孤道』は夫が闘病中に執筆していた作品ですが、精根尽き果て最後まで書く力は残っていませんでした。でも、「このままにしておくには忍びない。完結編を一般公募にしたら、世に眠っている才能の後押しにつながるかもしれない」と言ったのです。

 しかし『孤道』が刊行され、届いた単行本を動く右手で抱いて「やはり自分の手で完結させたかった」と涙ぐんでいました。作家として、さぞかし辛くて寂しかったことでしょう。

 受賞者が決まって、今一番喜んでいるのは夫だと思います。

浅見光彦 浅見光彦と早坂真紀の夫婦短歌

主催 「孤道」完結プロジェクト 一般財団法人内田康夫財団 講談社 毎日新聞社 毎日新聞出版