内田康夫さんからメッセージ

『孤道』は毎日新聞の連載小説でしたが、中途のまま休載を余儀なくされた作品です。心苦しくも休載に踏み切らざるを得なかったのは、僕の病気のためでした。
2015年夏、僕は脳梗塞に倒れて、左半身にマヒが残りました。以降リハビリに励みましたが思うようにはいかず、現在のところ小説を書き続けることが難しくなりました。
本書を手にとってくださった方々には、深くお詫び申し上げます。
でも、僕は、小説をあきらめたわけではありません。いずれは……と、強い思いは勿論残っております。『孤道』を発表したい、しかし今の僕には……と思いついたのが、未だ世に出られずにいる才能ある方に完結させてもらうということでした。
思えば僕が作家デビューしたのも、思いがけないきっかけでした。1980年、当時の仕事の営業用に自費出版した『死者の木霊』が、ひょんなことで評論家の目に止まったのでした。そういうこともあり、世に眠っている才能の後押しができれば……と。
うれしいことに毎日新聞出版、毎日新聞社、講談社、内田康夫財団が〈『孤道』完結プロジェクト〉を立ち上げてくれました。
僕が休筆すると聞いて、浅見光彦は「これで軽井沢のセンセに、あることないことを書かれなくてすむ」と思うことでしょう。でも、どなたかが僕の代わりに、浅見を事件の終息へと導いてください。
そして僕は、小説の筆を休ませはしますが、短歌という凝縮した世界でならまた創作ができるのではないかと思い至りました。もともと短歌は好きで『歌枕かるいざわ――軽井沢百首百景』(02年)という拙著もあります。カミさんにも助けてもらいながら、しばらくは短歌を詠むことで復活を目指します。“リハビリ短歌”とでもいうのでしょうか。
まずは療養のつれづれに詠んだものから二首……。
思えども思い通りにいかぬ腕 なぜこのやまいなぜこのやまい
ぼくはまだ生きているのに心電図 折れ線グラフの今は谷底
今後、講談社文庫サイト内の「内田康夫と早坂真紀の夫婦短歌 http://www.fufutanka.jp」で発表していきます。そちらもご覧くださるとうれしいです。
いつの日か『孤道』が完結して世に送り出されんことを夢見ながらご挨拶とさせていただきます。
(単行本のあとがきより一部抜粋)
